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間もなく幕が下りる、NHK朝ドラ『べっぴんさん』を振り返る

碓井広義メディア文化評論家

来週末に終了となる『べっぴんさん』、見てますか? 平均視聴率が約20%ですから、私も含め、それなりの数の人たちが、日々このドラマを見ているはずです。

では、「この半年間、『べっぴんさん』は面白かったですか?」と聞かれたら、どう答えますか? 「もちろんです!」と元気に応じる人も相当な数でしょう。しかし、その一方で、「なんだかなあ」「どうにもなあ」と言いながら、ここまで見てきた人もかなりいるのではないかと思います。実は私もその一人です。

『べっぴんさん』のビフォーアフター

正直言って、このドラマが始まる前、結構楽しみにしていました。主な理由は2つあって、1つは『べっぴんさん』が近年の朝ドラの“成功パターン” を継承していたこと。具体的には、「女性の一代記」、「職業ドラマ」、「成長物語」、そして「実在の人物」ですね。さらに、戦争と戦後という「時代背景」も、これまで視聴者の共感を呼ぶ要素でした。

2つ目の理由は、主演に選ばれた新進女優・芳根京子さんへの期待です。2015年の夏、初主演ドラマ『表参道高校合唱部!』(TBS系)を見て、「面白い子が出てきたなあ」と思い、コラムで取り上げたり、座談会で話題にしたりと注目してきました。

『表参道』では、ヒロインとしての明るさや意志の強さだけでなく、感情の細やかさまで表現していたこと。何より表面的な美少女ではなく、地に足のついた骨太な少女像を体現している点に注目しました。

さて、昨年10月に始まり、間もなく幕を下ろす『べっぴんさん』。戦後、子供服メーカーを興し、現在まで続く企業の基盤を造った女性・坂東すみれの半生記でした。ただ全体としては、物語に起伏が乏しくて平板、ストレートに言えば、かなり退屈な展開でした。各回の15分もやけに間延びしていて、テンポの悪さが目立ちます。

神戸のお嬢さんとして生まれ育ち、戦争中はそれなりの苦労もしましたが、夫も無事帰還し、戦後は女学校時代のお嬢さん仲間と一緒に起業。初期には多少の波乱もありましたが、会社としては大きな危機もなく、まずは順調に成長してきました。

家庭内にも心配事はありましたが、しかしそれも一人娘が自我に目覚めて、ちょっとだけ不良の真似事に走った程度です。その後、娘のさくらはアメリカ留学を果たし、親の会社に就職。さらに母親の創業仲間の息子と結婚して、今や一児の母です。

主人公のすみれ本人はどう思っているのか知りませんが、客観的には仕事にも家庭にも恵まれ、“生涯お譲さん”を通すことのできた幸福な人生と言えるでしょう。

『べっぴんさん』で残念だったこと

ただ、ドラマとして不足していたのは、やはり物語の起伏であり、メリハリです。ストーリーに起伏やメリハリを与えるのは、主人公が抱える葛藤だったり、立ちはだかる壁だったりしますが、それもあまり感じられません。なんとなく“ぬるま湯”的なエピソードが続くばかりでした。

それに半年間、いつも“内向き”な話ばかりだったような気がします。仕事も恋愛や結婚も、“仲間うち”で回っているような印象で、社会に対して開かれた、広がっていく感じが希薄でした。

実在の企業「ファミリア」、そして実在の創業者たちを、モデルなりモチーフなりにしているわけで、実際に起きなかった“波瀾万丈”は描けなかったということかもしれません。いや、それにしても「事実に基づいたフィクション」という形で、多少の脚色はできたはずです。それを「ファミリア」側が許さなかったのか、それとも制作側が自制したのか、それはわかりません。

事実の枠からはみ出すことが出来ず、平板な展開が予想され、しかもそれを補うことが難しかったのであれば、「ファミリアの創業者」という今回の選択自体に、どこか無理があったと言わざるを得ません。

次に主演の芳根京子さんです。これは本人というより、脚本と演出の問題になりますが、なぜ、あんなにヒロインの表情が暗いのか。「仕事のこと、家庭のこと、あれこれ考えることが多いんですよ」という表現かもしれませんが、いつも悩んでいるような顔をした、笑顔の乏しいヒロインと毎朝向き合うのは、視聴者にとって結構シンドイことでした。

そもそも、このすみれというヒロインの性格も、いまいちハッキリしません。周囲に流されるというほどではありませんが、どこまでも自分の意思を通すタイプでもなく、これまた中途半端で微温的。ただ家族のこととなると変に独善的にふるまう。

創業に関わった4人の女性の中で、主人公だけが突出した存在になることを避けたかのようです。もしそうなら、ここでも実録路線であることが足を引っ張ったことになります。いずれにせよ、あまり人間的魅力にあふれた人物に見えなかったことが痛いです。

また環境的にも恵まれているので、視聴者にしてみれば、応援しようにもあまり力が入りません。結局、最後まで坂東すみれは、魅力的な主人公として成長できませんでした。芳根さん自体は可能性をもつ女優さんなので、今回はとても残念です。

そしてもう一人、すみれの夫である「のりお君」こと坂東紀夫(永山絢斗さん)も影が薄かったですね。『あさが来た』における白岡新次郎(玉木宏さん)のキャラまでは望みませんが、もっと存在感を持たせてもよかったのではないでしょうか。何十年も連れ添った夫婦に見えない、あの妙なよそよそしさがずっと気になりました。

朝ドラの登場人物とは、ドラマの中だけの存在ではありません。半年間、毎朝、毎日、顔を合わせる隣人であり、知り合いであり、時には家族や親せき同然だったりします。単なるドラマ作法としてだけではなく、その人物造形には視聴者が共感し、思いを寄せることのできる要素、入り込めるすき間、いや余地を残しておいて欲しいのです。

ドラマで大事なのは、見ている人たちの気持ちが“動く”ことです。泣くであれ、笑うであれ、怒るであれ、何かしら気持ちが揺り動かされること。それが、いいドラマです。

実在の人物を軸とするドラマにおける、肝心の“人物の選択”と“ストーリー作り”の難しさをあらためて感じたのが、この『べっぴんさん』でした。

4月からの朝ドラ『ひよっこ』への期待

4月からは、有村架純さん主演の『ひよっこ』が始まります。1964年に行われた東京オリンピックの頃、集団就職で上京してきた娘・谷田部みね子が主人公。『べっぴんさん』とは違い、架空の人物、架空のお話ですが、脚本は朝ドラの『ちゅらさん』や『おひさま』などを手がけた岡田惠和さんなので、大いに期待したいところです。

なぜなら、このところ「実在の人物」という実録路線が続いているのは、裏を返すと「架空の人物」を魅力的に描けていないということでもあります。『純と愛』(2012年度後半)や『まれ』(15年度後半)では、ホテルウーマンやパティシエを目指していたはずの主人公が迷走してしまいました。だからといって、ここまで実在の人物に頼り続けるのも偏(かたよ)り過ぎです。

それに、架空の人物を主人公にして、波瀾万丈の物語が構築できないかというと、そんなことはありません。『あまちゃん』(13年度前半)ではそれができたのです。しかも王道の一代記でなく、わずか数年間の物語。現実の東日本大震災を、どう取り込むかという難題にも果敢に挑戦しながら、あれだけ笑えて泣けて応援したくなるドラマになっていました。

そんな『あまちゃん』を超えるのは並大抵のことではありませんが、実在の人物だけでなく、架空の人物の物語でも、視聴者を気持ちよく笑わせたり泣かせたりしてほしいと思います。ぜひ、見る人の気持ちを動かして下さい。『ひよっこ』への期待です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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