ワタミの過労自死事件の和解の凄さに付きとりあえずの解説

個人責任を認めた渡邉美樹氏(写真:中西祐介/アフロ)

昨日、ニュース報道では聞いていましたが、2008年に起きたワタミの過労自死事件の損害賠償請求訴訟が終結したようです。被災者の両親(原告)を支援していた全国一般東京東部労働組合の関係者の方のブログに裁判所で当事者が合意した和解文書が掲載されていた(原文はこちら)ので、このエントリの末尾に引用するとともに(ただし被災者の氏名は「被災者」としました)、以下で、若干、解説したいと思います。

1 なぜ自死が過労死になるのか。誰が責任を負うのか

まず、うつ病等のメンタル疾患は、疾患の症状として「死んでしまいたい」「死ななければならない気持ち」(希死念慮)が発生します。疾患の症状として死を選んでしまうわけです。「自殺」ではなく「自死」とするのもこのような観点からです。

そして、長時間労働や、過重な責任の負担、自己・他人の大きなミスのリカバー、悲惨な事故の目撃、パワハラ・セクハラなど、職場で発生する様々な要素がうつ病等のメンタル疾患の原因となります。このように過重な業務に起因して発生したうつ病等のメンタル疾患は労働災害(労災)となります。自死自体がメンタル疾患の症状として発生したと認められた場合は、その死亡までが労災になる(業務起因性がある)訳です。

一方、使用者(会社)は労働者に対して「安全配慮義務」を負っており、上記のような労災(である自死)の発生について、使用者に安全配慮義務違反がある場合は、会社は労災補償の範囲を超えて全面的な損害賠償義務を負います。この点については、「電通過労自死事件」の最高裁判決(裁判所のHPはこちら)をご覧戴くのが早いと思います。

また、このような過労自死が取締役による第三者に対する不法行為(会社法429条1項)に該当する場合(例えば過労が経営者の労務管理の方針によって発生し、経営者が過労状態を認識し、し得たのに放置したような場合が考えられるでしょう)もあり、過去には「日本海庄や事件」(大庄事件)で取締役個人の責任が認められています。この事件では、ニュース報道によると、責任を認められた社長等の取締役個人が賠償金を全額負担しています。

2 渡邉美樹氏が個人責任を認めた

今回の和解では、まず、会社や取締役らの被告側が被災者の死亡と過重な業務の因果関係を全面的に認めています(和解条項1(2))。そして、会社が安全配慮義務違反等による損害賠償義務を認める(2(1))のみならず、渡邉美樹氏ら同社役員個人が会社法や民法に基づく損害賠償義務を認めています(2(2)~(4))。渡邉美樹氏が「最も重大な損害賠償責任」を負っているのが印象的です。その上で、被告らは原告らに対して謝罪をしています(和解条項3)。渡邉美樹氏がツイッターでの発言等を謝罪しているのも特徴です。

賠償金の金額も高水準です(和解条項7)。もちろん、お金で人の命を買えるものではありませんが、本件の和解金の金額は、判決で、労災給付を控除した上で、被告側の責任が全面的に認められた場合の金額に事件発生後約8年分の遅延損害金(年利6%または5%)を追加した金額に匹敵すると推測されます。この金額を支払う義務について、被告側が自認したことが重要だと思われます。

3 画期的な過重労働再発防止策

また、本件では、和解の内容として、「過重労働再発防止策」(和解条項4、別紙)をかなり詳細に定め、これを被告側が自社のホームページに掲載する(和解条項5)のが特徴です。

過重労働再発防止策は多岐に及びますが、要約すると、(1)タイムカードによる徹底した労働時間管理、(2)残業時間の上限となる三六協定(さぶろく協定)の遵守とそこにおける上限時間の低減努力、(3)労基署から是正勧告があった場合は従業員及びコンプライアンス委員会への周知・報告、(4)研修や「新卒ボランティア活動」、課題について労働時間として適正に把握、(5)従業員全体に対して本購入代金等の返還、(6)労働者募集時に労働条件を詳細に記載し基本給と深夜勤務手当を分けて記載する、(7)専門化を含むコンプライアンス委員会の運営とその報告のホームページへの掲載等です。事件外のワタミの労働者全体に全面的に波及する内容であり、一事件の範疇を超えて、卓抜した内容だと評価できます。

4 評価

民事の損害賠償請求事件は、人が亡くなった場合、本質的にはそれを金銭に見積もってしまう、即物的な事件類型です。一般的には、被告が謝罪や再発防止策を誓ったり、それを世間に公表したりする義務はありません。

今回の和解はこの即物的な領域について、使用者である会社のみならず、渡邉美樹氏を含む経営者らが責任を全面的に認め、最大限の賠償義務を認めたことが重要です。

また、法的に求められる領域を超え、被告らに謝罪をさせたことも大きな意義があります。

さらに特筆すべきは、事件の範囲(事件は原告と被告らの間のものです)を超え、事件外のワタミの労働者全体に対する過重労働防止策を誓わせた点でしょう。その内容もかなり細部に及んでおり(書籍の購入代まで返還させる徹底ぶり!)、ワタミに限らず、「ブラック企業」と名指しされるような企業が労働者を搾取している典型的なパターンをかなり含んでいます。「ブラック企業問題」が社会問題化した大きな契機ともなっているこの事件で、このような「ブラック企業」の手口を許さない約束をさせたのは、極めて大きな意義があると思います。恐らく、これこそ、大切なご家族を失った原告(被災者のご両親)の思いだったのではないでしょうか。

全体として、「ブラック企業」を正常化するための示唆に富んだ内容であり、今後の「ブラック企業」問題全体にも波及する効果があると考えます。このような高水準の和解を勝ち取った原告及び弁護団、支援者の方々に心より敬意を表します。

5 展望

筆者個人としては、渡邉美樹氏ら役員が個人で賠償金を負担するかに関心が引かれます。また、その点を含め、過重労働防止策をどこまで真剣に履行するか、被告らの態度が問われます。これは、世論全体で厳しく監視していかなければならないでしょう。

また、東京東部労組がこの事件の終結に寄せた声明(こちら)で述べているように、そのためにも、現場にまともな労働組合を作る必要があるように思います。「ブラック企業」の跋扈は、全体としては、労使間のパワーバランスの崩れによって起きているのです。

また、最後に筆者の私見を述べるなら、ワタミは「固定残業代」を全廃すべきでしょう。ワタミの賃金のカラクリについては、筆者も著書で述べたところですが、ワタミは、基本給は16万円に過ぎないのに、これに時間外割増賃金や、深夜割増賃金を上乗せして24万円以上に「水増し」させて労働者を募集しています(ワタミフードサービスの募集要項はこちら。あなたはこのカラクリを見破れるか。筆者による解説はこちら。)。このワタミの新卒賃金は、何と、日本銀行の大卒初任給より高いのです。労働者の知識が少ないことにつけ込み、名だたる大企業よりも高額の賃金を提示しつつ、その内実は基本給16万円+超長時間の残業代、というような賃金提示を許されていることに、大きな問題があります。すでに述べた日本海庄や事件でもこの制度が導入されており、この制度が過労死の誘因ともなっていると思われます。率直に言えば、このような賃金の提示を全面的に禁止し、この種の企業には「初任給16万円、深夜労働時間100時間以上期待、法定時間外労働45時間以上期待」という記載を強制することが重要と思われます。

和解条項

1 (被告会社らの業務が原因により死亡したことの確認)

(1) 原告らの子である被災者は、平成20年4月1日当時のワタミフードサービス株式会社(以下、「ワタミフードサービス」という。)に雇用され、同社及び当時の被告ワタミ株式会社(以下、「被告ワタミ」という。同社を総称して「被告会社ら」という。)の指揮命令を受け業務に従事していたところ、平成20年6月12日に、横須賀市所在のマンションから墜落死(以下「本件死亡」という。)した。

(2) 被告らは、横須賀労働基準監督署長が本件死亡を「業務上の死亡」であると認定したことを真摯に受け止め、本件死亡は、被災者が連日深夜・未明に及ぶ残業や、不適当な社宅を指定されたため終業後の店内に拘束され恒常的な長時間労働を強いられたうえに、不慣れで過重な調理業務、終業後や休日に研修会への出席、課題作成に従事した心理的及び身体的負荷を受けた結果であり、被告会社らの業務が原因であることを認める。

2 (法的責任の確認)

(1) 被告ワタミは、被災者の本件死亡について、労働契約に基づく安全配慮義務及び条理に基づく注意義務を懈怠し、本件死亡について、債務不履行及び不法行為による損害賠償責任を負うことを認める。

(2) 被告渡邉美樹は、被告会社らの創業者で長らく代表取締役を務め、同人が形成した理念に基づき被告会社らを経営し、従業員に過重な業務を強いたことなどから、会社法429条1項に基づく注意義務違反及び条理に基づく注意義務を懈怠し、被災者の本件死亡について、会社法同条及び不法行為により、最も重大な損害賠償責任を負うことを認める。

(3) 被告栗原聡は、被災者の本件死亡について、会社法429条1項に基づく注意義務及び条理に基づく注意義務を懈怠し、会社法同条及び不法行為により損害賠償責任を負うことを認める。

(4) 被告小林典史は、被災者が被告会社らに入社した当時、被告ワタミの人材開発本部人事部統括本部長として、被災者が被告会社らに入社する前に、実態とは異なる就労状況や就労条件等を説明し、不適切な社宅を指定するなどして、被災者の本件死亡について、条理に基づく注意義務を懈怠し、不法行為により損害賠償責任を負うことを認める。

3 (被告らの謝罪)

被告らは、原告らに対し、前項の各義務を尽くせなかったことにより、過重な業務に従事させたことが原因で、被災者を死に至らせ、原告らに深い悲しみと重大な精神的苦痛を負わせたことについて、衷心より謝罪する。

また、被告渡邉美樹は、被災者が死亡した後に、ツイッターにおける発言などが不適切な内容を含むものであり、不相当な対応をしたことにより、原告らに一層の精神的苦痛を負わせたことを、衷心より謝罪する。

4 (再発の防止等)

被告らは、被告ワタミの従業員に対し、本件事件の和解の趣旨を十分に説明するとともに、労働基準法及び労働安全衛生法を遵守し、従業員が長時間労働や過重な心理的負荷を負わせる過重な業務に従事することを防止するとともに、別紙記載の再発防止策を行い、従業員の労働環境、健康状態に配慮し、精神疾患発生の予防に努める。

5 (本和解条項のホームページへの掲載)

被告ワタミ及び被告渡邉美樹は、インターネット上のホームページ冒頭に、本和解条項第1項乃至第4項全文(別紙過重労働再発防止策を含む)を、本和解成立の日から10日間が経過した日から3か月間掲示し、その後9か月間は被告ワタミはホームページの「お知らせ」欄の冒頭に、被告渡邉美樹は、ホームページの「新着情報」欄の冒頭に掲示して周知する。

6 (未払い賃金等の支払)

(1) 被告ワタミは、原告らに対し、被災者の未払い残業手当39万2137円及び控除金2万4675円として、金41万6812円の支払義務があることを認める(連帯債権)。

(2) 被告ワタミは、原告らに対し、平成28年1月15日限り、前項の金員を、原告ら指定の銀行口座に振り込む方法で支払う。

但し、振込みに要する費用は被告ワタミの負担とする。

(3) 被告ワタミが前項の金員の支払を遅滞した場合には、被告ワタミは、原告らに対し、前項の金員から既払金を除いた残金及びこれに対する平成28年1月16日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による遅延損害金を付加して支払う。

7 (損害賠償金の支払義務)

(1) 被告らは連帯して、原告らに対し、原告らが労働者災害補償保険法に基づき受領した遺族補償給付及び葬祭料を除き、第2項記載の損害賠償責任に基づく損害賠償金として、金1億3365万円の支払義務があることを認める(連帯債権)。

(2) 被告らは連帯して、原告らに対し、平成28年1月15日限り、前項の金員を、原告ら指定の銀行口座に振り込む方法で支払う。

但し、振込みに要する費用は被告らの負担とする。

(3) 被告らが前項の金員の支払を遅滞した場合には、被告らは、原告らに対し、前項の金員から既払金を除いた残金及びこれに対する平成28年1月16日から支払済みまで年5パーセントの割合による遅延損害金を付加して支払う。

8 原告らは、その余の請求を放棄する。

9 原告ら及び被告らは、原告らと被告らとの間に、本和解条項に定めのあるもののほか、何ら債権債務がないことを相互に確認する。

10 訴訟費用及び和解費用は各自の負担とする。

別紙  過重労働再発防止策

1 従業員の実労働時間を、正確かつ適正に記録し、実労働時間と異なる時間が就業時間として記録されることを徹底して防止する。

実労働時間は、始業時刻、終業時刻、休憩時間をタイムカード等に正確かつ厳格に記録することにより、適正なものにするよう努める。

また、勤務地と居宅が離れていることにより、深夜帰宅が困難となる事態を防止するために、人事部門が定期的に実態を調査のうえ、不要な事業場在場時間を撲滅するように努める。

2 1か月の実労働時間について、36協定(労働基準法第36条に関する労使協定)の定めに従い、従業員が定められた上限時間を超えて労働することを防止する。また、36協定の内容については、過重労働を防止するため、更新時に、現行の時間外労働時間に関する規定(1か月45時間、特別延長は1か月75時間で6回、年間720時間)を低減するように努める。

3 労働基準監督署から、事業場に関して是正勧告があった場合には、是正勧告及び是正報告等の内容を全従業員に周知するとともに、その内容をコンプライアンス委員会に直ちに報告する。

4 研修会、新卒ボランティア活動及び会社が出席を実質的に指示するもの並びに課題作成等会社がその作成及び提出を指示するものに要した時間は、適正に業務時間として記録し、残業手当を適正に支払うとともに、長時間労働を防止する。

また、平成20年度から平成24年度までに、その当時のワタミフードサービス及び被告ワタミに入社した新卒社員全員に対し、過去分として一律金2万4714円を支払う。

なお、該当者のうち退職した社員の、所在のわかる者には書面で連絡したうえ、所在がわからない者への支払いを確保するために、被告ワタミは、被告ワタミのインターネットのホームページ上に、本和解条項本文第5項に記載される和解条項の記載と合わせて、上記条件に該当する社員であった者から申し出があったときには上記金員の支払いをする(但し、本和解条項をホームページに掲載する期間の最終日までに、受領の申し出のない者を除く)旨を掲示する。

5 平成20年度から平成27年度までの間にその当時の被告ワタミ及びワタミフードサービス(平成27年度はワタミフードシステムズ株式会社)に入社した新卒社員につき、賃金から控除した本購入代金等の返還として、該当する新卒社員全員に対し、それぞれ金2万4675円を支払う。

なお、該当者のうち退職した社員の、所在のわかる者には書面で連絡したうえ、所在がわからない者への支払いを確保するため、被告ワタミは、被告ワタミのインターネット上のホームページに、本和解条項本文第5項に記載される和解条項の記載と合わせて、上記条件に該当する社員であった者から申し出があったときには上記金員の支払いをする(但し、本和解条項をホームページに掲載する期間の最終日までに、受領の申し出のない者を除く)旨を掲示する。

また、社員が研修に使用する書籍や手帳を購入する際の代金収納方法については、社員の自由意思を阻害しないように、別途、検討を行う。

6 正社員を募集する際には、被告ワタミは、入社を希望する者らに対し、実労働時間等、休日・休暇の取得状況、退職等の離職率、費用負担の詳細、給与の当月分の支払いを翌月25日とする取扱い(新規に入社した社員の最初の給与の支払いが翌月25日となること)等の就労実態を正確に説明する。

また、正社員を募集する際には、基本給額と深夜手当金額を分けて提示する。

7 被告ワタミは、弁護士等の法律専門家、人事労務の専門家を半数以上含むコンプライアンス委員会を運営し、定期的に労働環境及び就労実態を調査・検証することにより、過重労働の再発防止に努める。コンプライアンス委員会は当該調査・検証の結果を文書とし、定期的に被告ワタミのホームページに掲載する。