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辛坊治郎さん遭難で、イラク人質事件の今井紀明氏がコメント

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

全盲のセーラー、岩本光弘さんとの小型ヨット太平洋横断を断念した件で、ニュースキャスター辛坊治郎氏の発言に注目が集まっています。マスメディアとの関連や、ブログのエントリー消去なども注目されていますが、「かつて自己責任論を主張したチャレンジャーが結果として失敗して税金を使用して救助された」という部分に焦点を絞って考えてみたいと思います。

◆コストで考えてしまう感覚

志やプロセスを大事にするという大義を耳にすることが多い日本において、今回のようなケースで結果にばかり目が行くのは、やはり「税金」というものに敏感になっているのだろうと思います。極端な例ですが、好奇心や正義感を持っての挑戦が結果税金を使うことになるのと、悪意ある旅行者が計画に失敗して普通に帰ってくるのと、果たしてどちらに意味があるでしょうか。

もちろん比べることに意味は無いと思います。しかし、そんな風に取り立てて考えればナンセンスだと感じるような思考に、無自覚に流れてしまうこともある気がします。まず大前提としてコストで考えるべきことと、そうでないことがあるのではないでしょうか。救助に幾らかかったとか、成功していたら幾ら動く予定だったとか、数字が出るものに関して注目が集まりますが、片方はただの皮算用ですから、その二つを同列に扱うこと自体にも違和感があります。事件に対して持つ印象の根拠が「数字」や「仮定」に寄りすぎていないかを立ち止まって考えてみることが大事だと思います。

◆かつての自己責任論について

もう一つ今回議論となっているのが、辛坊氏がかつてイラク日本人人質事件被害者に対して「自己責任」論を展開していたという事実です。

イラク人質事件の被害者としてバッシングされた当の今井紀明氏にお話しを伺いました。事件後は道を歩いているだけで突然殴られることもあったという今井さんは、「悩みましたが、これは言いたいことなので言います。僕は国民であれば誰であろうとどんな人であろうと助けられるべきだと思う。彼が当時批判していたことなど関係ない」といいます。「これ以上の発言は今の立場ではできませんが、僕が言うことにも意味があると考えましたし、とりあえず意思表示だけしておこうと思いました。」と語る今井さんは、現在NPO法人の共同代表(※)として、不登校やひきこもり、いじめの経験者が多いとされる通信制高校でキャリア教育プログラムを実践しています。当時自己責任を問われて「わからない」と答えた今井さん。彼だからこそ感じることが出来た絶望と希望があったはずです。その葛藤と経験をバネに社会に目を向け、新たな道を開拓する姿は若者の共感も集めているようです。

◆「これまで」と「これから」

救助直後の記者会見で今後について「どの面下げて」と発言した辛坊氏。自己責任論についても後に「反論できません」と語っています。

言うまでもなく人質事件と今回の遭難は全く違うものですが、今井さんの言うように、過去や未来は置いておいて、今助かったという事実が一番大事で、また助けることが出来た日本政府、海上保安庁、海上自衛隊に対して評価があって良い気もします。もちろん、助けられたら感謝の念や、反省も必要でしょうし、反論したら元も子もないと思います。どの道そういうことを全て引き受けることになるのですから、「責められても仕方が無い」という感覚と「責めても仕方が無い」という感覚を当事者と私達の双方が持ち、起こったことを今後の教訓にして行く姿勢が大事なのではないでしょうか。(矢萩邦彦/studio AFTERMODE)

(※)NPO法人D×P(http://www.dreampossibility.com/

アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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