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バイエルン・ミュンヘンと中国系グローバル企業が東北支援を続ける理由

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
4回目を迎えるFCバイエルンユースカップ。今年は87人が参加した

■バイエルン・ミュンヘンと東北をつなぐもの

宮城県利府市にある宮城県サッカー場は、かつてベガルタ仙台が『ブランメル仙台』だった時代、ホームスタジアムのひとつとして使用されていたことで知られる。その日、ひなびた雰囲気のスタンドには、アウディやルフトハンザといった、いささか場違いな企業バナーが並んでいた。いずれもドイツを代表するビッグカンパニーであり、かつドイツの名門クラブ、FCバイエルン・ミュンヘンのスポンサーである。

4月2日の土曜日、宮城県サッカー場で『FCバイエルンユースカップ2016(以下、ユースカップ)』が開催された。これはバイエルンが主催するイベントで、日本の他にも中国、インド、タイ、アメリカ、オーストリア、そして本国ドイツでセレクションを行い、そこで選ばれた少年たちを5月にミュンヘンに招待。現地では、バイエルンのトレーニングに参加したり、ブンデスリーガを観戦したり、アリアンツ・アレナで試合をしたりと、夢のような日々を過ごすことになる。

ユースカップ自体は今年で5回目だが、日本では2013年からスタートして、今回が4回目。ただし首都圏ではなく、ずっと宮城県で毎年この時期に開催されている。参加資格があるのは、宮城、岩手、福島在住の中学生年代で(誕生日の関係で高校1年も含まれる)、自薦他薦を問わず希望すれば誰でも参加できる。他の開催地に比べると、セレクションの規模が限定的で、さほどハードルが高くないのが特徴的だ。

なぜ日本だけが特殊なレギュレーションなのか。それは、東日本大震災の被災地支援という側面があるからである。もっとも、いくらメガクラブのバイエルンでも、こうした活動を独力で継続するのは難しい。ユースカップをサポートするのは『インリー・グリーンエナジー(英利緑色能源)』という太陽光エネルギーのリーディングカンパニー。この中国系グローバル企業が東北の復興支援に意欲的だったため、今年もバイエルンのスタッフが宮城に招かれることとなった。

インターナショナルプログラムのセバスティアン・ドレムラーヘッドコーチ
インターナショナルプログラムのセバスティアン・ドレムラーヘッドコーチ

■「日本人はもっと自分たちの強みに目を向けるべき」

今回、バイエルンから招かれたのは、インターナショナルプログラムのヘッドコーチを務めるセバスティアン・ドレムラー氏。このユースカップは、バイエルンの世界戦略のひとつであり、その目的は「バイエルンの知名度をワールドワイドに上げていくこと。ドイツ国外にバイエルンの拠点を作っていくこと。その中で優秀な選手がいたらピックアップすること」(ドレムラー氏)である。

今回のユースカップでは、宮城県内だけでなく、岩手県の陸前高田や福島県の南相馬などからも参加者があり、総勢87人(ちなみに各地域には送迎バスが用意されており、交通費や食費や参加費はすべて無料である)。選手たちは13のチームに分かれ(うち1チームはGKのグループ)、12分のミニゲームを行って午前の部は終了。ここから28人の選手を選抜して4チームに分け、最終的に10人の選手がミュンヘンへの切符を手にすることとなった(この他に補欠選手も2人発表)。

セレクションを終えたドレムラー氏に、今回の選考基準と日本の中学生年代の印象を尋ねてみた。すると「重視したのは、全力で取り組む姿勢。それはプレー以外の面も含めてだ。その意味では、みんな献身的な動きを見せていたし、今回選ばれなかった子にもクオリティがあったと思う」と、前向きな評価が返ってきた。一方で「実力にばらつきを感じた」とも語っていたが、それは自薦他薦を問わない応募方法だったためであろう。

せっかくなので、育成に関するアドバイスについて聞いてみると「ドイツの真似をするのは、あまりお勧めしないね」という、ちょっと意外な答えが。「日本人はもっと自分たちの強みに目を向けるべき」というのがその理由だ。

「確かに、フィジカルや1対1の強さといったものは必要だが、日本人選手にはテクニックやスピードといった長所がある。もっと自分たちの長所を伸ばしていくことを考えるべきだろうね。ただし、国際大会での経験は重要。今回選ばれた子供たちが、ミュンヘンでいい経験を持ち帰れるよう、われわれも現地でサポートさせてもらうよ」

■インリーの若き副社長が語る「東北を支援し続ける理由」

インリーのジュディ・リー副社長兼チーフマーケティングオフィサー(左)
インリーのジュディ・リー副社長兼チーフマーケティングオフィサー(左)

さて、今回はバイエルンのスタッフとともに、インリー・グリーンエナジーの役員も来日している。アメリカ育ちの台湾人女性、ジュディ・リー氏。「よくボスのアシスタントに間違われるのよ(笑)」と当人も語るくらい、非常に若々しく見えるのだが(あとでスタッフに確認したら現在37歳とのこと)、実は09年から副社長兼チーフマーケティングオフィサーという重要なポストを担っている。そんな彼女に、まずはインリー・グリーンエナジーがユースカップをサポートする理由について尋ねてみた。

「インリーは世界に30以上の支社を持つグローバルカンパニー。一方でサッカーはグローバルスポーツであり、私たちがビジネスを展開している国々でもナンバーワンスポーツです。そこに親和性を感じたので、ワールドカップやバイエルンのスポンサーとなりました。今回は多くの子供たちとボランティアが参加してくれたことを、インリーの副社長として大変うれしく思います」

インリー・グリーンエナジーは、10年の南アフリカ大会からワールドカップの公式スポンサーとなっており、翌11年からはバイエルンのオフィシャルプレミアムパートナーとなった。再生可能エネルギーに関心が集まるドイツ国内では、知らぬ者がいないほどの有名企業となっている。そんな彼らがなぜ、バイエルンと共に東北での復興支援を続けているのだろうか。私の問いに対するリー氏の答えは明快であった。

「太陽は世界中どこでも照らすでしょう? それがわれわれの企業理念です。ですからバイエルンとの関係性が変わらない限り、今後も東北での開催を続けたいと思っています」

正直なところ、われわれ日本人が中国という国に抱くイメージは必ずしも良いものとは言えない。そんな中、かの国に本社があるグローバル企業がドイツの名門クラブとタッグを組んで、サッカーを通じた東北の復興支援を続けているという事実は、もっと知られて良いのではないか。いずれにせよ、継続的な支援のあり方というものを考えさせられた、今回のユースカップであった。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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