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女子中学生監禁事件、「なぜ逃げられなかったのか」という「原因」を問う意味

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
(写真はイメージ:被害者には非難ではなく理解と支援を)(写真:アフロ)

「なぜ逃げられなかった!?」と理由を問い詰めるのは暴力的です。しかし被害者を守るためにも、逃げられなかった原因の解説は必要です。原因を説明することで、被害者を責めない正しい人間理解が生まれるでしょう。

■女子中学生監禁事件、「なぜ逃げられなかったのか」という「理由」を問うことは暴力

武蔵大学の千田有紀先生は、「女子中学生監禁事件、「なぜ逃げられなかったのか」という「理由」を問うことは暴力である」と述べられています。

たしかに、「なぜ!?」という問いは、しばしば相手への攻撃であり、責める言葉になります。仕事に失敗した人に「なぜ、もっと気をつけなかったのだ!」というのは、原因理由を問うているというよりも、叱責の言葉でしょう。

問う人に責める気は無くむしろ愛情からの発言であれ、たとえば路上で性被害にあった娘に、「どうして、そんな道を通ったの?」と涙ながらに話しかけたとしても、娘にとっては辛い問いになってしまいます。

その意味で、今回の監禁事件で、なぜ逃げられなかったかと理由を問うのは暴力的でしょう。被害者に必要なことは、非難ではなく共感と支援です。

■それでも説明は必要

それでは、なぜ逃げられなかったかと疑問を持つことは悪いことでしょうか。メディアがその解説をすることは良くなことでしょうか。そんなことはないと思います。

品性下劣な人であれ、愛情深い人であれ、疑問を持つ人はいるでしょう。私は、これまでの監禁事件でも、今回の監禁事件でも、様々な人に「どうして逃げられなかったのでしょう」という質問を受けています。

以前の監禁事件では、「なぜ逃げられなかったの? 馬鹿だったの?」とか、今回のk事件でも「監禁じゃないんじゃないの?」といった意見も聞きます。本当は、どの事件でも、被害者はとても苦しく、そしてとても素晴らしい人々なのにです。

マスコミ人も、多くの心ある人は、被害者少女が「なぜどうして」と非難されることを避けたいと願っています。

「この状況で逃げられないのは当然でしょ」の一言でみんなが納得してくれればそれで良いのですが、実際は違います。人は納得してくれません。

「なぜ」と疑問を持つ人々に対して、納得してもらえるような説明をすることは必要ではないでしょうか。落ち着いて考えれば、その状況では逃げられないだろうと想像できるだろうとは思いますが、さらにたとえば「学習性無力感」とか「洗脳」「マインドコントロール」とか「プリゾニゼーション」といった用語を使った説明も意味があると思います。

ちなみに、人質事件の時によく言われる「ストッックホルム症候群」は、犯人と人質の周りを警察が取り囲むような状況で生じる現象で、厳密に言えば、今回のような長期監禁事件には適用できないでしょう。ただ、長期間の二人の生活の中で、歪んだ奇妙な依存心が生まれることが考えられます。

これらの心理的現象は、決して弱い人に起こることではなく、普通の人、普通以上の人にでも起こることなのだと、逃げられなかった原因を説明することで理解してもらえればと思います。

■専門家の役割

事件が起きた直後は、まだ断片的な情報しかない状況です。確実なことはわかりません。しかし、テレビはニュースを流さなければいけませんし、新聞や雑誌は紙面を埋めなければなりません。専門家が黙っていることで、心ない意見が広がっていったり、それらに対する有効な反論がなされないままであることは、避けたいと思います。

わからないなりに、被害者保護と類似事件防止のための解説をしていく必要はあると、考えています。

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社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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