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感謝の強制かサポートか:「2分の1成人式」は被虐待児のケアに逆行する学校行事?意義ある行事?

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

■「2分の1成人式」は被虐待児のケアに逆行する学校行事?

興味深く深く読みました。

考え直してほしい「2分の1成人式」――家族の多様化、被虐待児のケアに逆行する学校行事が大流行

父の日、母の日行事がすっかり減り、親に感謝する行事が減っている中、この記事によると、最近多く行われるようになった「2分の1成人式」では、「親に感謝の手紙をわたす。親からも手紙をもらう。」「自分の生い立ちを振り返る(写真、名前の由来)」といったことが行われているようです。

行事を実施する学校が増えているということは、良い効果のある行事という評判が広がっているのでしょう。上記の記事も、行事自体に反対しているわけではありませんが、感謝の強制や家族の美化に警鐘を鳴らしているかと思います。

■家族の多様化

お母さん、お父さんしかいない「一人親」家庭が増えています。地域差がありますが、学校によって、クラスの1割、2割といった学校もあるでしょう。平成26年版「子ども若者白書」によると、「ひとり親と子どものみの世帯」が80万世帯(6.6%)です。

さらに、両親ともにいない、あるいは親が子育てをせず、実質上祖父母に育てられている子も珍しくありません。

このような状況は、現場の先生方もよくご存知です。安易に、父の日母の日的な行事は行えません。かなり昔から、父兄会が父母の会になり、今は保護者会です。「2分の1成人式」でも、「親に感謝」ではなく「家族に感謝しよう」とか「保護者に感謝しよう」としている学校もあります。

子どもたちの中には、養護施設から通う子もいますから、全体に対しては、親に感謝しようではなく、保護者に感謝しよう、いままでお世話になった方々に感謝しようで、良いようにも思います。

■親は良い存在か。家族は良いものか。

前述の記事では、「何よりも深刻なのは、「親は感謝されるほどに、子どもに尽くしているはず」という幻想が、式全体さらには学校教育全体を覆っているということである。」と書かれています。

お父さん、お母さん、保護者に感謝しようという雰囲気は、流れているでしょうね。ただ、全ての親は良い親だなどという幻想を持っている現場の教員はいないでしょう。多くの問題家庭を見ているからです。たとえば、お金がないだけではなく、非常に冷たい人間関係の中で育っている子どもはたくさんいます(学校現場で感じる子供の貧困と格差)。

本来親は愛しているはず、あるいは、家庭は良いもの、という意識は、学校に限らず多くの人々が持っていると思います。それは、常識的にはすばらしいことですが、この意識によって、家庭という監獄の中で苦しんでいる人たちは、少なからずいるでしょう(機能不全家族の心理学:不幸を背負わないで)。

過激な人は、テレビの「奥様は魔女」や「サザエさん」が、日本の家庭をダメにしたなんてい言う人もいますね(ありもしない理想の家庭像を植えつけ、家族を実際以上に美化したという意味で)。

家族の機能を失っている家庭はありますし、そこで苦しんでいる子どもへの配慮は必要です。家族万歳の雰囲気の中で、虐待を受けている子が苦しんだり、言い出せない雰囲気なっているとしたら、大問題です。

ただ、では親や家族に感謝するという教育がいけないのかといえば、そうは思いません。

■全体と個

全体の9割が喜ぶイベントなら、大成功でしょう。しかし、たとえば臨床心理学者なら、喜んでいない1割を気にするかもしれません。たとえ1%でも、一人でも、その子に心を注ぐでしょう(担任教師だってそうするでしょう)。それは、大切です。運動会も、合唱コンクールも、傷つく可能性はあります。学校による、担任によるケアが不可欠です。

ただ、だからその行事やめてしまえというのも、間違いでしょう。事故が多かった柔道が、関係者の努力によって事故が減っていったように(0にはできませんが)、みんなが喜ぶ行事の中で、傷つく子どもを一人でも減らしていきたいと思います。

■親は愛か

上記の記事にあります。

「私たちが家族をただ素朴に美化し、子どもにそれを強制するとき、家庭で傷を負った子どもは、きっと私たちから離れていくことだろう」。同感です。

親(あるいは大人との人間関係)のことで悩んでいる子に、単純に、「親は君のために言っているんだよ」とか「親にそんなこと言うもんじゃない」「あの先生も君のことを思って」なんて言ったら、子どもの心は離れます。「ああ、この人もあちら側の人間か」と子どもたちは感じるでしょう。

私も生徒との個別面談の場で、中学生が語る学校教育の問題に共感したりします。ところが、難しいのが親です。親へのグチを聞くことはあります。安易に説教したりはしません。でも、「あんなクソババア(母親)死ね!」とか言っている子どもに、「本当にお前の親は最低だな」と返せば喜ぶかといえば、喜びません(そんなこと言いません)。

そこが、虐待が発覚しにくい理由の一つでしょう。ひどい虐待を受けながら、親をかばう子どもがたくさんいます。

どんな行事でも、感動の押し売り、感謝の強制はいけません。教育的な意味がないし、傷つく人も出ます。被虐待児の早期発見はとても大切です。せっかくの「2分の1成人式」が、結果的に、家族の美化、臭いものにふたとなり、苦しむ子が出たとなればとても残念です。

同時に、自分が誰かに世話になって、愛されて育ったと感じることは、教育的心理的な意義があるでしょう。仮に親に愛されなくても、誰かが自分のために一生懸命になってくれたと自覚できることは、良い影響を与えるでしょう。

親を憎み、親との人間関係に葛藤を抱いて成長する人もたくさんいます。親に心理的に縛られている人もたくさんいます。そんな人には、親からの「心理的卒業」が必要です。そのための力になることの一つが、大人になって、「あんな親でも子どものことを心配したり愛したりした部分はあるのかな」「親も辛かったのかな」と、親のことを許す感覚です。

「母の日」に、親子関係の回復を。

命にかかわるような虐待を受けている子どもの場合には、一刻も早く親から離すことが必要でしょう。そしてまた、感動の行事や、周囲からの適切なサポート、きっかけによって、互いの愛を取り戻す親子もいるしょう。感謝の手紙を書くと幸福感が高まるという心理学の研究もありますし。

強い光ほど影が濃くなるように、感動の行事ほど注意点もあるのかもしれません。十分に配慮しながら、より良い「2分の1成人式」が行われていくことを、願っています。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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