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大人のオトコが味わう「夏ドラマ」

碓井広義メディア文化評論家

8月も半ばとなり、テレビはオリンピック一色という状態です。また全体的に視聴率が低いこともあり、今年の「夏ドラマ」はやや元気がありません。とはいえ、視聴率の数字はあくまでも指標の一つ。自分にとって面白いものを探すのも見る側の醍醐味でしょう。どちらも大人のオトコ向けですが、風味の異なる2本をご紹介です。

●異色の“食ドラマ” 「侠飯~おとこめし~」(テレビ東京系)

黒澤満さんといえば、松田優作の映画「最も危険な遊戯」や、ドラマ「探偵物語」などを手がけた伝説のプロデューサーだ。

ドラマ24「侠飯~おとこめし~」(テレビ東京系)に、黒澤さんの名前が「制作監修」としてクレジットされていたので驚いた。御年83歳にしてバリバリの現役だったのだ。

三流大学に通う良太(柄本時生)は就活の真っ最中。どこからも内定が出ない、討ち死にの日々が続いていた。

その上、ひょんなことから逃げ込んできたヤクザの柳刃(生瀬勝久)&その子分(火野丈治)と同居するハメになる。しかもこの柳刃、出自や経緯は不明だが、料理の腕前がプロ並みなのだ。

毎回のお楽しみは、柳刃が披露する、安くて簡単でうまい料理である。これまでに、「焦がし醤油のにんにくチャーハン」や「塩辛カレーリゾット」など、料理に不慣れなオトコでも実際に作れそうな品が登場した。さすが「キッチンは俺のシマ(縄張り)だ!」とタンカを切るだけのことはある。

また、このドラマのもうひとつのキモは、料理について語る柳刃の言葉が、そのまま就活中の良太へのアドバイスになっていることだ。

「どんな食材も工夫次第(=大学のランクなど関係ない)」「他人の家の味をうらやむ必要はない(=自分の個性を大事にしろ)」といったプチ名言が並ぶ。怪優・生瀬による、笑える就活講座である。

「孤独のグルメ」とは、またひと味違うアプローチの食ドラマ。劇中の“おとこめし”は夏バテ対策にも有効かもしれない。

●“ベタな展開”を味わう「仰げば尊し」(TBS系)

TBS系の日曜劇場、今クールのタイトルは「仰げば尊し」だ。実は、中高年には懐かしいこの曲も、今どきの小学校や中学校の卒業式では歌われなくなっている。「仰げば尊し」に続く歌詞が、「わが師の恩」であることを知らない若者も多いのだ。

ドラマの舞台は、荒れていることで知られる地方の高校。元サックス奏者の樋熊(寺尾聰)が、校長(石坂浩二)に頼まれて音楽の非常勤講師としてやってきた。同時に吹奏楽部の顧問となった樋熊は、不良グループも巻き込みながら、コンクールに出場すべく指導を開始する。

正直言って、タイトルもそうだが、中身もかなりベタなドラマだ。「たばこと酒と麻雀で高校生活を終わっていいのか!」と説教する樋熊もベタなら、もともとバンドをやっていた不良たちが、「自分に嘘はつきたくない」などと言って吹奏楽部に参加してくる展開もベタだろう。このまま最終回あたりで、弱小吹奏楽部に“奇跡”が起きたらベタ大賞だ。

しかし、たまにはベタもいいじゃないかと思う。学校に、樋熊みたいに愚直に生徒と向き合う教師が一人くらいはいて欲しいし、甲子園じゃないけど何かに打ち込む高校生の姿も悪くない。さらに、実話だというこの素材に対して、制作陣が変にテレたりせず、正面からぶつかっていることにも好感がもてる。

大ヒット曲「ルビーの指環」から35年。音楽家・寺尾聰の片りんを久しぶりに見られるのも一興だ。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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