東日本大震災から2年:心のリカバリーのために必要なことは?
また、あの日が巡ってきます。また、あの季節がやって来ます。また、思い出し涙する人もいるでしょう。ドラマのような幸運は実際にはやってきませんが、ドラマのような悲劇はやってきます。不幸はいつも突然劇的に、私たちを襲います。
それでも、私たちは回復してきました。
東日本大震災から2年めの日を、丁寧に迎えたいと思います。(東日本大震災から2年:節目の迎え方:復興庁)
東日本大震災の心の傷
東日本大震災。何の誇張もなく未曾有の大災害です。地震や津波で、死ぬほどの恐怖を味わい、大切な人や家財産を失い、目の前で命が失われ、多くのご遺体と直面し、原発事故で故郷を失う。それがどれほど深い心の傷になるかは、被災地外の人間の想像を遙かに超えたものでしょう。
2年たっても、「まだ現実味がない」と語る人がいるほどです。時間がたつほどにストレスがたまる人もいます。
特に今回の震災では、救助も支援物資も遅れ、多くの人が長い困窮生活を送りました。この時の「見捨てられ感」や「心の傷」が、今も痛む人もいるでしょう。
それでも、激しい悲しみや症状は、2年たって、しだいに小さくなってきているでしょうか。ただ、治ってしまったわけではありません。どの人の心の傷も、少し小さくはなったけれども、ずっと続いています。あるいは、激しい症状の人は少なくなっても、少数の人は強い症状に長い間苦しみ続けます。また逆に、2年たった今になって症状が出る人もいるでしょう。
身体の傷は、出血していればわかりやすいですし、2年も血が出続けることはありません。でも、心の傷は大きくてもわかりにくいものです。深い悲しみを心に秘めて、元気な姿を見せている人もいます。何年も何十年も、苦しみ続けることも珍しくありません。
精神科的な治療が必要なケースもありますが、薬では治らない心の傷もあるでしょう。ストレスも、我慢も、もう限界だと感じる人々がいます。阪神淡路大震災のときも、2年後以降、自殺などの悲劇が見られました。
幻滅期を超えて
大震災の直後、多くの人は立ちすくみます。これが、「茫然自失記」です。その後、被災者の中で相互扶助の気持ちがわきはじめます。『災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上るのか』(亜紀書房)でも紹介されているように、多くの地域で見られことで、災害後の「ハネムーン期」と呼ばれます。
この時の東北の皆さんのすばらしさは、世界が感嘆しました。この気持ちは、今も続いていることでしょう。しかし同時に、時間がたつにつれて現実が見えてきます。
災害直後の困難は乗り越えても、復興は遅々として進まず、生活再建は険しいと実感する「幻滅期」がやって来ます。
このような変化は、どこでも、誰にでも起こる普通のことです。どん底の緊急事態を乗り越えるために、人々は自然に助け合います。その後、少し落ち着くことによって感動的な助け合い精神が弱まったとしても、それは人間の醜さを示すものではなく、人とはそういうものなのです。
そして、人は幻滅したままでは終わりません。これからこそ、「復興期」「再建期」と呼ぶべき時期がスタートします。それは、大きな困難を伴うものですが、被災地のみなさん自身が希望を持って前に進むこと自体が、心の復興です。その復興活動を支えるのが、社会の役割でしょう。
ただし、復興期、再建期だからこそのストレスに、気を付けなければなりません。
格差を超えて
大災害発生直後は、全員が同じ被災者です。その中で、助け合うユートピアが生まれます。ところが、しだいに差が見えてきます。社会的強者は、いち早く避難所や仮設住宅を出て、家を新築する人もいます。
ちょっとした住所の違いで、保証金が大きく変わることもあります。家族を亡くした人もいれば、命はみんな助かった人もいます。この格差が、心を痛みつけます。一方で復興を進める人がいるほど、残された人の苦しみは大きくなるでしょう。この格差は、開いたハサミのように、時間がたつほど大きくなっていくでしょう。
阪神淡路大震災から2年後に出された「被災地からのアピール」でも、復興の「両極分化」が問題提起され、国をあげての支援と防災を訴えています。
復興格差があり、経済格差があり、心身の健康格差が生まれています。重点的な支援が必要であり、地域全体の支援が必要であり、長期的な支援が必要です。格差はあるのですが、少しでも小さくしていく必要があるでしょう。
二次被害、三次ストレスを超えて
地震と津波を乗り越えた後も、失業や避難所、仮設住宅生活でのストレスなど、二次的な被害が襲ってきます。その後さらに、人間関係が悪くなったり、周囲からの心ない言葉によって傷ついたりする、三次ストレスともいえる心の痛みが起きます。
玉突き現象のように、次々と悪いことが起こり、悪循環がうまれます。ストレスによって人間関係が壊れ、そこからさらに大きなストレスが生まれます。こうなってしまうと、何をしても上手く行かない、逆効果ということになります。
たとえば、おしゃべりはとても良いストレス発散ですが、ストレスがたまれば、人の話など聞けません。あるいは、相手の都合を考えず、話しすぎてしまった結果、無視されたり、共感が得られなかったりする時もあるでしょう。
故郷では、仕事があり、仲間がいて、楽しく充実した生活をしていたのに、家族も家も仲間も失い、知らない土地で、酒を飲んでは他の客にからみ、店から出入り禁止になるといったことが、起きてしまうのです。
被災地支援、被災者支援は、発生から数年がたてば、生活全般の支援になっていくのでしょう。そして、悪循環というのは、何かが少し変わることによって、「善循環」にもなるでしょう。
小さな良い変化が、次の良い変化への連鎖を生むのです。
PTSDを超えて
心の傷が後遺症のように長く残ってしまうと、PTSD:心的外傷後ストレス障害になります。突然あの時の感情がよみがえったり、似たような状況を避けたり、小さな事にもびくびくしたりします。
さらに、人生の岐路に立ったとき、気弱になり、決断できなくなるときもあります。心の痛みは、長く続くからです。こんな時に必要なのは、非難や叱責ではなく、支援ではないでしょうか。
大きな心の傷によって、長く心が痛み、症状が続くことがあります。一方、とても辛い出来事の結果、成長することがあるのも人間です。これをPTG:外傷後成長と言います。
そのためには、近くの人も、社会全体も、その人の気持ちに共感することが必要です。安心して悲しめた後に、安全と活躍の場が与えられれば、人はきっと成長していくことができるでしょう。
無力感を超えて:サイコロジカル・リカバリー・スキル
心理学的回復技術と訳せば良いでしょうか。兵庫県こころのケアセンターがネット上で公開しており、次のような内容が紹介されています。
- 問題と目標を明確にし、様々な解決方法のアイデアを出し、もっとも役に立ちそうな解決策を試してみる。
- ポジティブで気分が晴れるような活動を考え、それをやってみることで、気分と日常生活機能を改善する。
- 心や身体の反応が出てしまうようなきっかけを知り、対処する。
- 自分自身の心が苦しくなってしまうような考え方は何なのかを知り、それをより苦痛の少ない考え方におきかえる。
- 周囲の人との良い関係を作る。
何かをすれば全てが解決するわけではありませんが、何かをすれば、何かをした分だけ、問題は解決へ向かうでしょう。心がけてみること、試してみることは、大事なことではないでしょうか。
安易なポジティブ・シンキングを超えて:ポジティブ思考
兵庫教育大学の岩井圭司先生は、月刊『教育と医学』2013年3月号で、サイコロジカル・リカバリー・スキルに関連して、ポジティブ思考をすすめています。それは、単に明るく前向きに考えようというものではありません。
- 時には逃げて良いと考える。
- 計画通りに事は運ばないと考える。
- 私の具合はあまりよくない、あなたの具合も良くない、それで万事よし。
こういう考え方が、大困難時の、ポジティブ思考なのでしょう。
自殺への思いを超えて
これからが、自殺予防の正念場です。うつの早期発見、早期予防が大事です。うつ病の人との接し方を学びましょう。そして、自殺予防のためには、周囲の人々が、一声かけることが大切です。死にたい、消えたい、遠くへ行きたいなどと語るのは、自殺のサインです。
そんなとき、縁起でもないこと言うなとさえぎったり、命は大切だと説教したりするよりも、話を聞いてあげて欲しいと思います。そして、聞いた側も一人で抱え込まず、みんなで支えたいと思います。そして、私たちの言動を通して、「あなたが死んだら私は悲しい」というメッセージが届くことこそが、自殺予防につながるでしょう。
参考:碓井真史著『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からの命のメッセージ』いのちのことば社
世界の崩壊を超えて
私たちは、自分の人生を、この世界を信じているからこそ、生きていけます。頑張れば良いことはある、善人には良いことが起こると、何となく信じています。
けれど、大震災は、被災者から全て奪い、心の世界を崩壊させます。世界は闇の底に沈み、努力は報われず、神も仏も存在せず、人生は空しく意味がないと感じ、絶望感に支配されます。
前述の岩井先生は、世界に安全な場所はないという「世界への不信」、人には頼れないと感じる「人間への不信」、そして自分は価値のない人間だと感じる「自分に対する不信」をあげています。
本当の復興とは、人間の復興、心の復興とは、世界と他者と自分に対する信頼を取り戻し、この心の世界をリカバリーすること、作り直すことだと思うのです。
希望:絶望を超えて
初めて津波被災地に立ったとき、その見渡す限りのがれきの荒野を見たとき、正直言って私は、復興できないのではないかと感じました。「心のケア」なんて言葉さえ、言ってはいけないのではないかと、感じました。
大震災から2年がたち、ようやく津波被災地の復興プランが見え始めても、いつまでにできるんだ、いくらかかるんだ、そんなこと可能なのかと、言いたくなってしまいます。原発の廃炉に40年かかると言われると、どうしようもない思いにかられます。
でも、それでも、希望は、ここから生まれるのでしょう。
希望は、安楽椅子からは生まれず、悲しみの涙から生まれます。希望学の研究によれば、
希望は、新しい大切な何かを見つけ、そこに近づく具体的方法を知り、みんなと一緒に一歩を踏み出すときに生まれます。
全てを失ったとしても、新しい大切な何かを見つけたいと思いますし、それがただの夢ではなく、具体的な道筋をつけたいと思います。そして、考えているだけではなく、みんなと一緒に活動を始めたいと思います。
私も、一度でも訪れた被災地の町々が、まるで心の故郷のように感じています。世界が、東北のため、日本のために祈っています。
アメリカの9.11同時多発テロの後発行された写真絵本『きぼう:こころひらくとき』(ほるぷ出版)には、希望学の研究成果と同じメッセージが出てきます。そして、著者は後書きで述べています。
子どもたちに、世界は安全な場所だと教えたかった、苦しいときには助けてと声を上げて良いと教えたかったと。9.11から希望を学んだと伝えたかったと。
私たち日本列島に住む者も、3.11を通して希望を学んだと、子どもたち孫達に伝えたいと思います。
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- ふくしまと共に歩むために:放射能ジョークはなぜ許されないか:Yahoo!ニュース個人
- 震災直後に最初に書いた文章:「不幸はいつも突然劇的に〜「Pray for Japan」の言葉のもと、今日本は祈りに包まれています。〜」
- 東日本大震災の災害心理学:命と心を守るために:心理学総合案内こころの散歩道(震災直後からアップし続けてきたサイト)
- 東日本大震災の災害心理学:命と心を守るために:Yahoo!ニュース個人(コンパクトなまとめ)
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(2013/3/11/22:30上記希望の写真を1枚追加)