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電通を書類送検ー今後の焦点は検察庁の対応

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
(写真:ロイター/アフロ)

今朝の朝刊には、東京労働局が、今日にも、電通やその幹部職員の一部を労働基準法違反で「書類送検」する見込み、というニュースが出ました。

NHK 電通をきょうにも書類送検へ 東京労働局 12月28日 0時00分

「書類送検」は、第一次捜査機関(労基法違反については労働局、労基署)が「犯罪の捜査をしたとき」に、「書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致」するもので、原則として全ての事件が送致されます(刑事訴訟法246条。全件送致主義)。

報道を前提にすると、法人としての電通や、労働者の労働時間管理をすべきだった同社幹部職員は、違法残業をさせた罪(労基法32条違反。罰条は同法119条)で書類送検されるように思われます。同法119条は「六箇月以下の懲役又は三十万円以下の罰金」を定めていますが、仮に一人の幹部(労基法上の「使用者」)が3日にわたり10人の労働者に違法残業させると、30の罪が成立し、刑法の「併合罪」の規定が適用されるので、懲役刑の上限は9ヶ月、罰金刑の上限は30万円×3日×10人で900万円となります。

東京労働局が、何件の事件を書類送検したのかは、まず注目されるところです。

なお、電通の労働基準法違反については、東京だけではなく、関西支社(大阪市)、中部支社(名古屋市)、京都支社(京都市)にも強制捜査が入っています(朝日2016.11.7)。書類送検は各地の労働局(またはその配下の労基署)が行いますが、筆者が京都労働局に電話で問い合わせをしたところ、京都労働局は現在も鋭意捜査中、ということであり、年内の送検は無いようです。

東京労働局の書類送検でことが終わるわけではなく、各地の労働局が引き続き捜査を行っている点にも注目が必要でしょう。

今後の焦点は東京地検の対応

東京労働局によって送検された事件を処理するのは東京地方検察庁です。今後は、送致された事件のうち、東京地検がどれだけの事件を起訴に持ち込むかが焦点になります。この点、我が国の司法制度では「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」という「起訴便宜主義」(刑事訴訟法248条)が取られており、起訴/不起訴について、検察官に広範な裁量が与えられています。

起訴便宜主義は、「犯人」の人権保護の面から見て、悪くない部分もあるのですが、一方で、検察官が本来は起訴すべき案件を不起訴にしたり、不起訴にすべき案件を強引に起訴に持ち込むなどの「公訴権濫用」の懸念があります。最近でも、甘利明・元経済再生担当大臣やその秘書らがした、業者からの現金授受について不起訴とされたり、小渕優子・元経済産業大臣が不起訴にされたりと、公訴権の運用に疑念を生じさせかねない事案がありました。

検察が起訴に積極的でない案件については、事前に根拠の不確かな「立証のハードルは高い」という前振り報道がされることもあり、電通の件についても、すでにそのような報道がチラチラされているように見えます。東京地検が補充捜査を積極的に行い、電通やその幹部職員に対して、適正に公訴権を行使するように、注目していく必要があります。また、京都など各地の事件は、今後、各地の地検に書類送検されて行くと思われます。報道機関には、こちらのフォローも怠らないことが求められます。

弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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