Yahoo!ニュース

【ポチッとな】住民投票で大阪市の廃止ボタンを押すか

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
大阪市が廃止されれば市の豊富な財源は借金まみれの大阪府に吸収されていく

いよいよ、5月17日は「大阪都構想」の住民投票ですね。

法的には大阪市を廃止して大阪府ナンチャラ区を作るもの

しかし、そもそもネーミングが変で、今回の住民投票で「大阪都」ができることは断言しますがありません。今回の住民投票は大阪市を廃止して5つの「特別区」の設置をすることに賛成か、反対か、を問う住民投票であって、大阪湾岸に未来都市を造るかどうかなど、何も問われていません。これらはすべて根拠となった法律を読めばすぐに分かることです。橋下市長も弁護士なのでそれは重々知ってるはずなんですが。

この法律は、道府県の区域内において関係市町村を廃止し、特別区を設けるための手続並びに特別区と道府県の事務の分担並びに税源の配分及び財政の調整に関する意見の申出に係る措置について定めることにより、地域の実情に応じた大都市制度の特例を設けることを目的とする。

出典:大都市地域における特別区の設置に関する法律 第1条より

大阪量保存の法則

行政の枠組みを変えただけで経済が発展する訳はないですね。そこに住む人も、そこにある企業も、何も変わらないのですから。行政の枠組みが変わるだけで産業が発展し、経済が好転するのなら、全国の自治体がこぞってそうするでしょう。筆者はこれを「大阪量保存の法則」と名付けたいと思います。「大阪都になればこんなに~~が」という議論はすべて、眉につばをつけてよく見定めた方がいいでしょう。

むしろ、自治体の徴税権や他の権限についていえば、今の大阪市がそうである「政令指定都市」は基礎自治体のくせにほとんど都道府県並みの権限を持つ最強の自治組織です。昨今、相模原市、新潟市、静岡市、浜松市、熊本市など各地で政令指定都市が誕生しているのも、法律で政令都市発足のハードルが下げられたためです。言い方は悪いですが、各市とも、県から徴税権と権限をぶんどるために政令指定都市になるのです。県内の政令市外の地域の住民は「ずるいぞ」と思っているかもしれません。

一方、廃止後に出現する「特別区」は町村並みの徴税権・権限しかない、最弱の自治体組織です。「大阪量保存の法則」により、弱くなった分の税金や権限は大阪府に移行します。大阪府はそのお金を堺市や岸和田市や千早赤阪村を含めた府全体のために使います。「元大阪市のために使われる」が幻想であることは、大阪府議会の定数88のうち大阪市域から選出された議員が33名しかいないこと、そして、大阪府が借金まみれの自治体であることからだけでもおおよそ分かるんじゃないでしょうか。そもそも大阪市が無くなるので他の府民からは「元大阪市?ナニソレ?」と言われるでしょう。

学者やジャーナリストからも大阪市廃止による弱体化・住民サービス低下を危惧する声が高まっています。

「「大阪都構想」その損失は計り知れない(全国の地方財政学・行政学者が警告)」

「今のまま? それとも悪くなる?気になる住民サービスの行方」

行政の割り変えコストは680億円

大阪市が廃止されると、5つの特別区と、1つの事務組合と、大阪府にそれぞれ権限が移行されます。区役所建設等の行政の割り変えのコストだけで680億円と見積もられています。

日経新聞「大阪都構想、移行コスト680億円 名称変更には法整備」

区役所だけではなく、例えば橋下氏の嫌いな?教育委員会も新しく5つも作るんですよ。その680億円で役所を作る以外にできることは沢山ありそうですね。某有名作家さんが『あの金で何が買えたか(大阪番外編)』を書いちゃうかもしれません。

二重行政云々いいますが、今の大阪府知事と大阪市長はともに維新系なので、それでも二重行政があるのなら単なる失政の予感がします。むしろ、大阪市廃止後は、大阪府、事務組合、特別区という三段階の行政となります。これは「三重行政」と批判もされています。

毎日新聞「社説:「大阪都構想」告示 投票日まで徹底議論を」

事故った新幹線を穴ほって埋めるが如し

橋下式行政の総括というのはあまりちゃんとされていません。橋下府政により「倒産寸前」から「優良企業」に生まれ変わったはずの大阪府は、なぜか橋下府政の前後一貫して借金が増え続けています。

大阪府のホームページより
大阪府のホームページより

大阪市でも、橋下氏の肝いりで始まった大阪市の「公募区長」「公募校長」などの不祥事の数々(「維新 不祥事リスト」参照)についてどう総括されるのかいまだ不明です。橋下氏が自らの後援会会長の子息を「特別秘書」として採用したのにほとんど仕事をさせずに給与だけ払っている疑惑(「橋下市長特別秘書は本当に仕事をしてるのか? 裁判所に業務メール提出も内容なし」参照)、労働組合に対する不必要な攻撃で大阪市が裁判に負けまくっていること(産経新聞「橋下市長、対労組訴訟で1審“全敗”」参照)など、まだケリのついていない問題も沢山あります。そもそも、大阪維新の会は「大阪市をバラバラにしません。」「大阪市を潰しません。」が公約だったはずなのですが、これに至っては一体どこへ行ってしまったのでしょうか。

大阪維新の会が市長選のときに配付したビラ
大阪維新の会が市長選のときに配付したビラ

こういう橋下式行政の運営上の問題点や疑惑に白黒つけないまま大阪市を無くしてしまうのは、どこぞの国で脱線して多数の死傷者を出す事故を起こした新幹線を穴を掘って埋めてしまったのと大差ないように思えます。

良いものなら何度でも提案される

米アップル社のCEOだったスティーブ・ジョブズは、よい提案があっても一度は却下したそうです。却下した提案がさらに練られることで、より良い提案となるのです。橋下氏が執念の男であることは、反・維新の人でも親・維新の人でもある程度共有していることでしょう。「大阪都構想」がそんなに良い提案なら、この先、橋下市長が何度でも提案するんじゃないでしょうか。何しろ市長は替わらないので。一方、一度廃止した大阪市を元に戻すことは断言しますが不可能です。そういう法律がないからです。スティーブ・ジョブズの逸話は、大阪市を廃止して街が良くなるという確証がない限り、反対票を投じるべきことを示唆しているように思います。いうなれば橋下市長に「よりよい提案をさせるための却下」です。

対案?甘えるなよ

すでに書いたように、大阪市は、全国的に見れば、今でも最大級に強大な都市であり自治体です。大阪市が自力で成し遂げられないことは、鳥取県でも、島根県でも、京都府でも、そして大阪府でも成し遂げられないでしょう。大阪市の廃止について「反対するなら対案を」というのは他地域から見れば現実逃避の甘えです。他地域と比べれば格段に恵まれた大阪市民がそういう甘ったれた考え方で自治をしている限り、先人たちが自分たちの力で作り上げた大阪は凋落するばかりでしょう。今ある強い権限を生かし、よりよい街をお作りくださることを、「今も昔もみやこは京都」から高みの見物をさせて頂きたいと思っております。大阪は関西の要なので、ちゃんとしてくれないと、京都の我々も困るのですよ。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

渡辺輝人の最近の記事