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3.11震災遺構と「社会の記憶」:東日本大震災を風化させず日本が変わるために

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
東日本大震災から5年目を迎える南三陸防災対策庁舎(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

どんな大きな記憶も、いずれ薄れて風化する。しかし個人の記憶が、様々な行事やモニュメントを通して「社会の記憶」となる時、私たちは共通のイメージを持ち、新しい文化を作ることができる。

■3.11東日本大震災と私たちの記憶

膨大な映像と証言によって、東日本大震災の「記憶」は、日本全体で共有されています。しかし、どんなに大きな出来事も、いつか風化していきます。

いえ3.11の記憶は、もうすでに風化し始めているかもしれません。東日本大震災の直後は、あれほど被災地のことを思ったのに。募金箱がみるみるうちにいっぱいになったのに。みんなで節電に励んだのに。日本は一つだと思ったのに。

震災直後は高まっていた防災意識も、すっかり冷めてしまったという人もいるでしょう。では、どうすれば良いのでしょうか。

■社会の記憶

記憶は、一人ひとりの中にあるだけではなく、社会全体で持ちます。それは、「社会の記憶」であり文化とも言えるでしょう。たとえば、日本人は原爆を憎んでいます。恐ろしさを知っています。

それは、日本が唯一の被爆国だったからだけではありません。原爆投下からすでに70年もたっています。広島市も長崎市もとうの昔に復興し、被爆体験を語れる人も減っています。私たちが何もしていなかったから、原爆の記憶は薄れていたことでしょう。

原爆ドーム(写真AC)
原爆ドーム(写真AC)

しかし私たちは、平和公園を作り、資料館を作り、モニュメントを作ってきました。毎年、8月6日と9日には、広島平和式典、長崎平和祈念式典が開かれます。毎年報道されますから、平和公園の様子や子どもが鐘をつく様子などが、私たちの記憶の中にあります。

教科書で教わることも大切ですが、特徴的なモニュメントや、行事を通して、出来事は「社会の記憶」として残され、私たちは同じイメージを持つことができるようになります。

修学旅行で広島や長崎を訪れる人も多いでしょう。漫画「はだしのゲン」や映画「黒い雨」「長崎の鐘」「母と暮らせば」、いくつも作られてきたテレビドラマ、そして式典やパフォーマンスを通して、記憶は社会の記憶となり、長く受け継がれていきます。

長崎平和祈念像(写真AC)
長崎平和祈念像(写真AC)

日本には、様々な政治的立場の人がいます。みんなが、原爆の日のニュースを真剣に見るわけでもありません。それでも、70年たった今も、被害者への哀悼の気持ちや、核戦争を避けなければならない思いはかなり一致できることでしょう。これが「社会の記憶」の力です。

東日本大震災も、社会の記憶として残し、犠牲者への思いや防災への思いを風化させることなく、持ち続けなくてはなりません。

ただ東日本大震災は、あまりにも被害地域が広い問題があります。どのような震災遺構や式典、行事、パフォオーマンスが、効果的に社会的記憶の中心となるのかが、まだわかりません。

■3.11震災遺構

東日本大震災の直後、津波が引いた後には、凄まじい光景が広がっていました。しかし陸地に打ち上げられた大きな船も取り払われ、見渡す限りの瓦礫の街も、すっかり片付けられています。

その中で、震災の記憶を残すために震災遺構を残すべきだという意見と、見ているだけで辛いので解体すべきだとの両者の意見が出ています。遺構(いこう)とは、過去の建築物などが後世に残された状態のことを言います。

宮城県南三陸の防災庁舎は、津波によって敵国だけになり、43名が犠牲となりました。この防災庁舎は、震災遺構として残されることになりました。仙台市の荒浜小学校は震災遺構として残されます。この学校の屋上に逃げた子どもや市民は難を逃れています。児童ら84人が犠牲になった石巻市の大川小学校は、震災遺構として残すかどうかまだ決まっていません。

仙台市荒浜小学校(筆者撮影:体育館の2階の窓に松の木が突き刺さっている)
仙台市荒浜小学校(筆者撮影:体育館の2階の窓に松の木が突き刺さっている)

広島市には、たくさんのモニュメントがあります。しかし、原爆ドームの存在感は圧倒的です。原爆ドームが、社会の記憶に与えた影響は大きいものです。

しかしその原爆ドームも、永久保村が決まったのは、昭和41年(1961)です。終戦から20年もたち、高度成長時代になってから、ようやく保存が決まったのです。それまでは、やはり賛否両論がありました。遺族や被災者の心が癒され、物と心の復興が進むためには、時間がかかるのです。

■日本が変わるために:3.11東日本大震災のメッセージを届け続けるために

3.11東日本大震災の直後は、日本全体が特殊な心理状態だったでしょう。被災地では心理学者らが「災害ユートピア」とも呼ぶ、感動的な協力体制が出来上がっていました。日本全体が、被災地のことを思っていました。

しかし、結局日本は何も変わらなかったと言う人もいます。あれは、一時的な熱狂だったのでしょうか。たしかに、震災直後と同じ寄付金やボランティアは集まらないでしょう。それでも、日本が変わっていくのはこれからです。

原爆投下の直後は、壮絶な悲劇が起き、感動的な助け合いがあったことでしょうが、すぐに反核兵器や平和の思いが日本中に広がったわけではありません。原爆の記憶が、個人の記憶を超え社会の記憶となり、平和を愛する文化ができるまでには、努力と時間が必要でした。

東日本大震災から5年目を迎えた今、犠牲者への哀悼の思いを深め、被害者の支援、被災地の復興を進めていくこと。その土台があって、式典も、行事も震災遺構も歌や様々なパフォーマンスも、意味を持つでしょう。そうして私たちの日本に、助け合いと防災の文化が強く根付いていくことでしょう。

■参考

「社会はいかに記憶するか―個人と社会の関係」新曜社

「災害ユートピア――なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか」亜紀書房

東日本大震災「風化」を越えて:Yahoo!ニュース個人(碓井)

震災遺構に対する宮城県の基本的考え方について(PDF)

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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