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3.11安全と安心のはざまで:福島を支援し科学にも偏見にも押しつぶさないために

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
福島県の仮設住宅内の集会場「おだがいさまセンター」内で筆者撮影(2012)

■毒を売るな!?:原発事故と放射線への評価

3.11東日本大震災、福島第一原発事故から6年。復興が進んでいる部分もあり、進んでいない部分もある。原発事故に関する部分は、なかなか改善されない。事故から6年目の今日も、様々な報道がされている。

福島県からの避難者として、いじめや差別を身近に感じたことがある割合が64パーセントという調査もある。

市場に出ている福島県の農作物は、科学的には全て安全なものだが、それでもなお「毒を売るな!」と声高に叫ぶ人もいる。福島県の人々も、科学的には危険がないと言われても、自主避難する人もいる。

ネット上では相変わらず、低レベル放射線が安全だとか危険だとか論争が巻き上がる。6年間の議論を経ても、事態はあまり改善されない。

■安全と安心は別物ではない

危険が0なら、安全であり安心だろう。だが、そんなものはない。危険の可能性はいつもある。科学は現在の科学理論と調査結果に基づいて、危険度、安全度を測定する。だが、それを安心なものとして使うかどうかは、私たちの社会が決める。

全ての薬には副作用があり、全ての乗り物は事故を起こす可能性がある。しかし、私たちはあるものは使用し続け、あるものは使用中止にする。それは、危険度の数値によって客観的に決められるものではない。私たち社会の合意によって決められる。

科学者や行政が安全安心を押し付けてもいけないし、市民が科学を無視してもいけない。不毛な議論ではなく、互いに理解することが大切だ。

■心理学から見た安全安心

人々は日常的な危険よりも、非日常的な危険を強く感じる。自動車で飛行場に行って飛行機に乗る時、人は飛行機が落ちることを心配する。本当は、自動車事故の方が確率は高いのだが。だが、このように感じるのは愚かなのではない、人の心はそのようにできているのだ。

アメリカの9.11同時多発テロの後、アメリカ国民は飛行機へのテロを恐れた。飛行機の乗客が減り、自動車での移動が増えた。その結果、9.11後の2年間で、例年よりも交通事故死が2000人も増えてしまった(『生き残る判断 生き残れない行動 大災害・テロの生存者たちの証言で判明』)。ただし、それは大きなニュースにはならなかった。もしもテロで20人が死亡していたら、世界的大ニュースだったろう。

もちろん、交通事故とテロによる死亡は違う。人は事故死よりも殺されることを恐る。人の心としては、それは当然だ。人は同じ被害であっても、自然災害よりも人工的な事故や犯罪を恐れるのだ。

危険を感じるかどうかは、イメージも大きい。日本では、交通事故で亡くなる人は年間4000人ほどだが、入浴に伴う事故や病気で亡くなる人は1万4000もいる(「住宅内の事故、とくに入浴中の事故を中心に」)。だから、入浴には注意しようという声はあるが、風呂をやめようという人はいないだろう。

薬の副作用なども、声をあげる個人がいて、それをマスコミが大きく取り上げると、イメージが悪くなる。危険性の数字だけでは何とも思わなかった人々が、苦しむ個人の映像を見て、考え方を変えることはあるだろう。

人は、1万人の被害と言われても実感がわかないが、家族五人が死亡と言われれば、とても共感する。被害者個人の顔や名前が、私たちの心を動かすのだ。

さらに心理学の研究によれば、人は自分から進んで行為するときには、そうでない時よりも千倍の危険を受け入れる。バンジージャンプや、スカイダイビング、登山や海水浴、自動車や自転車の運転。私たちは、危険が伴うことを自発的に行う。人は個人によって許容する危険度が異なるが、進んで受け入れる程度の危険であっても、その危険が全員に否応無しにやってくるとなれば、人は恐れ怒り拒絶する。人の心は、そのようにできている。

■人が恐れを感じること

人は、未知のものを恐れる。実際の危険性よりも恐れる。一般に人が強く恐れるものは、次のようなものだ。目に見えないもの、危険の切迫を実感できないもの、科学的にも不明点があるもの、悪影響が長く続く可能性があるもの、このようなものを人は恐れる。それは、まさに放射線の問題だ。

原発事故の後、人々が放射線を恐れるのは、当然だ。

2011年の夏、福島県では全国高等学校総合文化祭が開催され、大勢の若者が集まった。私も家族も、福島を訪問した。その後2014年に、防護服を着て福島第一原発内の視察も行った。もちろん、健康被害などない。

ただし、自発的に行動する人と、選ぶことができずにその場所にいる人とでは、恐れの感じ方が異なるのは、前述の通りである。

また緊急事態に、人々が本能的に危険を感じるのも、自然であり、正しい。たとえば、頭の上からダンボール箱が落ちてきたら、人は悲鳴をあげて、うづくまり頭を守る。あとで箱が空だと分かれば笑い話だが、とっさの行動としては正しい。人の心と行動は、そのようにできている。

■科学者と一般の人々

科学者は、一般にリスクがあっても効用の方をとろうとする。しかし一般の人々は、危険に敏感に反応する。科学者の中には、これを非科学的だと言って批判する人もいる。一方、科学者を人の心がわからないと言って非難する人もいる。

どちらかが正しいわけではなく、双方の見方があるのだろう。科学者と行政は、数字だけではなく、人々の心に共感し寄り添いながら、わかりやすく説明しなければならない。

客観と主観は異なる。たとえば想い出がいっぱい詰まった記念の品が、客観的には千円の価値だったとしよう。その品を壊されたら、とても悲しい。しかし、賠償してもらえるのは、千円だろう。ただし、壊した人は相手の気持ちをくんで心からわびるべきだ。一方、壊された方も、法外な請求は控えるべきだろう。

私たちは科学的、客観的な見方を理解したい。同時に、人として当然感じる心にも共感し、支援したい。

■これからの福島県

低線量の放射線を恐れて子どもの外遊びを控えたり、無理で不自然なことをすれば、そのストレスの方がかえって子どもの健康を害すると言う人もいる。確かにそうかもしれない。しかし、不安がっている人に共感もせずに一方的に語るだけでは、そんな言葉は役に立たないだろう。

私たちは不安を持っている人を支援しなくてはならない。

科学者の中にも、意見は様々ある。福島県民も、どの意見を信じたら良いのか戸惑っている。さらにどの科学者も言わないような、トンデモない意見、偏見を振り回す人もいる。ただし、「トンデモ」「偏見」と人は思っても、本人にとってはそれが真実だ。

原発近くから県内別都市に避難する人がいる。県何に残る人もいれば、子どものことを心配し県外に避難する人もいる。県内の人も、県外の人も、それぞれの考えがある。どちらも、支援したい。

福島県に一切人は住めないと言う人もいる。福島県だけでなく、東日本の農作物は一切食べないと言う人もいる。本州は危ないと言って沖縄に行ってしまった人もいる。さらに、日本は危ないと言って、仕事を辞め家を売り、アメリカに行ってしまった人さえいる。それぞれの意見と行動は、それぞれの人にとっては正しいと感じることだ。

私たちは、一部の極端な人の言動に振り回されてはいけない。同時に、人として当然感じる不安には共感したい。

安全と安心は、科学だけでは解決できない。また不安を煽るだけの人も、周囲に混乱を生む。どのような意見を持っても良いが、福島県について語るなら、発言の土台には福島県への愛が必要だ。一番困っている福島県の当事者の皆さんを、置き去りにしてはいけない。傷ついた福島をもとの福島に。「フクシマ」を福島に。「うつくしまふくしま」に。

2011年10月「アクアマリンふくしま」にて筆者撮影
2011年10月「アクアマリンふくしま」にて筆者撮影
社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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