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神戸女児殺害遺体遺棄事件でのPTSDと心のケア:子どもたちからのSOSに応えるために

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

■子どもたちと保護者の動揺

神戸女児殺害遺体バラバラ事件。これだけ大きな事件です。容疑者は逮捕されたものの、多くの人々が不安を抱え、様々な症状が出ている人もいます。

神戸市長田区で小学1年生の女児の遺体が見つかった事件で、被害女児が通っていた市立名倉小学校の児童らが異変を訴えている。心的外傷後ストレス障害(PTSD)から、子どもたちをどう守るか。教育現場で模索が続く。

「(自分も)連れ去られるかも」とおびえ、家に閉じこもるようになった。~「私がちょっとでも家から外出しようとすると、不安そうにする。今日も『帰りも迎えに来てね』とせがまれました」~「ニュースで女児が映るたび、『いやや、いやや』とわんわんと泣く」~食欲が落ちて学校を休むなど精神的に不安定になっている~「娘と私にとって大きなショックになっている」と不安そうに語った。

出典:「いやや」児童の心SOS 神戸女児遺棄事件でケア急務 朝日新聞デジタル 9月25日

■事件の衝撃と二次被害

日本では、毎年千件の殺人事件が起きています。とはいえ、先進国の中ではとても治安の良い国ですし、身近な場所でそうそう起きるものではありません。

だからこそ、殺人事件が起きれば近隣はショックを受けます。子どもが被害者であれば、衝撃は倍増します。子どもの死は、周囲の子どもにも大人にも大きな心理的ダメージを与えます。

今回の事件では、行方不明の段階で全国的な大ニュースとなりました。そして、遺体発見という最悪の結末。しかも遺体は切断され、住宅街の真ん中に遺棄されていました。

子どもたちにとっては、同じ町に住み同じ学校に通う子どもが殺されました。犯人(と疑われる容疑者)も、同じ町、校区の中に住んでいました。この男性に声をかけられていた子どももいます。切断された遺体も、自分たちの町、校区の中にありました。月末に予定されていた学校の運動会も中止になりました。

大人でもショックを受けるこの出来事に、子どもたちの心は震えています。

大勢の警察関係者がいます。大報道がされ、大勢のマスコミ人がやってきます。マスコミのヘリコプターが、町の上を回っているでしょうか。夜になっても取材カメラのライトがつきます。マイクを向けられる人もいます。町の外からの、心無い発言もあるでしょうか。

学校は被害者側ですが、その学校にも、励ましや慰めだけではない、様々な電話もかかっているでしょうか。

静かで平和で楽しかった町が、一変しました。大人たちも動揺し、不安となり、混乱しているでしょう。

子どもも大人も、事件自体で被害を受け、その後の騒動でさらに二次的な被害を受けています。

被害者に近い人々は、「がんばれ」という言葉にさえ傷つくこともあります。

周囲が傷ついたり、動揺することで、ご遺族らがさらに辛くなることもあるでしょう(補足9/25.23:45)。

神戸市長田区の市立名倉小1年、生田美玲さん(6)=同区名倉町5=の切断遺体が見つかった事件で、美玲さんが通っていた小学校の平井正裕校長(59)は25日、美玲さんの母親(29)から、「子どもたちのために運動会を開いてほしい」と言われたことを明らかにした。

出典:「運動会開いて」美玲さん母訴え 神戸・女児遺棄事件  神戸新聞NEXT 9月25日

■犯罪被害関係者の心の傷、PTSD

事件とそれに続く大騒ぎは、とてつもなく大きなストレスです。心が混乱するのは当然です(ASD:急性ストレス障害)。さらに、ストレスの影響が長引けばPTSD(ポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダー:心的外傷後ストレス障害)と呼ばれることもあります。

不眠や悪夢などの睡眠の問題。食欲不振、頭痛など体の問題。人間不信、物音への過敏な反応、自責、イライラ、集中力低下、事件のことが頭から離れなかったり、事件に関連したことを避けるなど、心と行動の問題。大きなストレスを受けた後には、様々な症状、トラウマ反応が現れるのが、普通です。

大人の場合は、ストレスを自覚することもできます。ストレス予防もできます。子どもの場合はストレスを自覚することが難しく、また意図的なストレス発散活動が難しい子もいます。

被害者遺族が激しく傷つくことは言うまでもありません。さらに、このように町中が大騒ぎになれば、町の人々全体が、まるで災害にあったように傷ついているでしょう。

そんなとき、最も弱者である子どもに特に負担がかかることがあります。

大人なら、容疑者は逮捕されたと考え心を落ち着けることができても、子どもの場合は不安や恐怖がなかなか抜けないこともあります。大人たちの心や行動が不安定になれば、それによってさらに子どもが傷つくでしょう。

子どもをPTSDから守りましょう。

■心の癒しのために

学校では、スクールカウンセラーが常駐しています。症状が激しい場合には、専門の心理臨床家や精神科医の出番でしょう。ただ、日常的には身近な人々こそ大切です。

災害心理学の研究によれば、子どもの心の傷つきが長引いてPTSDにならないためには、親の心の落ち着きが必要だとされています。親や先生方が、自分の心の健康を守ることが大切です。周囲も、親と先生を支援しましょう。それが、子どもの支援につながります。

深刻な事件が発生しました。事件の解明にはまだ時間がかかるでしょう。しかし同時に、子どもたちは日常の家庭生活、学校生活が始まっています。

被害者の死を心から悼むことはとても大切です。同時に、日常生活も大切です。いつもどおりの生活ができるように、大人たちが努力しましょう。子どもたちの不安を受け止め、ゆっくりと癒されていくために、話を聞き、長い目で見守りましょう。

様々な人々が町の角々に立っていることでしょう。子どもと接する人々は、ぜひ笑顔で子どもと接してほしいと思います。子どもたちに安全、安心を与えましょう。子どもたちに、絶対に守るというメッセージを力強く届けましょう。

「子どもが不安や恐怖におびえていれば、自由な心と成長と活動はできません。安心安全の中で、子どもたちにチャレンジ精神がわいてきます」(「子どもの心を豊かにするには」:Yahoo個人有料)。

子どもが傷つき、先生が傷つき疲れ、学校全体が傷ついています。「スクールトラウマ」のいやしも必要です。

犯罪に負けない、事件に負けないとは、犯人逮捕だけではなく、人々みんなが事件を忘れないと同時に事件を乗り越えることでしょう。悲惨な事件は起きてしまったが、残された子どもたちはすばらしく成長していったと、みんなの力で言えるようにしたいと願っています。

今はまだこんなことを言うのは早すぎるのですが、人はPTSDではなく、PTG(ポスト・トラウマテティック・グロース:心的外傷後成長)すら達成することができるのですから。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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