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御嶽山の観測体制は発展途上国と同レベルだった!?:『御嶽山:静かなる活火山』を読む

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

<小規模な水蒸気噴火での大きな噴石は想定されていた。しかし、その観測体制レベルは、警戒レベルや噴火警報を支えられる内容ではなかった。>

■御嶽山水蒸気噴火:戦後最悪の火山被害

自然は過酷だ。美しい紅葉風景を撮影しにきたNHK取材班は、恐ろしい自然の猛威を記録することになった。それは、火山の爆発としては、「小さな」水蒸気爆発だったのだが。

三千メートル級の山としては、登りやすい御嶽山(おんたけさん)。頂上付近で秋を味わい、登山を楽しんでいた200人。子どもも高齢者もいた。48名の方が亡くなる戦後最悪の火山活動被害。行方不明の方も16人。今日も心肺停止状態の登山者が山頂付近で発見されている。心配する大勢のご家族と、大勢の遺族の方々。そして、はぐれた家族や倒れた親友を残して下山せざるを得なかった、今苦しみの底にいる方々。

大規模な溶岩噴火ではない小規模な水蒸気噴火を、事前に予測することは難しいと言う。現代科学の限界なのかもしれない。それは理解できる。しかも御嶽山は、広大な山体と3千メートの高さを持つ、観測が難しい山だ。

しかし、そうだとしても、「現代科学」は、私たちは、噴火予測と被害防止のために最善を尽くせていたのだろうか。

御嶽山は、35年前私たちの火山の認識を変えた山だったのに。

■御嶽山は、かつて「死火山」だった:『御嶽山:静かなる活火山』 木股 文昭 (名古屋大学地震火山・防災研究センター教授) 信濃毎日新聞社 2010年

かつて、火山は死火山、休火山、活火山と分けられていた。本書『御嶽山:静かなる活火山』によれば、「誰ともなく」この用語を使い始めたという。御嶽山も死火山と理解されていた。しかし1979年、「噴かない」はずの御嶽山が突然噴火した。このときも、小規模な水蒸気噴火だったが、「御嶽山噴火は、その被害よりも大きな衝撃が国内の火山噴火予知事業の関係者に走った」と著者は述べている。

この「死火山・御嶽山」の噴火をきっかけに、私たちの火山への考え方は大きく変わる。誤解を招く「死火山」「休火山」という呼び方はしなくなる。活火山としてレベル分けがされ、活火山とそれ以外の火山ということになる。

以前は、歴史上(人間が残した記録上)に噴火の記録がある火山、この2千年に噴火した記録が残っている火山が、活火山とされていた。しかし、数万年の歴史を持つ火山にとって、2000年はほんの短い時間だ。現在では、過去1万年に噴火があったとされる火山が活火山とされている。

35年前の噴火後、御嶽山にも地震計と山頂観測のための望遠カメラが設置され24時間観測されるようになった。日本中で、活火山と認定される山が増え、観測体制が整い、「火山防災マップ」(火山ハザードマップ)が作れてきた。

*ご指摘を受けての補足(10.4. 22:00)

本書には、次のように書かれている。

「御嶽山は一応「活火山」とされていましたが、多くの火山研究者は噴火など考えていなかった」。「(一応活火山とされたのは)有史(過去2千年)の噴火記録はなかったが、地獄谷で噴気活動が継続するという理由」

(ながらく死火山とされてきたが、1975年の気象庁の要覧に「活火山」と記載される。しかし観測体制が整わないまま79年に噴火。)

「御嶽山は、一応「活火山」とされながら97年噴火まで多くの火山学者が「御嶽山は2万年前に噴火を終えた死火山」と(誤解して)決め込んでいました」。

「最近数年間の調査で、最近一万年に4回はマグマが関与する噴火〜という「華々しい」火山活動が明らかになりました」。

■御嶽山防災マップ:小規模水蒸気噴火での大きな噴石は想定されていた

御嶽山にも火山防災マップがある。水蒸気爆発(小規模噴火)とマグマ爆発(大規模噴火)の両方が想定されている。大規模噴火の場合は、住民の避難まで考えなければならない噴火だ。

小規な水蒸気噴火でも、火口から3〜4キロに火山灰が降ること、火口から1キロの範囲には大きな噴石があることが予想されている。山頂の山小屋では噴石によって屋根が抜ける恐れもあると、筆者は述べている。

私たちは、そのリアルな映像を、見てしまうことになるのだが。

火山防災マップは、火山防災の必需品だと言う。地元住民はもちろん、観光や登山で訪れる、御嶽山に不慣れな人々を火山噴火の犠牲から守るためにも重要だと、筆者は述べる。

今回も、山小屋にはヘルメットが用意され、山小屋の管理人の適切な指示によって多くの登山者の命が助かったとも報道されている。噴火被害予想、火山防災マップは役に立ったと言えるだろう。

だが、今回の御嶽山噴火報道以前に、どれだけの人が火山防災マップの存在を知っていただろうか。御嶽山を訪れた人々で、いったい何人が事前に防災マップを見ていたことだろう。

筆者は述べている。

「御嶽山の登山道に火山防災マップの看板を作成し、登山者らに御岳山の火山活動の実態や噴火災害の可能性を知らせると同時に、気象庁等の情報も併せて、そのときの御嶽山の火山活動を知らせる必要があります。」(木股文昭 2010)。

■御嶽山の観測体制:「気象庁の地震観測点は、御嶽山に一点のみ。明らかに不十分」

御嶽山は、富士山の次に高い火山である。しかし3000メートルを超える高峰で、唯一国立公園ではない山でもある。これは、観光開発には有利という面もあるのだが。

御嶽山は、広く、高い。そして大噴火したとしても、地元の人には申し訳ない言い方だが、大都市への直接の被害は少ない。これらのことから、必ずしも十分な観測体制が取れていたとは言いにくい面もあるのではないか。

今回の噴火前、御嶽山の噴火警戒レベルは、1(平常)だった。この噴火警戒レベルを事前に引き上げ、警戒レベル2(火口周辺機制)や、警戒レベル3(入山機制)にすることは、難しかったかもしれない。しかし、警戒レベルを正しいものにするためには、観測体制の整備が不可欠だ。

「気象庁の地震観測点は、御嶽山に一点のみ。明らかに不十分」と筆者は述べている。

現在、長野県、岐阜県、そして名古屋大学も観測をしているが、経費削減の中、もしもこれらの観測網が縮小されたら、噴火警戒レベルも信頼性が低下し、「絵に描いた餅」になってしまうと本書にある。

実際、2007年の小規模噴火の時には、長野県の山頂地震計が故障し修理もできなかったこともあるという。

■御嶽山も、全国の火山も、観測と研究が不十分

火山噴火は滅多に起きない。しかし小規模噴火でも登山者には大きな被害が出る。大規模噴火であれば、被害ははかりしれない。これまでの過去300年の日本の火山噴火では、どんな被害が多いか、ご存知だろうか。

私は本書を読んで初めて知った。それは、火山噴火による「津波」である。18世紀の江戸時代に起きた起きた千人を超える噴火被害では、いずれも津波や洪水が絡んでいる。

1792年の雲仙岳の噴火では、山崩れと津波により、一万五千人が亡くなっている。

大規模噴火が起きたときに、危険な場所と比較的安全な場所がある。防災マップはやはり重要だ。

しかし、新しい研究成果に基づき正確なマップを作り続け、正しい警戒レペルを出すためには、研究と観察が必要だ。

御嶽山は〜観測機器は少なかった。

研究も手薄だった。〜御嶽山はこの強化対象に選ばれなかった。〜文科省は「予算が十分だったか点検し、充実の必要があるか検討する」(地震・防災研究課)としている。

人材育成も課題だ。日本の火山学者は「40人学級」と揶揄(やゆ)されるほど少ない。火山学を志す若手も減少傾向にある。噴火は頻繁には起きないので短期間で研究成果を出しにくく、近年の成果主義になじまないことが背景にあるという。

出典:噴火の予知難しく 予算・人材不足で研究不十分 産経新聞 10月4日

日本は、火山国だ。世界の活動的な火山の約1割が、日本に集中している。しかし、この記事にもあるように、研究と観測体制は十分とは言いがたい。

筆者は言う。

「(全国の)観測網は、未だに警戒レベルや噴火警報を支える内容に至っていないと考えています。御嶽山もしかりです。」

「気象庁は過去の活発な噴火記録を持ち、最近も活発な火山に関しては、観測網も充実しています。しかし、頻繁でない火山は非常に不十分で、まさに最低限の観測体制です。御嶽山は、インドネシアやフィリピンなどの発展途上国と同レベルです」。

「気象庁では、観察網が適切だったかどうかは棚上げにして「観測網では何も先行現象が検出できなかった」という言い逃れが懸念されます」。

「御嶽山でも地震データはチェックしていますが、もっと現在の噴火口に近い大滝頂上の地震観測点は〜観測が極めて不安定です。このため山頂直下の小さな地震など相当な部分が見落とされています」。

さらに、火山研究をになう専門家や、大学も、危機的状況だ。大学の予算が減らされ、多くの研究者が非正規雇用で働いてる。特に基礎的な研究は大変だ。

火山の研究も、活発な火山や首都圏に近い火山の研究はともかく、御嶽山のような地方にある比較的静かな火山の研究は、心もとないと、筆者は述べている。

■私たちのこれからと防災

悲しいことに、しばしば交通死亡事故が起きてから、信号が設置される。私自身も、本書を見つけて読んだのは、今回の噴火後だ。「富士山大噴火」といった派手なテレビ番組は見たり、記事は読んだりしていたのに。

本書は、東日本大震災の前年に出版されているが、防災マップに関連して、海岸部の「津波防災マップ」や「避難誘導看板」の必要性にも言及している。多くの場合、大きな出来事が起きる前に、すでに語っている人はいるものだ。ただ、私たちが気づかないだけである。

本書は、攻撃的に誰かを責め立てる本ではない。御嶽山に関する噴火と研究の歴史を、一般の人にも理解しやすいいように、わかりやすく書かれた本である。筆者の木俣氏は、御嶽山を毎日眺めながら育ったそうである。本書は、先生の、御嶽山と、そして火山とともに生きる人々への深い愛を感じる本だ。

私たちは、山と共に海と共に生きている。恐ろしい噴火もあり、津波もあるが、豊かな自然の恵みを受けている。

木股文昭先生は2010年発行の本書で問う。「御嶽山から何を学ぶのか」と。

そして「御嶽山とその周辺地域が歩いてきたこの三十年間は、地域も、火山噴火の研究と防災も、まさに日本の縮図です。」と述べている。

今回の火山噴火被害から、私たちは何を学ぶのだろうか。この35年間の防災の歴史の、何が正しく、何が間違っていたのだろうか。

御嶽山は、活火山レベル「B」だった。那須岳も蔵王山も箱根山も、同じランクB。そして、富士山もランクBである。

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『御嶽山:静かなる活火山』 木股 文昭 (名古屋大学地震火山・防災研究センター教授) 信濃毎日新聞社 2010年

火山ハザードマップデータベース

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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