「江戸しぐさ」が道徳教材に残る:文科省の回答への反論:コロンブスの卵は良くても江戸しぐさがダメな理由
文科省は、道徳の時間は歴史の真偽を教える時間ではないと言います。しかし「江戸しぐさ」を教科書に載せるのは、「大震災は地震兵器が起こした」と主張する団体が作った防災の手引きを採用するようなものではないでしょうか。
■「江戸しぐさ」とは
「江戸しぐさ」は、江戸時代の人が行っていたしぐさではありません。「江戸しぐさ」は、1つの団体が作り上げたお話です。
ただ、この話や「江戸しぐさ」というネーミングはとても良くできていました。そこで、ポスターになったり、公共広告機構(AC)のCMに使われたり、さらに教科書にも載ってしまいました。
私も当初、良い話だと思っていました。そう思った人は、たくさんいたことでしょう。
しかし、批判が起きます。原田実先生による「江戸しぐさの正体:教育をむしばむ偽りの伝統 」も出版されます(2014)。
昨年2015年の6月には、TBSテレビ「NEWS 23」が、「江戸しぐさ」問題を批判的に取り上げます。この番組の中では、原田実先生と共に、江戸文化に詳しい田中優子先生(法政大学総長)が登場し、「江戸しぐさ」は空想であり、「江戸しぐさ」を広めた団体が主張する「江戸っ子大虐殺」も、聞いたことがないと、批判しました。
「江戸しぐさ」は、1980年代になってから広まった話です。「江戸しぐさ」を広めた団体は、明治政府の陰謀と「江戸っ子大虐殺」によって「江戸しぐさ」は歴史の中で抹殺され、ただ唯一この団体だけに伝えられたと主張しています。
■「江戸しぐさ」が道徳の教科書に残る
「江戸しぐさ」への批判が広がる中で、「江戸しぐさ」は使われなくなりつつありました。ところが、今回教科書の改訂を経ても、道徳の教科書には「江戸しぐさ」が残ることになりました。
文科省によれば、今回の改訂は追加部分の議論であり、既存部分は変えないそうです。「江戸しぐさ」への批判も知ってはいますが、「道徳の教材は江戸しぐさの真偽を教えるものではない。正しいか間違っているかではなく、礼儀について考えてもらうのが趣旨だ」と回答しています。
■文科省の回答への反論
作り話だとしても、良い話なのだから、それで良いではないか。実は、私もそう思っていました。文句を言う人の方が、うるさい石頭のわからずやだと感じていました。しかし、それは誤解だったのです。
たしかに道徳の時間は、ことの真偽を問う時間ではないでしょう。たとえばニュートンのリンゴやコロンブスの卵の話は、どこまで史実でしょうか。しかし、それはそれで良いでしょう。
発達心理学的に考えても、子どもはちゃんと理解するだろうと考えられます。そのお話を教わった子どもが大人になり、史実かどうか怪しいと知っても、歴史の中で自然発生したこれらの逸話を学んだ意味はあったとわかるはずです。
その逸話は、一部の人の利益のために作り上げられた空想話ではなく、偉人たちの偉業や思想をわかりやすく人々に伝えるために広がっていった話です。
エジソンはすばらしい発明家です。子どものころ、伝記を読んで感動しました。しかし大人になってから、エジソンはビジネスの面ではえげつない面もあったと知りました。けれども、だからといってエジソンの業績が揺らぐものではありません。彼が単なる発明家ではなく、ビジネスの素養を持って発電所を作り、その電気を町まで電線で引いてくるというところまで実行してくれたからこそ、現代の電気文明ができ上がりました。
ただ子どもに教えるときには、エジソンのビジネスマンとしての部分は省略したほうがわかりやすいと、そう大人たちが考えたことは、自分も大人になれば良く理解できます。
野口英世が、放蕩の末にお金を使ってしまい渡航が遅れた話なども、大人になってから知ればよいことでしょう。子どもには、その心理的発達段階に応じたふさわしい伝え方があるのです。事細かにすべて教えればよいわけではありません。それでは逆に真実が伝わりにくくなってしまいます。
子ども達は、子どもの用の本に載っている偉人たちの偉業や逸話や名言を通して、人としてのあるべき生き方を学びます。
だから、「江戸しぐさ」も、事実ではなくても道徳で使っても良いでしょうか。いえ、「江戸しぐさ」はこれらの話とは異なります。
「江戸しぐさ」は、自然発生した逸話ではなく、一つの団体が、明治政府による「江戸っ子大虐殺」などの根拠のない話と共に作り上げ広げたお話だと、多くの人が指摘しています。それらの批判を無視して事実として教えるのは、間違いです。
それは、非科学的(非学問的)で、反知性主義的です。
それでも、「江戸しぐさ」を教科書に載せ、授業で扱って良いというのなら、それは、ある団体が大震災はフリーメーソンの地震兵器によって起こされたと語りつつ作った防災の手引きを、中身は良いと言って採用するようなものでしょう。
これでは、教わった子どもが大人になって真実を知ったときに、納得できません。
たしかに道徳の時間は、史実かどうかの真偽を教える時間ではありません。しかし、人として真実を学ぶ時間ではないでしょうか。決して怪しげな都市伝説や陰謀論に基づく話を学ぶ時間ではないないはずです。
一度教科書に採用した話を、間違っていたという理由で取り下げることは、難しいことなのかもしれません。しかし、人は間違えたときにはどうすべきなのか。私達大人は、自らの行動を通して子どもたちに示したいと思います。
■「江戸しぐさ」関連ページ・本
・「江戸しぐさ」はやめましょう1:何が問題か。なぜ広がったか。
・「江戸しぐさ」はやめましょう2:質問疑問にお答えして:子どもに伝えてはいけない理由
・「江戸しぐさの正体:教育をむしばむ偽りの伝統」原田実著 2014
・「江戸しぐさの終焉」原田実著 2016