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「明日、ママがいない」の明日はどうなる:テレビの表現と偏見と暴力の心理学:子供たちを守るために

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
テレビは最も身近だからこそ、みんなでより良い活用を。

■賛否両論「明日、ママがいない」(日本テレビ系テレビドラマ)全スポンサー全8社がCM中止

第一話放送から様々な話題になっていたドラマ「明日、ママがいない」。ついにスポンサー全8社が、1月29日の第三回放送から、CM放送を見合わせることになりました。

「こうのとりのゆりかご」(通称赤ちゃんポスト)を設置する熊本市の慈恵病院が放送中止申し入れを表明。全国児童養護施設協議会、全国里親会も抗議の声を上げています。

一方、芸能界関係からはこのような抗議を受けてドラマが中止、変更になることへの危機感が語られています。

ネット上など世間の意見は、様々です。ドラマの内容、日本テレビの対応を激しく非難する声があり、またドラマを高く評価する声もあります。実際に養護施設に関わってきた人たちの間ですら、様々な意見があるようです。

(第一話、二話を観ての意見:日本テレビ「明日、ママがいない」:中止要請ではなくスタッフと子供達への愛を込めて:表現は人を傷つける

■テレビと偏見

「明日、ママがいない」は、現実とかけ離れたひどい内容であり、子供たちや職員、里親への偏見を高めるという批判があります。このドラマは偏見を高めるのか。たしかに偏見を高める可能性はあるでしょう。

でも、もしもこのドラマとは正反対のドラマで、不幸な境遇だが天使のような子供たちが登場し、とても善良な大人たちに守られて幸せになる話ならば、偏見は生まれないのでしょうか。

もしも、そのようなドラマであれば、一部からは「現実とは違う」という批判も出るでしょう。そして、善良だが弱いという表現だけをするならば、それはまた偏見を生む可能性があるでしょう。

偏見に関する社会心理学の研究によれば、身体障害のある子どもと健常児をただ一緒にしただけでは、偏見は減らないとされています。健常児が親切に障害児のお世話をするだけでは、やはり偏見が生まれるのです。

研究では、障害児と健常児が各々の力を使って協力し合わなければ勝てないゲームで遊びます。その活動が、偏見を下げていきました。

偏見を減らすためには、障害者が介護をしてもらう場面だけをテレビに映すのではなく、パラリンピックのように障害者が活躍する姿を映す必要があるでしょう(すべての障害者がスポーツをしたり特殊才能を持ったりしているわけではありませんが)。

テレビドラマには悪役や弱者はつきもので、それは偏見を増す危険性がいつもあることに注意しなくてはなりません。

■テレビと暴力

いじめ、ケンカなど、暴力的なテレビを見ると暴力的になるのか。心理学の研究によると、子供が暴力的なテレビを見たあとには、暴力的な遊びが増えることが実証されています。

ただし、その子が将来にわたって暴力的な人になるかどうかはわかりません。人間はとても複雑だからです。

私もテレビを見て、怪獣ごっこやプロレスごっこ、ヒーローごっこや相撲で遊びました。もちろん、大けがをしては困りますが、たいていはそんなことになりません。

相撲を取ったり、チャンバラやオモチャのピストルでも遊びました。これらの遊びが良いか悪いかは意見が分かれるでしょうが、そんな遊びをした多くの子供たちは、大人になって特に暴力的な人間にはなっていないようです。

テレビにいじめのシーンがあれば、実際にいじめが起きる可能性はあります。しかし、いじわるや乱暴な登場人物は、NHK教育テレビの道徳番組にも登場します。

心理学の「観察学習(モデリング)」の研究によれば、ストーリーが大切だとされています。道徳番組では、悪いことをした人が結局得をしたというストーリーはないでしょう(「テレビの影響:ドラマ、アニメからの観察学習(モデリング)の心理学:いじめドラマはいじめを増やすか」)。

もちろん、物語も人間も複雑ですから、アニメ「ルパン三世」が、窃盗を増やしていることはないでしょう。

■テレビの表現をどう感じ取るか

日本初の国産アニメ、手塚治虫の「鉄腕アトム」は、暴力的なひどい物語でしょうか。人間性あふれるすばらしい物語でしょうか。ジョージ秋山の作品や、永井豪作品は、当時批判されることもありましたが、今の評価はどうでしょうか。

放送当時ずいぶん批判された「8時だよ!全員集合」はどうでしょうか。今なら、練り上げられたすぐれたコント番組でしょうか。

国民的アニメ「サザエさん」を悪く言う人はほとんどいないと思いますが、ある心理学者は、このようなあり得ない理想の家族を描くことが日本人の家族間をゆがめたと言って批判していました。

さて、次のシーンをあなたはどう感じますか。日本の名作アニメ「アルプスの少女ハイジ」の一シーンです。

主人公ハイジは、町に連れてこられて、大きなお屋敷に住むことになります。最初の朝、ハイジは、山のお家と同じように、窓を開けて朝日を入れようとします。ところが窓はなかなか開きません。ハイジは、閉まっている重い窓を開けようと必死にもがきます。

さて、あなたはどうお感じになったでしょうか。何でもないシーン。かわいらしいシーンでしょうか。

心理学者の岩男壽美子先生は著書「テレビドラマのメッセージ:社会心理学的的分析」の中で、このシーンが、かつて「青少年のためのテレビ番組に関する国際会議」において「日本人の残忍さを反映している」と激しく非難されたことを紹介しています。

ある人々が見て、何でもないシーン、大したことのないシーンが、ある人にとってはひどいシーンになります。小説や映画以上に、テレビ制作者は考えなければならないことです。

もちろん、だからこのシーンをカットすべきだったなどとは思いませんが。

■人を傷つける表現は許されるか

テレビが人々や社会に悪影響を与えては困ります。楽しいバラエティーや、見応えのあるドラマ、考えさせてくれるニュースやドキュメンタリー。そうではければ、困ります。人を傷つける番組では困ります。

しかし、すべての表現は人を傷つける可能性があるでしょう。すべての人を傷つけてはいけないと考えすぎれば、表現ができなくなるのではないでしょうか。

人を傷つけても良いと言っているのではありません。テレビに登場する毒舌家や、きわどい笑いをとる落語家は、自分の言葉に毒があることを自覚しています。自覚しているからこそ、コントロールができます。私達は、その自覚を失うとき、予想を越えて人を傷つけます。

私達がもっているトゲを、私達は他者の悲鳴を聞くことで知るのです。

ANAのCMにも抗議が寄せられたと報道されています。金髪、高い鼻の扮装が人種差別につながると言うのです。中止にするほどの悪い内容ではないと感じる人も多いでしょう。金髪、高い鼻は、日本人にとってはあこがれでもありますし。ただし、西洋人の中には自分の鼻が高すぎるとことに劣等感を持っている人もいることを、知っておく必要はあるでしょう。

「明日、ママがいない」のスタッフは、この番組に毒があることは自覚していたでしょう。このドラマの脚本家野島伸司の作品は、いつも物議を呼んできました(これほどまでに社会問題化することは予測していなかったでしょうが)。

関係団体が不快に思うことは理解できます。抗議も理解できます。テレビスタッフは真摯に対応すべきです。私達も、ドラマを楽しみながらも、私達のまわりにはどのような問題があるのかを知っていくべきでしょう。

もちろん、悪い影響だけがある番組なら、放送すべきではありません。しかし、「明日、ママがいない」を評価する視聴者も、関係者もたくさんいます。

■子供たちを守るために

傷ついて自殺者が出たらどうするという意見もあります。もちろん、そんなことは絶対にあってはなりません。しかし、ドラマや小説を見て影響され、あるいは方法をまねて、自殺犯罪を考えてしまう人はいることでしょう。

ドラマにはいつも現実以上に多くの、暴力、自殺、犯罪などが描かれます。そんなことが現実化してはいけないけれど、その可能性があるならすべて中止にすることが正しい判断とも思えません。

児童養護施設にいる子や、里子には見せられないと言う人もいます。たしかに、そうでしょう。すべてのドラマが、すべての人にすすんで見てもらえるものではありません。見たくないドラマ、見せたくないドラマはあります。

ドラマを見てショックを受けている子がいたら、身近な人がケアする事が必要でしょう。

制作者側の配慮も求められます。保護者側の配慮も求められます。

前述の心理学者岩男壽美子先生も、著書の中で制作者側の配慮を強く求めています。テレビに関して青少年保護の直接的規定がないことも問題視されています。しかし同時に「中学生ぐらいまでの子供のテレビの視聴行動を含めた全生活習慣については、まず親に責任があると考えている」と述べています。

様々な番組で、子供が悪いことを覚えたり、ショックを受ける可能性はあります。

ある番組を子供に見せるか見せないかを判断したり、見せながらも、「本当はこんなことないよ」とか「お前はこんな事しちゃダメだよ」と語ることはできるでしょう(親による規制も行きすぎればまた問題ですが)。

一つの価値判断だけですべてを決めることはできません。制作者側、保護者、社会全体で、子供たちを守りながら、同時に自由で楽しい番組作りを進めていきたいと思います。

■「明日、ママがいない」の明日

関係団体から寄せられている抗議は、必要な抗議だと思います。しかし、だからといって放送中止が良いとは思えません。日本テレビも、予定通り全話放送すると述べています。

日本テレビも苦慮していると思いますが、抗議を無視していると思われてしまうような対応は謹んむべきだと思います。台本や演出を変えるべきだとは思いませんし、番組ホームページの掲示板で激論を交わすべきだとも思いません。そこは、基本的に「ファンページ」でしょうから。

しかし、様々な配慮はできるはずです。番組最後に流す「フィクションです」の言葉をさらに工夫することができるかもしれません。関係団体への説明もできるかもしれません。ネット上でこれだけ話題なっているのですから、番組ホームページも活用できるでしょう。

関係団体の方の中には、ドラマ自体が変わらなくてはだめだとおっしゃる方もいるようですが、ドラマの周囲の状況も大切です。

ネット上で、ドラマの継続に賛成の方も反対の方も、みんなが子供の幸せを願っているはずです。偏見が減ることを願っているはずです。個々人が情報発信をできる時代ですから、それぞれにできることがあるように思えます。私も、ドラマ「明日、ママがいない」に注目していきます。

「明日、ママがいない」を見て、いじめを行うような子がいれば、とんでもないことです。しっかり指導しましょう。この番組を見て、慈恵病院や児童養護施設や里親さんを非難するような人がいたとすれば、とんでもないことです。このドラマの趣旨とは大きく外れています。みんなで、子供のためにがんばっている団体や人々を支えましょう。せっかく、話題になっているのですから。

最終回まで見て、ほんとうにひどい番組なら、日本テレビも脚本も演出も批判します。しかし、このドラマが親子関係で悩み、逆境にあるすべての人に新しい力を与えてくれることを、私は期待しています。

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日本テレビ「明日、ママがいない」:中止要請ではなくスタッフと子供達への愛を込めて:表現は人を傷つける:Yahooニュース個人「心理学でお散歩」

○『明日、ママがいない』日本テレビ系列テレビドラマ公式サイト(毎週水曜夜10時放送、出演:芦田愛菜、三上博史、鈴木梨央、桜田ひより、渡邉このみ)

補足(2014.3.17):BPO「明日、ママがいない」審議入りせずは、妥当な対応。:大切なのは総合的な見方

○児童養護施設の子供たちを支援しよう。

「伊達直人の贈り物」の心理メカニズム:みんなタイガーマスクになりたかった:Yahooニュース個人「心理学でお散歩」

タイガーマスク基金:養護施設の子どもたち、巣立つ子どもたちを支援するとともに、虐待のない社会を目指しています。

○子供、親、家族のことで悩む人へ

いじめられている子のご両親へ:Yahooニュース個人「心理学でお散歩」

兄弟は平等に愛してはいけない!? :兄弟・親子の心理学:兄弟げんかから遺産相続の問題解決まで:Yahooニュース個人「心理学でお散歩」

・ハッピー家族になる方法:不幸に負けないために::Yahooニュース個人「心理学でお散歩」

○筆者によるテレビ評

私が体験したテレビのヤラセとガチと演出:「ほこ×たて」番組終了に思う

「あまちゃん」最終回を読み解く:復活の物語・この先へ。

24時間テレビの心理メカニズム:みんなで助け合うために

○テレビの影響

テレビの影響:ドラマ、アニメからの観察学習(モデリング)の心理学:いじめドラマはいじめを増やすか

○様々な報道

岡村隆史、日テレ・ドラマ批判に苦言「お門違い。批判のターゲットに。テレビ終わった」。Business Journal 1月24日(金)2時55分配信 Yahooニュース

『明日ママ』に「里親をバカに」「現実もっと冷たい」と賛否、タレントからは懸念続出Business Journal 1月28日(火)21時22分配信

松本人志、日テレ「明日ママ」論議に参戦 いたずら半分なクレーマーは「すごく悪」J-CASTニュース 1月28日(火)18時42分配信

明日ママ問題 愛菜らに配慮 ケア徹底的にやる日刊スポーツ 1月28日(火)6時10分配信

高須院長「明日ママ」スポンサーに名乗り「僕が全部買うよ!」デイリースポーツ 1月28日(火)16時19分配信

またCM中止、今度はキリン缶チューハイ「本搾り」。クレーマーはなぜ増え続けるのか?2014/1/28 12:30

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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