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科学の「知」:科学者は、どうやって何かを「知る」のか

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
世間を騒がせた有名な妖精写真

■私たちの知識、信念

私たちは、いろんなことを知っています。いろんなことを信じています。愛する恋人からの愛を信じています。それに科学的証拠はいらないでしょう。

ある人は、ある宗教の教祖を信じています。教祖が自分の心を癒してくれた個人的体験を通して、教祖を信じます。

愛はすばらしいし、私たちには信教の自由があります。

しかし、科学では、強い信念も個人的体験も、それだけでは不十分です。

■私は見た!?

「私は確かに見ました。イギリス旅行に行ったとき、ネス湖で巨大な首長竜を見ました! 写真もあります。これはネッシーのフンです」。

さて、この話を信じる人もいれば、信じない人もいるでしょう。写真を調べたり、フンを調べる人もいるでしょう。すぐに偽物とばれるかもしれませんが、結論がはっきりしないかもしれません。

仮に偽物とされても、本物だと言い張ることもできるでしょう。あるいは、「すいません、信じてもらうためについ嘘をつきました。でも、私がネッシーを見たのは本当なんです」と言えばどうでしょう。

それだけ嘘をついたのだから、ネッシーを見たのも嘘だと思う人もいるでしょう。でも、私が偉い人、これまで立派なことをしてきた人なら、信じてくれる人もいるかもしれません。

あるいは、目撃者が美しい女性で、とても誠実な態度で写真のことをおわびし、写真は加工したけれどそれでも「ネッシーはいます!」とうったえたら、信じてくれる人もいるかもしれません。

20世紀の初めに妖精の写真が発表されて、みんなで本気で議論したこともありました(コティングリー妖精事件)。

さて、では科学ではどう考えるのでしょうか。科学者も信念はもちます。世の中には、きっと美しい法則性があるに違いないと信じて、膨大なデータを処理します。

イオンエンジンは、きっと実用化できると信じて研究を続け、「はやぶさ」を成功させた研究者もいます。

ただ、信念だけでは科学になりません。

科学者が、科学者として何かを「知る」のは、どういう手続きなのでしょうか。

■科学の知識

科学者は、これまでの先輩科学者たちの研究にもとづき、予想や仮説を立てます。その予想や仮説にそって、観察や調査や実験を行います。

観察、調査、実験の結果(データ)は、きちんと記録されます。その研究結果をもとに、法則性や理論、新しい仮説が作られます。研究は発表され、いつもみんなに検証されます。疑問が出され、反論もされます。多くの科学者たちが、それが本当かどうか、もう一度確かめてみたり、議論したりします。こうしてみんなで検証できないような研究は、科学にはなりません。

科学にはならないというのは、価値がないという意味ではありません。ただ科学ではないという意味です。科学的には価値がないということです。

一人の人が見た、聞いた、体験したというだけでは科学的には不十分です。多くの観察、調査、実験結果に基づいて、科学の知識が作られ、その知識は科学の進歩とともに日々検証され、時に反証され、拡充され、更新されていきます。

■互いの検証と審査

科学では、科学者同士がお互いに検証したり、審査できるようなデータを出さなければなりません。日常生活では、人の話を信じるときにそんなめんどくさいことはしませんが、それが科学のルールです。

検証や審査ができるデータを出さないで、信じてくれと言っても、科学的にはだめです。それがどんなに偉い人でも美人でも信頼できる誠実な人でも、科学的にはだめです。

「これが、ネッシーの本物のフンだ。でも、とても大切なものだから、貸せないし、ちらっとしか見せないよ。」ということでは、検証ができません。

「私は超能力者だ、私一人の時は、空中に浮けるんだ。でも、私を信じない科学者やマスコミの前ではできないんだ」と言われたらどうでしょう。もしかしたら、この人は本当に超能力者かもしれません。それをすぐに否定することはできないでしょう。本当に超能力者かもしれないのですが、でも科学的には実証できません。観察も実験もできないからです。科学的には価値のあるデータになりません。

「私は宇宙人だ。体の作りは人間とほぼ同じで、宇宙船も完全に消滅した。今の地球の科学では私と地球人の違いを見つけることはできないだろう。しかし、地球の科学が進歩すれば、いずれ私が宇宙人だと君たちにもわかるだろう」。

はい。たしかにそのとおりかもしれません。信じる人もいるかもしれません。しかし、これも実証可能(反証可能)なデータを確かめられませんから、科学的には価値がありません。

■実際の科学世界

本来の科学は、このように進んでいきます。すばらしい研究、注目される研究がなされれば、検証され、追試(再現実験)が行われ、世界中で議論され、次々と研究が進み、理論が出来たり、そこから新しい科学技術や商品が生まれたりします。

ただし、実際はすべての研究がこのように進む訳ではありません。実証(反証)可能な仮説やデータの存在が必要というのは、いつもその通りですが、全ての研究で追試(再現実験)が行われている訳ではありません。お金と時間がかかるからです。

私が、隅田川で恐竜のような巨大生物を目撃したと言っても、足跡の写真を提出しても、すぐにどこかの研究所が何十億円もかけて隅田川を調べることはしないでしょう。

大勢の野次馬が集まって、川を見張っていても、巨大生物は現れません。しかし、私には特別な才能があって目撃できます。誰も私が見た巨大生物の存在を完全には否定できないので、私は「見た」と言い続けることができるかもしれません。

科学の研究も、目立たないところで、残念ながらデータの改ざんや論文ねつ造が起きてしまうこともあるでしょう。

科学者は、なかなか断言しないので(科学的には断言できないので)、言うことがまどろっこしいのですが、たとえば現在世界中で小保方晴子氏のSTAP細胞の追試がほとんど行われていないのは、科学者たちの今の心境を表しているでしょう。今誰かが再現に成功したら、大ニュースになるのに。

理研の調査委員会は、小保方さんに追加の資料を請求しています(理研、小保方氏に追加資料要請…再調査判断材料:読売新聞 4月12日)。調査委員会自体が科学的検証をする訳ではありませんが、検証可能なデータがなければ、議論ができません。

もちろん、小保方さん以外にもSTAP細胞はあると語る立派な究者もいますし、理研がこの1年でSTAP現象を実証するかもしれません。またこれまでの科学の歴史でも、最初は相手にしなかった仮説が、長い時間をかけて、再評価され、新発見につながってきた歴史もあるのですから。

ちなみに、ネッシーに関しては、科学的にはこう言えます。

「これまでの科学調査の結果に、大型爬虫類(あるいは動物)の存在を肯定するものはない。」(Wikipedia)。

(普通の言葉で言えば、「巨大な生き物「ネッシー」なんていません」なのですが。)

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科学とは何か、科学者とは何か:小保方氏STAP細胞問題を理解するために。現代人の教養としても。

科学の「仮説」とは何か:STAP論文笹井芳樹氏「合理的で有力な仮説」とは

小保方晴子氏反論記者会見:論文捏造の真偽は?天才かペテン師か?

論文捏造:STAP細胞論文から考える科学と私たちが抱える根本的問題

STAP細胞論文不正ねつ造疑惑5つの可能性:小保方晴子氏は何をしたのか

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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