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和歌山毒物カレー事件の心理学:事件への疑問と林真須美死刑囚の半生

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
(写真素材 足成)

和歌山カレー毒物事件から15年

事件の概要

平成10年7月25日の夕方、和歌山内の自治会主催の「夏祭り」でのできごとだった。住民立ちが作ったカレーを食べた67人の気分が悪くなり、救急車で運ばれ、4人が死亡した。

警察は、住人の一人、林真須美を逮捕。死刑が確定している。林死刑囚は、この事件の前の保険金詐欺の容疑は認めている。しかし、この無差別殺人は認めておらず、再審を請求している。

事件当時、一部の食品会社がカレーのテレビコマーシャルを自粛するなど、社会全体に大きな影響を与えた。この地域の学校では、今だに休職にカレーは出していない。

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林真須美死刑囚の半生

子ども時代と両親

林真須美被告は、小さな漁村で3人兄弟の末っ子として生まれます。一人娘でした。父親は地味な人でした。母親は、外向的でまめな性格で、保険の外交員として活躍しました。

小さいころの真須美被告は、ごく普通のかわいい子どもでした。両親ともに忙しく、あまり遊んではもらえなかったかもしれませんが、経済的な不自由はなく、当時この地域としてはめずらしくピアノも買ってもらい、小遣いも十二分にもらっていました。よく家の手伝いもするよい子だったようです。子ども時代の彼女を知る人々は、「明るい子」だったと語っています。同時に、「負けず嫌い」だったとも多くの人が言っています。

思春期・青年期

思春期になった真須美被告は、やせていて、どちらかといえば、内気で恥ずかしがり屋の清純な女の子でした。その一方で、負けず嫌いの激しい性格の一面ははむしろ強まっていきます。テストで悪い点をとったときなどは、悔しくてたまらなかったようです。いつもは笑顔でおだやかなでしたが、怒ったときには、まわりが驚くほどヒステリックになり、収まりがつかなくなりました。

看護学校時代

高校卒業後は、大学付属の看護学校に入学します。看護学校の2年生になった19歳の時、真須美被告は後に夫となる男性と知りあいます。

当時彼女は、看護学校の寮に入っていましたが、しつけや規則の厳しい寮生活で、窮屈な思いをしていたようです。「こんな生活は嫌だ。自由が欲しい」と彼女は語っています。

男性は、シロアリ駆除会社を経営する当時35歳の会社社長。結婚もしていましたが、派手な車で真須美被告を迎えに来ては、高価なプレゼントしたりしています。

彼女は、しだいにこの男性に恋愛感情を持ち、魅かれていきます。自分を束縛から解放し、自由にしてくれる男性に見えたのでしょうか。

結婚生活そして、保険金詐欺、カレー毒物事件

1983年林死刑囚は、元妻と離婚したこの男性と結婚します。男性にとっては、3度目の結婚でした。

しかし、すぐにトラブルが起こります。披露宴での行き違いから、建治は「てめえ、おれをコケにするつもりか! 恥をかかせやがって!」と、新妻の真須美を平手で殴りつけたのでした。二人の結婚生活はこうして始まりました。

2人の生活は、家賃3万円の3部屋のアパートから始まります。真須美も働きはじめます。ウエイトレス、化粧品販売。結婚の翌年1984年には、新築一戸建ての家を3500万円で購入しました。このときには、普通の住宅ローンを組んでいました。この間、二人の子供も生まれています。

さて、この後、彼女の周りでさまざまな事件事故が発生します。保険金詐欺を行い、大金を手に入れていったのです。

1995年には、園部地区にある120坪の家を7000万円で購入します。

この年の10月、真須美の母親が「急性白血病による脳出血」で死亡。67才でした。真須美は、保険金1億4000万円を手にしています。

1998年2月には、高級リゾートマンションの最上階を購入する契約をしています。同年3月 保険金目的で、知人にヒ素入りうどんを食べさせます。(殺人未遂罪)。そして、この年、1998年7月25日。カレー毒物事件が起こりました。4人を殺害、63人をヒ素中毒にしたとされています(殺人、殺人未遂罪)。

彼女は、自由を求めていたような気がします。そのための必死の努力を重ねてきたように感じます。しかし、その結果は犯罪行為でした(少なくとも保険金詐欺、そして死刑判決を受けている殺人)。

和歌山カレー毒物事件に関する、いくつかの疑問

  • 決定的な物証はなく状況証拠しかないこと。(混入されたヒ素の鑑定への疑問も出されています)

  • 検察は、被告が「激高」してカレー鍋に毒を入れたとしていますが、激高した様子は確認されていないこと。

  • 犯罪心理学的には、保険金詐欺のような知能犯罪と無差別殺人を狙った毒カレー事件のような粗暴犯罪を、同一の犯人が起こすことは珍しいこと。

しかし裁判官は、総合的に考えて、やはり犯人は真須美被告しかいないと判断したのでしょう。

(再審請求中)

「激高」と「うらみ」

あの夏祭りの日、カレーを作っているところに林真須美死刑囚が来ても、だれもあいさつすらしなかったそうです。それだけ、彼女の行為は周囲に迷惑をかけ、嫌われていました。

無視された真須美被告は激高したと、検察は言っていましたが、判決では否定されました。彼女が真犯人ならば、私は「激高」よりむしろ「うらみ」の心理ではないかと感じます。

彼女がそれだけの事をしてきたのだし、逆恨みとも言えるでしょう。経済的にも、人間関係でも上手くいかなくなった真須美被告は、しだいに恨みの感情を高まらせ、そして無視されたことをきっかけとして、犯行に及んだのでしょうか。

ある人はこんなふうに言っています。

「殺意を持っている人に実際に殺人を犯させるにはどうしたらよいか。それは、だれもその人に話しかけないことだ。」

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社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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