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反・戦争法案の運動が本格的な落選運動に発展する可能性

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
国会前の学生らの活動。彼らの運動はどこへ向かうか。(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

7月15日、16日に、自民・公明の与党が衆議院で安全保障法案(いわゆる戦争法案)を強行採決して以降、日本列島全体が、街頭で抗議する人々の活動で騒然となっている感があります。一連の戦争法案に反対する運動の特徴は、SEALDsなど学生が運動の中心を担っていること、また、大学教授らが中心になって「立憲デモクラシーの会」「安全保障関連法案に反対する学者の会」を立ち上げ、これまた大きな力を発揮していることだと思います。また、地方議会が法案反対または慎重審議を求める決議を挙げたりしています。

7月19日の大阪のデモの様子
7月19日の大阪のデモの様子

筆者が住んでいる京都についていうと、この街は宗教が権威を持っており、真宗大谷派(本山は東本願寺)が戦争法案に反対する声明を出したりしています。本山修験宗(本山は聖護院門跡)も法案の撤回を求める決議を挙げています。京都は学生の街でもあるので、SDEALDsも活発に活動しています。学者の活動も活発です。従来からの市民団体・労働組合なども、いつにも増してデモ・街宣をしています。

舞台は参院へ

いずれにせよ、衆院での法案の可決を受け、議論の焦点は参議院へと移りました。参議院は「良識の府」とも言われ、衆院よりも突っ込んだ議論が期待されますが、政治的な特徴は、来年7月に改選を控えた議員が半分いること、そして、議員の数が衆議院ほど多くない(来年改選の与党議員に絞れば60人程度しかいない)ので、個々の議員を焦点とした運動が組みやすい、ということだと思います。名簿を作って、有権者が総当たりで各個撃破していくことも、視野に入ってくる数なのです。

7月18日の京都・円山野音の集会の様子
7月18日の京都・円山野音の集会の様子

また、強行採決すら見越して、すでに、著名な学者が、選挙も見据えた長丁場の戦いの可能性を見越す発言をしているようです。

落選運動の成立の可能性

しかし、上記のような運動の成り立ちからして、学者の団体や、学生の団体が、特定の党の候補者を推薦したり、支持したりして運動を展開するのはなかなか難しいようにも思います。名前を出しておられる学者の方々の顔をみても、普段の支持政党が全く違う人々が同居しているように見えるからです。SEALDsにしても、一部の心ない人々に特定政党との結びつきを強調しようとする向きがありますが、彼らの活動を見ていれば、特定の政党に与していないことは明らかですよね。

一方で、これらの団体の一致点が、「戦争法案への反対」「憲法違反ないし立憲主義違反」であることも明確なので、戦争法案に賛成する議員、憲法や憲法による統治の仕組みを侵害する行為をした議員を落選させるための運動なら、現在の組織の枠組みのまま、スムーズに移行できるように見えます。自民・公明党の議員であれ、戦争法制に反対の立場を取れば落選運動の対象から外れるわけですね。

そして、SEALDsをはじめとする、学生さんたちは、インターネットを利用するのが本当に巧みですね。

そうすると、これらの団体が中心となった落選運動の成立の余地があるように見えます。

落選運動とは

実は、2013年のネット選挙解禁にあわせて、総務省は以下のようなガイドラインを発表し、落選運動は「選挙運動」にはあたらない、という見解を示しています。ここでいう「落選運動」のポイントは、(1)特定の候補を落選させる目的があり、(2)他の特定の候補の当選を図る目的がない、ということです。

※落選運動について

○公職選挙法における選挙運動とは、判例・実例によれば、特定の選挙において、特定の候補者(必ずしも1人の場合に限られない)の当選を目的として投票を得又は得させるために必要かつ有利な行為であるとされている。

したがって、ある候補者の落選を目的とする行為であっても、それが他の候補者の当選を図ることを目的とするものであれば、選挙運動となる。

ただし、何ら当選目的がなく、単に特定の候補者の落選のみを図る行為である場合には、選挙運動には当たらないと解されている(大判昭5.9.23刑集9・678等)。

○本改正における「当選を得させないための活動」とは、このような単に特定の候補者(必ずしも1人の場合に限られない)の落選のみを図る活動を念頭に置いており、本ガイドラインでは、当該活動を「落選運動」ということとする。

○なお、一般論としては、一般的な論評に過ぎないと認められる行為は、選挙運動及び落選運動のいずれにも当たらないと考えられる。

出典:改正公職選挙法 ガイドライン」第1版 - 総務省p29-30

普段の支持政党がばらばらである学者や学生が集う団体が、「憲法違反」「立憲主義違反」をリトマス試験紙として、それに反する候補者に対する落選運動を展開するのは、まさに総務省が可とする落選運動の典型例であるように思えます。

落選運動は実現するか

そして、落選運動は「選挙運動」ではないので、公選法の事前運動規制にかかりません。明日からでもできます。そして、落選運動のいいところは、現状の安保法制反対の運動から、安倍政権流にいえば“切れ目なく”移行できることでしょう。むしろ、先に述べたように、今の段階から、与党議員を個別にねらい撃ちにして、「憲法違反をやってみろ。次の選挙で目は無いぞ」という提起が重要な時期になっているように見えるのです。2000年の韓国の総選挙では、市民団体が中心となった落選運動が威力を発揮したことで知られています。今、日本でも、類似の運動が成立する余地が大きく開いているように見えるのです。

もちろん、運動体の運動方針は、そこに集う人々自身が決めるところで、筆者が干渉するような性質のものではありませんが、総務省や大審院(戦前の最高裁)が落選運動にお墨付きを与えている、ということは念頭に置いて今後の方針を検討すべきであるように思えます。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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