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「大阪都構想」の住民投票は橋下市長の独断で実施できるのか

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)

大阪市を廃止して、いくつかの特別区に分割する構想(マスコミ一般で「大阪都構想」と言われますが不正確です)について「大都市地域における特別区の設置に関する法律」(以下「特別区設置法」とします)に基づく大阪府・大阪市の協議会が開催されていましたが、2014年7月23日の第17回協議会でついに大阪市の廃止と特別区の設置に関する協定書(以下「協定書」とします)が可決されました。協議会の運営自体、本来は多数派のはずの大阪維新の会の会派以外の委員が排除された異常な形で進められてきましたが、これ自体について形式的に違法とまでは言えないようです(少数与党による強行運営を想定していなかった条例制定上のエラーだと思うのですが)。

松井一郎・大阪府知事、橋下徹・大阪市長はそれぞれ、9月の府議会、市議会で、特別区設置法6条に基づき、協定書の承認を求めるようです。それぞれの議会で承認された場合は、大阪市のみで住民投票が実施され、有効投票の総数の過半数の賛成があったとき、大阪市が廃止され、協定書に基づく特別区に分割されることになります。住民投票を行うには大阪市議会の承認が必須なのですが、橋下与党は大阪市議会では少数与党であり、報道によると協定書が議会で承認される見込みはないようです。

そこで飛び出す専決処分

橋下市長は、市議会が協定書を承認しない場合、「専決処分」によって住民投票を強行する可能性に言及しています。

橋下市長、専決処分を示唆 法定協へのボイコットを批判

朝日新聞 2014年7月2日15時20分

大阪都構想の案をつくる法定協議会へ委員を出さずに流会を狙う大阪市議会の対応について、大阪市の橋下徹市長(大阪維新の会代表)は2日、「規約に違反しており法定協への完全な妨害だ」と批判した。一方、都構想案が議会で可決される見通しはなく、住民投票に向け「あらゆる方法を残す」として首長の権限だけで決める専決処分に踏み切る可能性を示唆した。市役所で記者団に語った。

出典:朝日新聞

2014.8.4追記

都構想で専決処分の見方も 08月03日 05時46分

大阪都構想の住民投票について、大阪維新の会には、来年春の統一地方選挙にあわせて実施できるように、松井知事と橋下市長が

「専決処分」に踏み切るのではないかという見方が出ています。

大阪都構想の住民投票について、大阪維新の会は、大阪市を5つの特別区に再編するとしている平成29年4月に間に合わせるために、来年春ごろまでに実施したいとしています。

実施には、府議会と大阪市議会で協定書の承認が必要なため、松井知事と橋下市長は、9月の定例会に協定書を提出する方針ですが、自民党などの反発は強まるいっぽうで、承認が得られる見通しはたっていません。

このため、維新の会には、他党の協力が得られない場合でも松井知事と橋下市長が都構想実現を諦めることはないとして、住民投票を、来年春の統一地方選挙にあわせて実施できるように、法律にもとづく「専決処分」に踏み切るのではないかという見方が出ています。

出典:NHK

ここでいう専決処分とは地方自治法179条で定められたもので、一定の場合に、市長・府知事において、議会が議決すべき事項を「処分することができる。」というもので、この市長・府知事の処分が当面、議会承認と同じ効果を持つことになります。そうすると、橋下市長が議会承認に代わる専決処分をすれば、市議会の承認が無くても住民投票を実施できるようにも思えます。

第百七十九条  普通地方公共団体の議会が成立しないとき、第百十三条ただし書の場合においてなお会議を開くことができないとき、普通地方公共団体の長において議会の議決すべき事件について特に緊急を要するため議会を招集する時間的余裕がないことが明らかであると認めるとき、又は議会において議決すべき事件を議決しないときは、当該普通地方公共団体の長は、その議決すべき事件を処分することができる。ただし、第百六十二条の規定による副知事又は副市町村長の選任の同意については、この限りでない。

○2  議会の決定すべき事件に関しては、前項の例による。

○3  前二項の規定による処置については、普通地方公共団体の長は、次の会議においてこれを議会に報告し、その承認を求めなければならない。

○4  前項の場合において、条例の制定若しくは改廃又は予算に関する処置について承認を求める議案が否決されたときは、普通地方公共団体の長は、速やかに、当該処置に関して必要と認める措置を講ずるとともに、その旨を議会に報告しなければならない。

しかし、上記条文の太字部分で示したように、市長・府知事が専決処分を行える場合は非常に限定的です。そして、協定書でも、大阪市の解体は実際には2017年4月に行われるので、緊急性がないことはもちろんです。議会が協定書を不承認にした場合や、議会承認を求めずに専決処分をすることは、当然、地方自治法違反ということになります。

ところが、過去の阿久根市の例を見ても分かるように、違法な専決処分であっても、市長部局、知事部局の内部で行う行政活動である限りは、当面、通用してしまいます。市の職員は、上司である市長の命令に従わざるを得ないからです。橋下市長が言う「専決処分」というのは、このような形による住民投票の実施のことだと思われます。違法だろうとなんだろうと、住民投票に持ち込み、人気投票で起死回生を計る橋下市長の一手と言えるでしょう。

住民投票実施に関する手続

しかし、このような専決処分による住民投票は可能なのでしょうか。橋下市長が専決処分に言及しているのに、この点を掘り下げた新聞報道に接したことがありません。そこで、筆者は行政法は全く専門外なのですが、少し検討してみました。

まず、特別区設置法7条には以下のように書いてあります。

(関係市町村における選挙人の投票)

第七条  前条第三項の規定による通知を受けた関係市町村の選挙管理委員会は、基準日から六十日以内に、特別区の設置について選挙人の投票に付さなければならない。

(後略)

住民投票を実施するのは、市長部局ではなく、大阪市選挙管理委員会なのです。そして、ここでいう「前条第三項の規定による通知」とは下記の特別区設置法6条3項の太字部分の通知ということになります。

特別区設置協議会は、前項の規定により全ての関係市町村の長及び関係道府県の知事から当該関係市町村及び関係道府県の議会が特別区設置協定書を承認した旨の通知を受けたときは、直ちに、全ての関係市町村の長及び関係道府県の知事から同項の規定による通知を受けた日(次条第一項において「基準日」という。)を関係市町村の選挙管理委員会及び総務大臣に通知するとともに、当該特別区設置協定書を公表しなければならない。

つまり、大阪市議会(都道府県議会)、大阪府議会(関係市町村議会)が承認した旨を大阪市選管(関係市町村の選挙管理委員会)に対して通知する、ということです。ここで次の疑問が生じます。市長・府知事による議会承認に代わる専決処分の実施とその通知をもって、条規6条3項にいう「通知」と言えるかです。特別区設置法が議会承認に代わる専決処分を想定しているとは考えがたく、地方自治法179条にかかわらず、これ自体違法と考える余地もありそうです。

そして、大阪市選管は橋下市長からは独立して所掌事務を実施する「行政委員会」です。地方自治はよく市長と議会の「二元代表制」ということが言われますが、行政の執行に関して言うと、「執行機関制度」という制度をとっており、首長(市長)に権限を集中させない多元主義を採っています。執行機関制度については、文部科学省のホームページに的確な解説がありましたので一部引用します。

地方公共団体の執行機関としては、公選制による首長のほか、次のような趣旨から、長から独立した地位・権限を有する委員会等が設置されている。(執行機関多元主義)

1 1機関への権力の集中を排除し、行政運営の公正妥当を期する

2 それぞれの機関の目的に応じ、行政の中立的な運営を確保する(※)

3 住民の直接参加による機関により行政の民主化を確保する

※中立的運営の確保の例

(1) 政治的中立性を確保:教育委員会、公安委員会、選挙管理委員会

(後略)

出典:文部科学省HP

そして、上記文科省のページにもあるとおり、執行機関である大阪市選挙管理委員会は、「権限行使について首長から独立性を有し、自らの判断と責任において事務を執行」します。

大阪市選管が住民投票を実施するのかが本当の焦点

もうお分かりですね。橋下市長がいくら専決処分を強行しても、市長からは独立した大阪市選管が自らの判断と責任において、橋下市長、松井府知事の専決処分を地方自治法179条違反または特別区設置法6条3項違反と判断した場合は、住民投票はそもそも実施されないのです。しかし、大阪市選管は、実体として、単独でそんな大それた事をする知見は恐らくないでしょう。そのときどうするか。選挙事務、地方自治に関する事務を統括する総務省の担当部署にお伺いを立てると思います。そして、総務省(総務大臣)は、橋下市長・松井府知事が議会招集をしない時点ですでに「違法」と言っていますね。

大阪府知事の議会招集拒否は「法律違反」 総務相が懸念

朝日新聞 2014年7月15日13時49分

大阪府の松井一郎知事(大阪維新の会幹事長)が臨時府議会の招集請求を拒んでいる問題で、新藤義孝総務相は15日午前の閣議後会見で、「首長は地方自治法上の義務を負っている。招集しないとすれば明らかな法律違反だ」と懸念を示した。

出典:朝日新聞

これらを総合すれば、橋下市長が恫喝文句に使っている「専決処分」は、ハッタリの可能性がある、ということです。もちろん、選管が日和見主義に陥って住民投票を実施しないとも限りませんが・・・(一方、自民党の大阪市議は住民投票について「予算を付けない」と言ってるようですね)。国政についても言えることですが、責任ある立場にいる政治家が発言をしたときに、右から左に報道するのではなく、発言自体を検証することが、大切なのではないでしょうか。特に、橋下市長は(弁護士の割に)過去にも記者会見で、不当労働行為の救済命令を出した大阪府労働委員会の命令について「命令に従う」と言った後、あとで異議申立できることを知ったのか前言撤回したことがあります。橋下氏が法律を知っている前提で報道をしない方が良いのではないかと思います。

また、この点について大阪市選管の見解をあらかじめ明らかにさせることも、政治的混乱の解決のためには極めて重要なことだと言えるでしょう。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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