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“ちょっとダーク”な味わいの秋ドラマ

碓井広義メディア文化評論家

秋ドラマがスタートした。『ドクターX』、『相棒』、『科捜研の女』(いずれもテレビ朝日系)といった安心の定番もいいが、ひと癖ある新作も健闘している。共通するのは、“ちょっとダーク”な秋の味だ。

●タワマンが舞台の“階層サスペンス”『砂の塔~知りすぎた隣人』

すごいぞ、タワマン。怖いぞ、タワマン。金曜ドラマ『砂の塔~知りすぎた隣人』(TBS系)の舞台である、50階建ての高級タワーマンションのことだ。

引っ越してきたばかりの主婦・亜紀(菅野美穂、好演)は、高層階に住むセレブ主婦たちの言動に戸惑っている。上の階ほど部屋の値段が高いから、住んでいる階数でその家庭の年収や生活レベルも分かるというのだ。

特に、リーダー格である社長夫人・寛子(横山めぐみ)の”選民意識”がすさまじい。なにしろ低層階の住人を指して、「私たちとは”民度”が違う」とまで言い放つのだから。

地位や財産や職業などで区分される「社会階層」と、建築物の階数を指す「階層」を、まんま重ねて見ているのだ。おいおい、逃げ場のない集合住宅で階層差別って・・・。

背景には格差社会、階層社会といわれるこの国の現状があるが、このドラマ、もしかしたら日本初の“階層サスペンス”か!?

一方、タワマンの周辺では幼児の連続失踪事件が起きている。いずれも子育てをおろそかにした母親たちの子供が被害者だ。

ドラマの冒頭、いきなり犯人かと思わせるような描写で登場したのが、フラワーアレンジメントのプロ・弓子(松嶋菜々子)である。しかも、高級高層マンションで隠しカメラって、シャロン・ストーン主演の映画 『硝子の塔』か(笑)。

謎めいたアルカイックスマイルと、何もかも知っていそうな黒幕風たたずまい。じっと住人たちを見つめる表情が、結構怖い。例の家政婦を彷彿とさせて、松嶋、久方ぶりのハマリ役だ(広告代理店の吉良部長には困った)。

脚本は、『黒の女教師』や『アリスの棘』などを手がけてきた池田奈津子のオリジナルだ。ダークヒロイン物を得意とするその手腕には、大いに期待したい。ただし、あまりにもエグすぎると、視聴者も引いてしまうだろう。毎回の“後味”も、脚本家の芸のうちだ。

●テレビ界・芸能界を巧みにデフォルメ『黒い十人の女』

面白い題材を掘り起こしたものだ。ドラマ『黒い十人の女』(日本テレビ系)である。ベースは1961年に公開された市川崑監督の同名映画。このテレビ版は、9人もの愛人を持つドラマプロデューサーが、裏で手を組んだ女たちと対峙するブラックコメディだ。

今回、主人公であるプロデューサー・風松吉役には船越英一郎が起用された。愛人たちの間を遊泳する姿が、妙に(笑)、いや見事にハマっている。55年前の映画では、英一郎の父・船越英二(『時間ですよ』で銭湯の番台に座っていた姿も懐かしい)が飄々と演じていた。

また、「十人の女」たちのキャスティングも、見どころのひとつだ。一筋縄ではいかない、したたかな妻が若村麻由美(こういうの、上手いなあ)。愛人として水野美紀(舞台女優)、佐藤仁美(ドラマAP)、MEGUMI(脚本家)、成海璃子(テレビ局受付嬢)、平山あや(メイク)、そしてトリンドル玲奈(若手女優)もいる。女同士のバトルと、不思議な共闘が笑える。

それにしても船越P、モテ過ぎだろう。しかも仕事がらみの女性にばかり、手を出し過ぎ!

脚本は、『素敵な選TAXI(センタクシー)』(フジテレビ系)で、「第3回市川森一脚本賞」奨励賞を受賞したバカリズムだ。単発ドラマ『かもしれない女優たち』(同)も、なかなかの出来だった。

このドラマでは、原作の基本設定(9人の愛人&妻という「黒い十人」)を生かしながら舞台を現代に移し、今どきのテレビ界・芸能界の生態を巧みにデフォルメして描いていく。

先日も、水野美紀演じる舞台女優の活動を「情熱大陸」風に見せて、思いきり笑わせてくれた。また、愛人の立場に不満をもつ成海とトリンドルが、それぞれに若い男との浮気(?)を敢行。特に成海は、相手がまたもや妻帯者で大騒動となった。

今年は、芸能界を含む現実世界で、不倫騒動が続発している。せっかくのフィクション、また午前零時近くの深夜ドラマであることを踏まえ、脚本も、演出も、一層ディープに攻めてもらいたい。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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