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「無報酬!?」クールジャパン秋元康氏発言に波紋の理由:社会心理学的に考える

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
思いはあるけれど。思いはなかなか一致できないけれど。

復興予算25兆円。でも無報酬で歌うプロの歌手もいる。ネット上には、無料のページがいっぱい。無報酬で執筆するプロもたくさん(知名度アップなどではなく本当にボランティアの人も)。それなのに、なぜ今回は、こんなに多くの人が不快に思い、非難がわいたのか?

政府は3日、クールジャパン推進会議を開き、~民間議員で「AKB48」プロデューサーの秋元康氏は「日本中の優秀なクリエーターにひと肌脱いでもらうべきだ」と指摘。アニメや芸術の関係者に、ポスターやキャッチコピーづくりに無報酬での協力を求めるよう提案した。

出典:Yahoo!ニュース「国内クリエーター結集を=クールジャパン推進で―政府 時事通信」

■賛否両論

様々な意見がネット上を飛び交っています。

ヤフーニュース個人のオーサー、大元隆志さんは、「売り込む」ことが目的なのに、それを作成するクリエイターには「無報酬」を要求する矛盾を突いています。そして、お金を貰って仕事をするプロ意識を育てるべきと指摘し、「クリエイターは無報酬で使うもの」という商慣行が出来てしまう可能性も危惧しています。

「クリエイターに無報酬での協力を求めることへの疑問や怒りの声が噴出。中には、“言い出しっぺ”の秋元氏こそAKB48を無償で協力させるべきだ、との意見もあった。」とも報道されています(ヤフーニュース「クリエイターは無報酬で協力を……クールジャパンめぐる秋元康氏の発言に賛否両論」)。

私も関連記事「仕事には対価をは当然なので。あえて。無報酬の力:クールジャパンの秋元康氏の発言から」を書いたところ、「では先生も、無報酬でされたほうが良い仕事ができるのでは? なぜしないんです?」とのご質問を受けました。

一方、お笑いコンビ・キングコングの西野亮廣さんは、「繋がりを作る為に無報酬でも参加したい新人クリエーターさんはゴマンといると思うんだけど…」「たとえば新人デザイナーさんからすれば『世に出るキッカケ』は大きなメリツトではありませんか?」とツイートしています。

ヤフーの調査「アーティストに無報酬で協力を求める案をどう思いますか?」によれば、賛成18%、反対76%、わからないが7%でした(2013.4.4.21:00現在)。

■無報酬でのやる気:内発的動機づけとは

内発的動機づけは、金銭などの報酬がない、無報酬でも活動しようと思う動機づけです。無報酬といっても、何もないわけではありません。内発的動機づけのもとは、有能感、自己決定感、対人交流です。

お金がもらえなくても、「できた!」「わかった!」「やった!」と感じられるとき、自分自身の意思で動いていると感じるとき、そして、大切な人から認められたり、良い仲間との豊かな交流があるとき、人は無報酬でも活動します。しかも、ただ報酬のためだけに活動しているときよりも、良い活動ができると、心理学では研究されています。

そこで、今回はどうだったでしょうか。

■社会心理学(内発的動機づけ理論:自己決定感)からの考察

ニュースを見た人々は、何を感じたでしょうか。多くの人が、そんなことを「要求」するなと言っています。たしかに、「求めて」はいますが、強制しているわけではありません。ボランティアを募っているのでしょう。「「募集」なんだから、嫌なら無視すればいいだけの話なのに」と西野亮廣さんがおっしゃっている通りです。

しかし、人は客観的事実よりも、感覚で動きます。人は、心の世界に生きています。ニュースを読んだ人の多くが、強制されているような、要求されているような、押し付けられているような感じを持ったのは、事実でしょう。

このように、強制的にさせられる感覚が強くなり、自己決定感が下がってしまえば、無報酬でも活動しようという内発的動機づけは起こりません。

「強制したわけではない。彼らは愛社精神から自発的に無償ボランティアとしてサービス残業しているのだ。と言っちゃうブラック企業経営者は多いし社会問題になってるので、国家事業という権力側の言動は慎重にお願いしたい。と一市民として思う。」とのツイートもいただきました。

政府や有力者からの発言ということで、強制されている感覚を持った人が多かったのかと思います。これが、小さく貧しい団体からの「どなたかボランティアでお願いできませんか」なら、こうはならなかったでしょう。

内発的動機づけの研究でも、見かけだけの選択の自由では意味がない、実際上断れない依頼や、また自分の心の中の苦しい義務感などは、自己決定感をさげ、内発的動機づけを低下させると言われています。

ボランティアを、単なる人手不足解消や、行政の不十分さの穴埋めに使ってしまっては、ボランティアが汚されてしまいます。

■内発的動機づけ(有能感)からの考察

内発的動機づけ理論へのよくある誤解は、お金は悪者かというものです。そんなことはありません。お金に操られてしまえば、内発的動機づけは下がりますが、お金によって有能感が高まれば、内発的動機づけも高まります。お金をもらって働いているときも、お金に操られて内発的動機づけを失っている人もいれば、職人魂、プロ意識という内発的動機づけを持って良い仕事をしている人もいるでしょう。

一方、お金もごほうびもなくても、一人でパズルを解いたり、子どもが高いところから飛び降りたりするのは、有能感のためでしょう(それだけではないが)。人は、賞金のない大会でもがんばれます(名誉や賞賛は、心理学的には、金銭と同じ外的報酬ですが)。そこに山があるので、山に登る。これが、内発的動機づけです。

クールジャパンの活動に参加すれば、「やったー!」という有能感が高まりそうだ(クリエーターとして高い充実感が味わえそうだ)と感じれば、参加への思いは増すでしょう。しかし、今回はむしろ、「ただ働きさせようとしている」「クリエーター(私たち国民全体?)を軽く見ている」と多くの人は感じました。

「大金持ちの秋元さんが言うな」と感じた人もいるようです。たしかに、お金を持っているはずの人(団体)から、無償で来てくれとたのまれたら、バカにされているように感じるのは、もっともなことです。

このように、自己決定感に加えて、有能感まで奪われた感覚を持てば、内発的動機は低下し、不満が増すでしょう。

■内発的動機づけ(他者との交流)からの考察

内発的動機づけが高まるためには、その場所での「重要な他者からの受容感」が必要です。親、先生、上司などが、自分を認めてくれていると感じられる環境で、人はやる気を出します。良い親子関係、良い上下関係が必要なわけです。また、同じ価値観を持った仲間たちとの交流は、深い満足感を生むでしょう。

今回は、残念ながら経済産業省にも、秋元康氏にも、認められているとは感じにくかったのでしょう。「ただ働き」などと感じてしまえば、自分はいいように使われているとしか思えません。

もしも、クールジャパンの活動にすでに多くの人々が参加しており、全国的に盛り上げっているのならば、自分も参加しようと思えるでしょうが、現状はそうではありません。

他者との交流の面からも、内発的動機づけ(無報酬でも活動しようという思い)は高まらなかったのでしょう。

■社会心理学とセス・ゴーディンの話から

社会心理学では、人間は社会的環境の中で行動すると考えます。もちろん、性格はありますけれども、人は環境(物、人間関係、文化など)によって変わると考えています。

たとえば、テレビゲーム、オンラインゲームなどは、とても上手くできていて、たくさんの人がゲームをし続けています。あるいは、だれかがリーダーになって、流行やムーブメントを上手に作り出せれば、人々は喜んで無報酬でも活動に参加するでしょう。

セス・ゴーディンは、アメリカのベストセラー作家です。彼は言います。「リーダーは、新しいものを作り出さなくても良い。言いたいことがあるのだが、まだつながっていない人々、現状に不満足な異端の人々を、つなぎ合わせればよい。そうすれば、ムーブメントが起きる」。

日本を世界に売り込みたいと願っている個人、団体は、たくさんあるでしょう。利益のためもありますが、日本を思う気持ちもあるでしょう。ふるさとを愛している人々は、たくさんいます。そんな人々は、誰に頼まれなくても、無報酬でふるさとを宣伝します。様々な立場の人が、一市民としても、職業人としても、様々な活動をするでしょう。

私の知り合いの先生は、昔から中国に行くときには、美味しいコシヒカリをお土産に持っていっていました。とても喜ばれたそうです。誰にも頼まれず、無報酬で日本のお米の宣伝を行っていました。

大震災が発生したときには、大勢の人がボランティアに参加します。アーティストや、クリエーターや、様々な職業の人が、プロとしての技を使ってボランティアに参加しています。

無理やり行かされるわけではなく(自己決定)、志を持ち、何かの役に立ちたいと願って(有能感)。そして、ボランティアたちは、多くの人々との交流の中で、喜びを感じ、成長していきます。

■クールジャパン

クールジャパンの活動自体が、本当にクールだと感じ(この表現も次第に色あせてきましたが)、一人ひとりが尊厳を持って、みんなで参加しようとの機運が盛り上がれば、すばらしいことが起きるでしょう。現状は、まだまだですが。

「無報酬」ということに関しては、まだクールジャパンとしては何の提言もなく、民間議員の一人(秋元康さん)が提案しただけで、この先どちらの方向で具体化されるのかはわかりません。

私としても、単純に「無報酬」がいいのか、「有償」がいのかは、答えられません。心理学的にも、その報酬の有無自体ではなく、「報酬」や「無報酬」がどんな心理的意味を持つのか(みんながどう感じるのか)が、人々の心と行動に影響を与えると考えています。

この記事は心理学の話ですので、一般論だとのご批判もあるかと思います。ただ、一般論も必要ではないでしょうか。実際に計画を進めるためには、もちろん心理学の知識だけではどうしようもなく、日本のクリエーターたちの現状や、政府、行政に関する知識と、人間を動かす知恵が必要でしょう。

日本を愛する心を持つ人々が、いつか一致できることを願いつつ。

仕事には対価をは当然なので。あえて。無報酬の力:クールジャパンの秋元康氏の発言から

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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