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措置入院と妄想性障害:相模原障害者殺傷事件が投げかける問題

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
事件現場となった施設に花をたむける人(写真:ロイター/アフロ)

神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人の障害者が刺殺された事件。事件の経緯や、逮捕された容疑者男性(26)に関する報道が続いています。

■措置入院とは

男性は、今年2月「措置入院」しています。措置入院とは、自傷他害の恐れがある場合に行われる強制的な入院です。この入院時には、両親もいたと報道されています。

なぜ、両親の同意による「医療保護入院」にならなかったのかは、わかりません。あるいは、措置入院が解かれた後、なぜ任意入院(本人の同意)や医療保護入院(家族等の同意)にならなかったのかも、わかりません。

彼の措置入院は12日後に解かれ、退院しています。なぜもっと措置入院させなかったのかと疑問を持つ人もいるでしょう。しかし、強制入院である措置入院は、重たいものです。簡単に強制入院などを行ったら、大変な人権侵害です。

措置入院は、自傷他害のおそれがなくなった場合には、ただちに症状消退の届出をして退院させることが法的に義務づけられています。

男性は、措置入院に際し、妄想性障害とか大麻精神病などの診断を受けています。大麻精神病とは、大麻による急性の精神障害でです。幻覚など精神病のような症状が、一時的に見られます。

周囲は、障害者は殺したほうが世界のために良いという彼の考えを心配し、またおそらく、言動全体に異常なものを感じたのでしょう。病院では、彼の妄想的思いと、大麻による精神的な不安定さを見て、措置入院となったのだと思います。

そして、そのような不安定さがなくなり、自傷他害のおそれがなくなったところで、措置入院は解かれたようです。退院時には、障害者を殺すといったことも、表面上は言わなくなっていたようです。

妄想性障害が簡単に治るとは考えにくいのですが、自傷他害のおそれがなくなったところで、措置入院からは退院です。

「自傷他害のおそれ」の範囲は、広いものではありません。「ああ、死にたいなあ」「みんな死んじゃえばいいのに」「○○人は全員抹殺すべきだ」と言っている程度では、法律で言うところの「自称他害のおそれ」にはなりません。この程度で措置入院なら、多くの人が強制入院させられてしまいます。

最近様子のおかしい人がナイフのコレクションを始めていて、部屋にナイフがたくさんある。この程度でも、措置入院にはなりません。部屋の中で一人でぶつぶつ言っていて、あきらかに普通ではない。これは、病気かもしれませんが、自傷他害のおそれにはなりません。

たとえば、精神障害の人が、裸足で(時には裸で)街に出てふらふらと歩いているような場合は、ケガをしたり、交通事故にある危険性がありますから、自傷他害のおそれありで、警察官が「保護」をして、病院へ連れて行きます。本人が入院に同意しなくても、家族等の同意による医療保護入院になるでしょう。

精神障害によって刃物や棒を振り回していれば、自傷他害のおそれありです。警察官の拳銃を奪おうとしたなどのケースも、もちろん自傷他害のおそれありです。身柄を拘束され、事情を聞いて、あきらかに普通ではないと警察官が判断すると、「保護」され、本人の同意がなくても強制入院でしょう(措置入院も感がえられるかもしれません)。

(実際に大怪我をさせた場合などは、逮捕され、精神鑑定を受けることもあるでしょう。)

ただし、どのような病名の人が、どの程度の行為をしたときに措置入院になるかは、都道府県によっても差があるようです。

■妄想性障害とは

統合失調症の患者が持つ妄想と比べて、妄想性障害による妄想は体系的で筋は通っています。妄想による一つの世界観を持っていたりすることもあります。知的水準が下がることも、人格が崩壊することもありません。

たとえば、「未来の世界では機械と人間が戦争をしていて、私の息子は大人になって人間軍のリーダーになる。そこで、機械軍は未来からタイプスリップして殺し屋ロボットを送り込み、私達親子を襲ってきた」(映画「ターミネーター」)といったことを、事実だと語り続ければ、妄想性障害と診断されるでしょう(映画の中で彼女は入院させられていましたが、入院の形態はわかりません。自傷他害に当たる乱暴な行為があったでしょうか)。

妄想のために、クレームの電話などをしばしばするようになれば、トラブルが起きることはありますが。妄想はあるものの、他の問題はないので、社会生活を普通に送ることもあります。

障害者を傷つけようとする人は、妄想性障害でなくてもいるでしょう。しかし、障害者を大量に殺すことで日本や世界が救われると彼が考えたことは、妄想性障害による妄想だと医師は判断したのだと思います。

ただし、危険な妄想とはいえ、それを実行に移すそぶりを見せず、普通の日常生活を送っていれば、自傷他害のおそれで強制入院させることはできないでしょう。

■それではどうすればよいのか

法的な強制力だけで問題を解決することは難しいと思います。まずは、身近な人間による支援です。今回の事件でも、措置入院からの退院後は、親と同居するはずでしたが、実際は一人暮らしを続けていました。

さらに、職場、友人、近隣などの力が必要です。簡単なことではありませんが、誰かが異常に気づき、声をかけあい、家族とも連絡を取り合いながら、医療につなぎ続けられれば、事件は防げていたかもしれません。

さらに、諸機関の連携があります。医療、福祉、警察、学校、福祉施設、ハローワークなどが連携を取って、若者の問題を解決しようとする動きは、地域によってはすでに始まっています。

まだ事件を起こしていない人を、警察や法律の力だけで抑え込むことは難しいことです。様々な方面から支援をしていくことが、防犯にもつながっていくのだと思います。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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