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秋ドラマで本領発揮の「新垣結衣」と「石原さとみ」

碓井広義メディア文化評論家

新垣結衣の「逃げるは恥だが役に立つ」(TBS系)と、石原さとみの「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」(日本テレビ系)は、この秋のドラマの“台風の目”だ。

●新垣結衣の「低欲望系高学歴女子」

今期ドラマのナンバー1として挙げたいのが、「逃げるは恥だが役に立つ」である。津崎(星野源)とみくり(ガッキーこと新垣結衣)は、ごく普通の新婚夫婦に見えるが、実は「契約結婚(事実婚)」だ。しかも夫が雇用主で、妻は従業員の関係。「仕事としての結婚」という設定が、このドラマのキモであり、核になっている。

みくりは、学部と大学院、2度の就職活動に失敗した。派遣社員となるが契約を切られてしまう。家事代行のバイトで津崎と出会い、契約結婚する。戸籍はそのままだが、住民票の提出によって健康保険や扶養手当も可能となる。業務・給料・休暇などを取り決め、家賃・食費・光熱費は折半。もちろん性的関係は契約外だ。

「こんなの、あり得ない」と言う人も、「あるかもしれない」と思う人も、気づけば、ガッキーと星野の奇妙な同居生活から目が離せなくなっている。2人が見せてくれる「誰かと暮らすこと」の面倒臭さと楽しさに、笑えるリアリティーとドキドキ感があるからだ。

何より、このドラマのガッキーが反則技的に可愛い(笑)。そして、ヒロインのみくりが魅力的だ。自分が美人であることの自覚がなく、様々な社会的欲望にも恬淡(てんたん)としている。また高学歴女子の知性も嫌みにならず、性格の良さと相まって天然風ユーモアへと昇華している。加えて、津崎を演じる星野が、これ以上の適役はないと思えるほどのハマリぶりだ。星野あっての「逃げ恥」である。

みくりも津崎もちょっと変わったインテリで、ガッキーと星野が真面目に演じれば演じるほど、見ていて可笑しい。いわばマイルドなラブコメだが、初めてのものを見たような”出現感”のある、“新商品”的ドラマになっているのだ。

今後の見どころは、みくりと津崎の“距離感”だろう。相手に対する気持ちや意識が変われば、快適だった契約結婚生活も危うくなってくる。成り行きから目が離せない。

●石原さとみの「フルスロットル系校閲女子」

「地味にスゴイ!校閲ガール・河野悦子」の舞台は、春クールで好評だった「重版出来!」(TBS系)と同じく出版社である。しかも出版社と聞いて、すぐ思い浮かぶ「編集部」ではなく、「校閲部」という設定が特色だ。

開始前、「校閲の仕事がドラマになるのか?」という不安はあった。基本的には目立つ存在ではない。本や雑誌の原稿の誤字・脱字、事実誤認などをチェックする、重要ではあるが縁の下の力持ち的役割だからだ。

しかし始まってみれば、石原さとみのフルスロットル演技がすべてを凌駕(りょうが)している。出版社としての人事や、校閲の守備範囲を逸脱するような仕事ぶりに対し、リアリティーうんぬんの意見もあるだろうが、過剰と純情こそがヒロイン・悦子のキャラクターだ。

編集部への異動を主張し続けていることは変わらないが、校閲者としての悦子も進化している。校閲という仕事における、結果的には無駄に終わることの多い、地道な「確認作業」の大切さが、物語から十分に伝わってくる。先日も、校閲部の先輩・藤岩(江口のりこ、好演)を「鉄のパンツ」とからかう若い女性社員たちを、悦子が校閲で得た知識を武器に撃退していた。もはや騒々しいだけの校閲ガールではないのだ。

近年の石原は、松本潤や山下智久の相手役、松下奈緒の妹役といった立場で、完全燃焼とは言えなかった。だが今回は、「鏡月」のCMで表現した大人の女性の可愛らしさも、「明治果汁グミ」のCMで見せたコメディエンヌの才能も、思う存分発揮できる。

「逃げ恥」も、「地味スゴ」も、ヒロインの魅力を支えているのは、絶妙な設定であり、よく練られた脚本であり、そして自在な演出だ。

たとえば「逃げ恥」では、「情熱大陸」や「サザエさん」、NHK・Eテレの深夜番組「2355」、さらに「エヴァンゲリオン」までがパロディーの題材となっている。それもかなりのクオリティで。また「地味スゴ」では、ヒロインのファッションを物語展開のアクセントとして強調したり、校閲した文字が画面上で乱舞したりする。いずれも、ドラマの雰囲気と作り手の遊び心がマッチした好例だ。

もしかしたらこの2本のドラマは、新垣結衣と石原さとみ、それぞれの“セカンドデビュー”ともいえるような、代表作の1本になるかもしれない。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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