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2016年下半期 注目のCMは?

碓井広義メディア文化評論家

早いもので、2016年もゴールが近づいてきました。いろいろなジャンルの「ベスト10」などが発表される時期でもあります。今年下半期に流されたCMの中から、注目作4本を選び、振り返ってみました。

● “ソーシャル疲れ”してません?

武田薬品 アリナミン7 「乙です、ソーシャルちゃん!」篇

家でも、会社でも、教室でも、そして電車の中でもスマホ。そんな光景が当たり前になっている。

きっと、ガラケー愛用者の私にはうかがい知れぬ、何かとんでもない秘密の“楽しみ”が、あの手のひらの中にあるのだろう。でも、“24時間ソーシャル状態”って、しんどくないのかな?

そんなことを思っていたら、武田薬品「アリナミン7」のWEB限定CMで、“さや姉”ことNMB48の山本彩さんが、画面から語りかけてきた。

「意識高い投稿してるけど、モテたいだけでしょ?」

「キミの『いいね!』のハードル、いくらなんでも低すぎません?」

「タグ付けは慎重にね。それで人生が終わる人もいるんだよ」

「フォロワー数が増えても減っても、実生活にはなんの影響もないよ。楽になって!」。

よくぞ言ってくれました。お疲れ気味になっている世の“ソーシャルちゃん”たちへの救いの言葉であり、一種の警鐘でもある。

「つながる」ことは悪くはないが、「つながりすぎ」の危うさも視野に入れるべき時代だ。さや姉のメッセージが、多くの人に届きますように。

● 作詞家・松本隆、”青春”と”詩”を語る

サッポロ 黒ラベル 「大人EV 66歳 詩とは」篇

俳優の妻夫木聡さんが、魅力的な“大人たち”に会いにゆく、サッポロ黒ラベルの「大人エレベーター」シリーズ。作詞家・松本隆さんの登場に、思わず拍手だ。

1971年秋に発表された、はっぴいえんど(細野晴臣、松本隆、大瀧詠一、鈴木茂)のセカンドアルバム「風街ろまん」が忘れられない。

当時4人が挑んだのは、それまでにない“日本語によるロック”の構築だった。松本さんの歌詞には、高度経済成長期に消し去られた東京の原風景が、クールなノスタルジアと共に表象されていた。

80年代に入ると、松本さんは作詞家として、松田聖子さんに「風立ちぬ」「赤いスイートピー」などを提供。大ヒットメーカーとなっていく。

緑の森を背にした松本さん。「生きること自体が喜びである時期が青春」と語り、「詩とは心の動きだと思う」と続ける。ああ、確かに、あの松本隆だ。流れゆく時代と併走しながら、普遍的な世界観を言葉で刻んできた大人の男が、ここにいる。     

● 600作から選ばれたキレのよさ

大塚製薬 ポカリスエット「ポカリガチダンス選手権 結果発表」篇

ホノルル美術館を訪ねた際、パルテノン神殿で踊るイサドラ・ダンカンの写真を見た。96年前のモノクロだが、両手を広げた彼女には巨大遺跡にも負けない存在感があった。ダンスの力、おそるべし。

600もの応募作の中から選ばれたダンス映像が見られるのは、ポカリスエットのCM「ポカリガチダンス選手権 結果発表」篇である。

登場するのは学校の女子トイレ前で見事なステップを披露する2人。ランドセルを背負ったまま教室で踊る小学生6人。体育館のバスケゴールを背景にした、応援団風学ランの女子4人などだ。

いずれも踊る楽しさを全身で表しており、ダンスのキレが小気味よい。また、「イケてないとか、イケてるとか、誰が決めるの?(中略)君の夢は僕の夢、必ずたどり着けるはずさ」という歌詞の応援ソングも、純度の高い青春讃歌だ。

このシリーズCMのシンボルともいえる美少女は八木莉可子さん。こんな笑顔で応援されたら、誰だって、もう頑張るしかない。

● 父娘の日常を物語風に・・・

東京ガス 「家族の絆 やめてよ」篇

ズルいCMだ。東京ガスの「家族の絆 やめてよ」篇である。

娘(平田薫さん)が、父親(映画『鉄男』『野火』の塚本晋也監督)の日ごろの言動に対して、「やめてよ」とダメ出しをしていく。

自分の娘が化粧することを嫌がる。テレビに出る人、全員を悪く言う。変な鼻歌。お母さんに「おい!」って言う。娘への返信が異常に早い。電話でペコペコする等々・・・。

うーん、この年代の男なら誰もが思い当たるエピソードを連打するところが、ズルい。自分のことは棚に上げて、父親を苦笑いで見つめてしまうからだ。

やがて娘の結婚が近づく。アルバムに貼られた、娘の幼い頃の写真をぼんやり眺める姿もズルいだろう。しかも娘に「寂しい?」と聞かれ、「ああ、寂しいなあ」と正直に答えるなんて。困った。すっかり、このオトーサンの味方だ。

そして、ふと気づく。娘は一度も「やめてよ」と声に出して言ってはいないのだ。すべて、心の中だった。それをするのは、結婚式で父親がポツリと「幸せになれよ」と言った時だ。娘は目に涙を浮かべながら、「やめてよ、おとうさん」と初めて口にする。

シメのナレーションは、「家族をつなぐ料理のそばに 東京ガス」。

いやあ、やっぱりズルいよ、東京ガス。また泣けてくるじゃないか。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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