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アナザーウェイで攻める!NHKの「野心的ドラマ」

碓井広義メディア文化評論家

ドラマ界に爽やかな衝撃をもたらした“新商品”『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)。“定番商品”としての進化を続ける『Doctor-X〜外科医・大門未知子』(テレビ朝日系)。他にも話題作が並び、今期ドラマは結構にぎやかだ。一方、NHKも負けてはいない。いわばアナザーウェイで攻めており、連ドラもスペシャルも、民放ドラマとはひと味違った野心作が登場している。

●土曜ドラマ『スニッファー 嗅覚捜査官』

過去、小説やドラマでは、“灰色の脳細胞”から“大富豪”まで、様々な異能の探偵や刑事が活躍してきた。しかし、“匂い”で捜査する、というのは極めて珍しい。放送中の土曜ドラマ『スニッファー 嗅覚捜査官』である。

主人公の華岡(阿部寛)は、800以上もの匂いを嗅ぎ分けることが可能だ。その能力を生かし、コンサルタントとして犯罪捜査に協力している。相棒は特別捜査支援室の小向刑事(香川照之)。これまで元自衛官による狙撃事件、新興宗教幹部を狙った連続殺人などを解決してきた。

まずは、華岡の嗅覚がすごい。何のデータもない相手でも、発する匂いで人物像のプロファイリングができるのだ。

また犯罪現場に立ち、鼻から空気を吸い込めば、どんな人物が何をしたのか、的確に言い当ててしまう。「私、失敗しないので」はドクターXこと大門未知子のキメ台詞だが、華岡のそれは「俺の鼻は間違えない」である。

原作はウクライナで制作されたドラマ(これも面白い)だ。林宏司の脚本は、いくつものオリジナル要素を加えながら、舞台を日本に移し替えている。嗅覚を保護するために華岡が装着している、印象的な「鼻栓」も、日本版の新たなアイデアの一つだ。

テレビで“匂い”を伝えることは難しい。だが、このドラマではその表現にトライし、見事成功している。阿部寛と香川照之という贅沢な顔合わせも嬉しい、異色のサスペンスだ。

●スーパープレミアム『獄門島』

先週19日(土)の夜、NHK・BSプレミアムで、横溝正史原作の『獄門島』が放送された。これまでに何度も映像化され、何人もの俳優が探偵・金田一耕助を演じてきた作品だ。

昭和20年代の片岡千恵蔵はともかく、市川崑監督作品での石坂浩二の印象が強い。またドラマ版『獄門島』では、古谷一行を筆頭に、片岡鶴太郎、上川隆也などが金田一に扮してきた。

今回、長谷川博己が演じた金田一に驚かされた。これまでとは、まったく異なる人間像だったからだ。過去の石坂や古谷が見せた、どこか“飄々とした自由人”の雰囲気は皆無だった。暗くて、重たくて、かなり変わり者の男がそこにいた。

背景には、金田一の凄惨な戦争体験がある。南方の島での絶望的な戦い。膨大な数の死者。銃弾をくぐり抜けた者を襲った熱病と飢餓・・・。

金田一は、引き揚げ船の中で戦友の最期を看取ったことから、彼の故郷である獄門島にやって来た。また事件そのものも、戦争がなかったら起きなかったであろう悲劇なのである。

最後まで鬱屈を抱えた金田一だが、戦友のいとこの妹・早苗(仲里依紗)に思いを寄せる。「一緒に島を出ませんか」と一種の告白をし、静かに断られる。せつなく、そして美しい場面だった。

制作陣が目指したのは、戦争と敗戦を重低音とした”原作世界への回帰”であり、”新たな金田一像の創出”だ。主演の長谷川博己は、過去の金田一に引っ張られることなく、見事その重責を果たした。映画『シン・ゴジラ』も、ドラマ『夏目漱石の妻』も良かったが、金田一耕助は彼の当たり役になるかもしれない。

次回作があるとすれば、このドラマのラストが暗示するように、『悪魔が来りて笛を吹く』だろう。あまり遠くない時期に、ぜひ見たいものだ。

というか、その前に、まずはこの『獄門島』を、早めに地上波で流していただきたい。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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