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オリンピックと人生ドラマ:私たちが感動する理由

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
レスリング。逆転でつかんだ金メダル。(写真:田村翔/アフロスポーツ)

■オリンピック

オリンピックは、ただのスポーツ競技会ではない。「より速く より高く より強く」。人類の限界に挑むドラマだ。

・・・などと言っても、すいません。その選手の本当の凄さ。わかっていません。正直言って、その競技のルールさえよくわかりません。それなのに、オリンピクになると、テレビの前で夢中になります。

オリンピックの季節には、競技の中継だけではなく、選手たちのこれまでの人生が語られます。特に、たとえば卓球の福原愛選手などとは、子どもの頃からの様子を、私たちは見ています。こうなると、まるで親戚の子どもの活躍を見ているような気がします。

どの選手も、楽をしてオリンピックに出る人はいません。各国の1番の選手が集まるのですから、その中でさらに金メダルを狙う困難さは想像を絶します。4年に一度しかないオリンピック。4年分の思いが詰まっています。

多くの犠牲を払い、スランプや苦しみを乗り越え、試合でも、人生でも、逆転劇を見せてくれる。そこに、感動が生まれます。

■人生楽ありゃ苦もあるさ

スポーツは「筋書きのないドラマ」ですが、筋書きのあるドラマも、山あり谷ありの物語を描きます。何の苦労もない、トラブルもないドラマは、面白くありません。主人公たちが、ぶつかり合い、協力し合い、困難を乗り越えて、そして成長していくのが、ドラマの基本です。

心理学的に言えば、このようなドラマを楽しめる人は、実はそのような人生を望んでいます。心が疲れ果てている時には、困難から逃げたいと思うものですが、心が健康な時には、人は新しい体験やチャレンジを求めます。実は、人はそのような人生を望んでいるのです。人生は楽な方が良いと感じるのは、誤解です。

人間は、一生懸命生きるようにできています。

■ドラマとしてのスポーツ

映画は、人生を2時間の物語に凝縮しています。オリンピックの競技も、人生の縮図をいせてくれます。時に数十秒に凝縮して見せてくれます。

怒り、悲しみ、落胆、焦り、挑戦、歓喜、感動。オリンピックには、激しい感情のほとばしりがあります。

メダルを取った選手の中には、「夢のような時間」だったと語る人がいます。メダルを取って、人生最高の瞬間だと語る人がいます。それぞれの競技で、人生ドラマのクライマックスを見る思いがします。

表彰台の上のはじけるような笑顔を見ると、見ているだけの私たちまで幸福感に浸れます。

オリンピックでは、作られたドラマよりも、もっとドラマチックな場面が繰り広げらるでしょう。すべての困難を乗り越えた金メダルは、最高のハッピーエンドです(次の東京オリンピックを目指す人は、続編があるわけですが)。

■共感と応援

ドラマを楽しむためには、共感が必要です。共感できないドラマは楽しめず、感動できません。心理学的には、同一視とも言いますが、自分のことにように感じるからこそ、ハラハラしたり、喜んだりすることができます。

ただし、ドラマを見ている時には、共感しつつも、もちろんこれが事実ではないことはわかっています。でも、オリンピクは今実際に起きている現実です。

同一視し、共感するためには、自分の近くの人や似ている人である必要があります。私たちは、家族と共に一緒に喜んだり悲しんだりします。ドラマでは、若い人は若い登場人物に、年配者は年配の登場人物の気持ちがわかります。自分の高校が甲子園に出れば、自分も選手の一人になったような気分にさえなるでしょう。

ではオリンピックでは、どうでしょうか。自分とは随分違う人が活躍しています。しかし、同じ日本人です。普段の生活ではあまり意識しない人も、オリンピックの時は「ガンバレ!ニッポン!」です。日の丸や君が代に感動したりします。

日本中が、日本人選手を応援します。オリンピックの時の私たちは、同じ日本人として、日本人選手を同一視し、共感しています。パブリックビューイングの会場にいなくても、みんなで応援していることを、私たちは知っています。みんなで応援する時、感情は伝染し、増幅し、感動はさらに深まります。

テレビを見ているその時には、まるで家族か親戚のような気分で、これまでの苦しかった道に思いを馳せ、共に歓喜の声をあげるでしょう。

応援とは、本来共感の上に成り立つものです。ただ単に、「メダルを取れ!」というのは本当の応援ではありません。選手の人生に共感しているからこそ、共に喜び、共に悔しがることができます。勝っても、負けても、そこに感動が生まれます。

それは、選手たちの心を支えると共に、私たちの心の栄養になるでしょう。

メダリストの活躍に憧れて、オリンピックを目指す子どもたちがいます。そうでなくても、次々と繰り広げられる逆転劇を見ながら、人生諦めちゃいけないんだと感じた大人たちも、大勢いたことでしょう。

■金メダルが取れなかった時も

レスリングの吉田選手。オリンピック4連覇を目指していました。しかし、決勝で敗退し、銀メダル。吉田選手は悔し涙を流し、マイクの前で「申し訳ない」と謝罪をしていました。

卓球団体でも、準決勝で敗れた時、福原愛選手は「負けた責任は私にある」と語っています。柔道の銀メダル選手たちのインタビューも、まるでお通夜のような雰囲気さえありました。

このような選手たちは、言うまでもなく世界のトップ選手です。そして、猛烈な責任感があり、素晴らしい善人なのでしょう。他の選手からも、国民からも愛される人々でしょう。

ただ、論理的ではないとは言えるかもしれません。団体戦で2敗して、チームとして負けた責任が「私にある」なら、団体戦で2勝してチームが勝てば、「勝ったのは私のおかげ」でしょうか。そんなことは、言うわけがないでしょう。きっと「みんなのおかげ」と語るはずです。

金メダルだけを目標に努力してきた人には、残念な結果ではあるでしょう。見ている方にしても、金メダルは、分かりやすいハッピーエンドです。それでも、日本人も成熟しています。メダルの色だけではないメダルの意味を、私たちは理解するはずです。

オリンピックは、すでに昔のようなアマチュアスポーツの祭典ではなくなったかもしれません。それでもなお、年間に何試合もするプロとは異なる、この1試合にかける思いはあるでしょう。だからこそ、プロの試合とは異なる感動も生まれるでしょう。

メダルが取れても取れなくても、オリンピックは素晴らしい体験だったと感じてもらえることが、観戦している私たちにとってもハッピーなことです。オリンピックに出られなかった人も、オリンピックを目指してよかったと感じられることも、同様です。

大人も、子どもも、見ている人も、オリンピックの出場選手も、出場できななかった選手も、それぞれに成長できること。これこそが、オリンピックの意味ではないでしょうか。その雰囲気の中で、次の選手も生まれます。その雰囲気の中で、4年後の東京オリンピックの感動が待っていることでしょう。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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