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日本テレビ「明日、ママがいない」:中止要請ではなくスタッフと子供達への愛を込めて:表現は人を傷つける

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
みんなで子供を守ろう。

■「明日、ママがいない」(日本テレビ系テレビドラマ)第一回放送を観て

番組冒頭から「ありえない!!」の連続でしたね。養護施設(児童養護施設)の子供たちが、「ポスト」「ロッカー」などと呼び合い、傷つけ合う。子供たちがこまっしゃくれていて、あまりに非現実的。乱暴な施設長、規則を破る児童相談所職員、ひどい里親候補。いったい、これはどんなドラマなんだと困惑しました。途中でチャンネルを変えようかと思いました。

それでも我慢して最後まで観て、ようやく少しドラマのメッセージがわかったような気がしました。

■多くの抗議

そして、多方面からの抗議。抗議の多くは納得ができます。非現実的。偏見を深める可能性。子供たちを傷つける可能性。その通りだと思います。

「こうのとりのゆりかご」(通称「赤ちゃんポスト」)を運営する熊本市の慈恵病院も、番組に抗議しています。この「赤ちゃんポスト」自体、多くの批判を受けながらも関係者の努力によって運営されてきました。問題がないとは言わないものの、すばらしい活動だと思いますし、関係者の皆様を尊敬しています。

児童養護施設関係者や里親会からも抗議の声が出ています。養護施設は、長い歴史を持ち、福祉の歴史における中心的な役割を果たしてきたと思います。

職員のみなさん、施設長の方々ともお話ししたことがありますが、子供への深い愛と熱い思いをお持ちの方々です。子供たちは、普通に学校に通い、普通に部活動も行っています。ただそれでも、子供たちが多くの悩みを抱えていることも事実でしょう。

これらの方々のご心配、お怒りは、もっともなことだと思います。

■ドラマならゆるされるのか

「そんなことを言ったらドラマなんかできない」という方もいます。

たしかに、ドラマのように拳銃をやたらと撃つ警官なんかいません。ドラマで描かれる病院も、銀行も、リアルな面があっても、非現実的な面もあります。そうしなければ、ドラマチックになりません。

小児科医はたいてい善人に描かれますが、以前は精神科医や歯科医はあまり善人に描かれず、不快に感じている関係者もいました。PTA会長とか、教育委員会も、しばしば悪役で登場しますね。PTA会長の子も、悪い子役が多いでしょうか。

成績が悪く荒れた高校もよく登場します。生徒を殴る熱血教師も登場します。実際は、仮に偏差値は低くても、きちんとした高校はいくらでもあります。逆に、成績は良いが性格が悪い生徒や先生達の高校もよく登場します。金持ちで意地が悪い子供も定番です。もちろん、現実とは違います。

昔のアニメ「あしたのジョー」は、すばらしい作品だと思いますが、当時の視聴者に誤った少年院イメージを植え付けたと思います。

昔も今も、様々な場所がドラマで描かれますが、現場を知っている人が見れば、どれも実際とは異なるでしょう。ドラマが事実と異なる表現をすることは、許されると思います。

しかし、ドラマなら人を傷つけても良い、仕方がない、ということはないと思います。時代によって表現の制約も変わります。世の中の流れや、弱者の気持ちに敏感でなければなりません。テレビは、映画や小説以上に、配慮が必要です。

■表現することは誰かを傷つける

では、少しでも誰かを傷つける可能性があることは表現してはいけないのでしょうか。

私は気が弱いので、できるだけ配慮はしているつもりです。それでも、この文章を読んで悲しく思ったり、腹を立てる人は、残念ながらいるでしょう。申し訳なく思っています。本当にすいません。それでも、絶対に誰も傷つけたくないと思えば、私は沈黙するしかありません。

自殺予防活動で傷つく自死遺族はたくさんいます。小説やドラマやニュースやドキュメンタリーで傷つく人がいます。厳しい表現だけでなく、やさしさあふれる表現でかえって傷つく人もいます。マスメディアだけでなく、身近な人の心ない言動や、時には善意の言動で傷つくこともあります。

だから誰かが傷つくのは仕方がないと言いたいのではありません。配慮は当然必要です。それでも、すべての表現者は、沈黙ではなく、自分も加害者になり得ることを自覚しながら、表現を続けるしかないのではないでしょうか。

■ドラマ「明日、ママがいない」の非現実性の部分

たとえば、施設長の男性が子供たちに辛く当たり、里親さんを「新しい飼い主」などと呼び、ずいぶん強引に養子縁組を持たせようとする場面があります。

もちろん、実際はまともな職員がそんな乱暴なことをすることはありません。

ただ、私はこんな職員さんに出会ったことがあります。彼は子供たちに言っていました。

「お前達は一人だ、一人で生きていくんだ」。

すいぶん冷たい言葉です。もっとやさしい言葉をかけてあげても良いと思います。でも、その職員さんは言っていました。

自分は子供たちを愛しているし、何かあれば支援したいと願っている。それでも、彼らは他の子供よりもずっと早く自立し一人で生活していかなければならない。耳ざわりの良い優しい言葉なんかよりも、こう言ってあげることが必要なんだ。

この職員さんが、養護施設職員の平均像ではありません。でも、このような職員さんをデフォルメすると、今回のドラマの施設長になるのかもしれません(「杖をついた偏屈でいじの悪いリーダー」というのも、いかにもなキャラクターですね)。

■「明日、ママがいない」第二回放送(1月23日放送)を観て

ドラマのテーマが少しずつ見え始めます。子供たちは、ひどいあだ名で呼び合い、悪口を言い合っていますが、実は深い愛と信頼で結ばれています。施設長も、あいかわらず偏屈ですが、実は子供たちを愛していることが垣間見えます。

今回登場した里親候補の母親は、悪人ではありませんでしたが、わが子のようにしたいという思いが行きすぎ、失敗してしまいます。これは里親さんだけではなく、実父母にもあることかもしれません。良い親になろうという思いが強すぎ、失敗する親はたくさんいます(パパママのがんばりすぎない子育ても大切です)。

ここから先は私の全くの想像ですが、このドラマは単なる養護施設ドラマではないような気がします。現実に親に遺棄されたり虐待された子供だけではなく、親に捨てられたと感じている人、愛されていないと感じている人、親に傷つけられたすべての人に、親から卒業し強く生きていくための愛と勇気を与えようとしているように思えます。そう想像し、期待しています。

■即刻番組中止か

番組を中止しろという意見もありますが、また一方、中止要請は行きすぎだという意見もあります。ひどい番組だという意見もありますが、すばらしいドラマだという意見もあります。

以前、作家の筒井康隆さんが、作品内の表現に関して日本てんかん協会から抗議を受けたことがありました。筒井さんの自宅には多くのいやがらせが殺到しました。ところが、筒井さんが「断筆宣言」をしたところ、今度は一転して協会側への非難の声が上がりました。

連続テレビドラマが、抗議を受けて放送中止になることは前例がないかと思いますが、今回万が一そんなことになれば、何が起きてしまうのか心配です。

■性善論ですいません。でもみんなで協力を。

すいません。私はあまちゃんの性善論者なので、なかなかするどい批判ができません。

私のごく限られた経験ですが、テレビスタッフの多くは善人です。もちろん、どの職場にも変な人はいるに決まっています。けれども、今回のドラマスタッフが、児童養護施設の子がどんなに傷ついても知ったことではない、視聴率さえ取れれば良いと考えているとは思えません。

視聴率はもちろん大切だけれども、できることなら、視聴者に喜んでもらい、すべての子供と親に愛と希望を届けたいと願っていると思います(善意でも不適切なことをすることはありますけれども)。

そして、医療スタッフのほとんど、福祉スタッフのほとんど、里親さんのほとんどは、もちろん善人だと思います。今回のドラマで心を痛め、抗議している方々は、特にこの問題に深い関心と熱い思いを持っている方々です。

今回の問題では、BPO(放送倫理・番組向上機構)の名前も出てきました。テレビスタッフにとって、BPOは巨大な存在です。スポンサーも、何か考え始めたかもしれません。民放は提供がなければ放送ができません。

この問題が今後どの方向に行くのかは、まだわかりません。様々なご意見はあることでしょう。しかし私は、テレビスタッフも、医療福祉スタッフもBPOもスポンサーも、視聴者である私達みんなも、表現の自由を守ると同時に、子供達の幸せを願っているという点では一致しているはずだと信じています(養護施設を支え続けたタイガーマスクのように子供たちを応援したいと願っているはずです。:「伊達直人の贈り物」の心理メカニズム:みんなタイガーマスクになりたかった)。

「一生懸命作られていることは分かるし、素晴らしい部分もあるが、人を傷つけてしまっていると思われる部分があることは残念だ」(「記者会見した慈恵病院の蓮田健・産婦人科部長の言葉)。このようなご意見がることを踏まえた上で、本当にすばらしいドラマを作っていってほしいと願っています。

どのような結論になるにしても、結果的にどの方面にも悪影響が残ることなく、より良い解決を目指せるように、見守っていきたいと思います。子供たちに、大人たちの知恵を示しましょう。

→第三話放送:「明日、ママがいない」の明日はどうなる:テレビの表現と偏見と暴力の心理学:子供たちを守るために

補足(2014.3.17):BPO「明日、ママがいない」審議入りせずは、妥当な対応。:大切なのは総合的な見方

■補足

○芦田愛菜さんをはじめ、すばらしい名演技を見せている子役達も、今回の騒動で戸惑っているかもしれません。プロの役者とはいえ、子供です。この子達も守りたいと思います。

水島宏明先生(法政大学教授・元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクター)のページで、番組への批判や様々な意見が読めます。

○番組では問題のある里親候補が毎回登場しますが、里親選びはとても慎重に行われていると思います(私も里親希望者向け研修会の講師を務めたことがあります)。それでも問題が起きる事はあるでしょうが、こんなに頻繁には起きないでしょう(毎回事件が発生するのはドラマの常ですが)。

「明日、ママがいない」番組ホームページ

■筆者によるテレビ評

私が体験したテレビのヤラセとガチと演出:「ほこ×たて」番組終了に思う

「あまちゃん」最終回を読み解く:復活の物語・この先へ。

24時間テレビの心理メカニズム:みんなで助け合うために

『半沢直樹』倍返しを真似ず戦う姿勢に学ぼう:人間関係に正しく勝つ心理学的方法

ドラマ「心療内科医・涼子」から学ぶ心理学:古いドラマですが、心の問題を扱った良い作品だと思います。ただこのドラマも、心療内科関係者から抗議を受けました。

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明日ママ視聴率 0・5ポイントダウン:14%から13.5%へ。 日刊スポーツ 1月23日(木)9時41分配信 Yahooニュース

「芦田愛菜ドラマ」(赤ちゃんポストの慈恵病院がある)北部九州地区で視聴率アップ:10.1%から14.2%へ。 東スポWeb 1月23日(木)12時0分配信 

日テレドラマ「明日、ママが―」第2話放送も提供企業名なし。 スポーツ報知 1月23日(木)7時2分配信 Yahooニュース

「明日、ママがいない」に放送中止を要請。2014年1月17日、日刊スポーツ

その後の報道(2014.1.24)

愛菜ドラマ「スポンサー離れ」「CM大挙撤退」の異常事態。東スポWeb 1月23日(木)15時15分配信 Yahooニュース

「明日、ママ…」キユーピーなど3社CM降りる。読売新聞 1月23日(木)20時30分配信 Yahooニュース

「明日、ママがいない」関係団体が抗議 ドラマの自由どこまで?産経新聞 1月24日(金)10時13分配信 Yahooニュース

岡村隆史、日テレ・ドラマ批判に苦言「お門違い。批判のターゲットに。テレビ終わった」。Business Journal 1月24日(金)2時55分配信 Yahooニュース

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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