戦場の移り変わりについていけない人は死ぬ 「切込隊長」から「山本一郎」へ【発信の原点】

あるときは社会問題に舌鋒鋭く切り込み、またあるときは標的に徹底してネット的なブラックユーモアをぶつける……そんな山本一郎さんへの評価は人によってさまざまだ。投資家として成功しながら、ブログ、雑誌、テレビ、SNSなど様々なメディアで発信し、「炎上上等」と言い切り、ネットでケンカをさせたら、おそらく右に出る者はいない。しかし、いまいち判然としないのは、山本さんが「何のために、それをしているのか」だ。

2013年の参画以来、Yahoo!ニュース 個人のオーサーとして、すでに669本(2016年8月31日現在)の記事を執筆している山本一郎さん。90分間、一貫して論理立った説明と、圧倒的な情報量の受け答え、時折差し込まれる「知らないほうが幸せだった」と筆者が感じるほどの際どいネタに翻弄されたインタビュー。しつこく粘った結果、最後に何気なくこぼれたのは、驚くほど真摯な発信の原点だった。

■ネットの30年選手・山本さんの「恐いもの」

――山本さんって、恐いものはあるんですか?

それはやっぱり、暴行とか拉致ですよね。

――では、身の危険を感じることも……?

昔からあります。でも、「狙われているようだ」というような情報が入ってきたり、自分でも、人の顔覚えるのは得意なので「何か見たことあるヤツがいるぞ」「このナンバーの車、前にも見たぞ」と気づけたり。

怖いものが「暴行や拉致」とは穏やかではないが、これまでの山本さんの発信の数々を知っていれば、納得できる部分もあるだろう。時には業界のタブーに触れ、名指しで有名人に噛みつくなど、「そこまでやって大丈夫?」と読者がヒヤヒヤするような記事も多数ある。

――ズバズバと切り込む発信をしていて、例えば「訴えられたらどうしよう」といった怖さを感じませんか?

訴訟は別に怖くはないですよね。別に死ぬわけじゃないし。自分なりにちゃんと調べて書いたものが裁判になるのであれば、それは仕方のないことですから。

ただ、最近は昔書いた記事で実名を挙げた人に「反省して再就職しようとしているのだが、山本さんの記事で書かれた名前がネットに残ってしまっている。どうか削除してもらえないか」と言われることもあって。そういう場合は、なるだけ応じるようにしています。その際は「馬鹿だの詐欺師だの悪口書いてすいませんでした」みたいに、お互いに頭を下げて終わる機会が増えましたね。

――このように過激な発言をされる一方で、山本さんと実際にお会いすると、本当に腰が低い方だなとビックリしました。

本当ですか、そんなに恐い人間じゃないんですけどね。

■パソコン通信でスタートしたキャリア、一時は探偵も経験

――初めて山本さんを認識したのは5年ほど前でしたが、そのときはTwitterで暴言を吐いていらっしゃいました。それから5年ほど経ち、今でもTwitterで暴言を吐いていらっしゃいます。

これは、大変失礼致しました。

――変わらないことというのは、他人が想像するより難しいことだと思います。発信をはじめてどれくらいになりますか?

パソコン通信の時代からすると、もうすぐ30年ですね。高校時代、自分が参加していた草野球チームにパソコンの営業の人がいて。そこで教えてもらったわけです、「世の中の流れはこっちだよ」「パソコンでみんなと話し合えるんだよ」、と。そう言われたときに、ああ、そういうもんなんだ、とわかったのが、自分の人生にとっては大きいでしょうね。パソコン通信を実際にやってみて、おもしろいなと思ったことが、発信のきっかけになっていると思います。ほんと、パソコン通信に夢中になりました。

――我々がイメージする「山本一郎」という存在は、パソコンと共にはじまったのですね。

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はい。それからも、大学生ながらパソコン好きが長じて、小遣いやバイト代などを貯めていて、親父が経済的に苦労したときにはその金を元手に自分で株をやってみました。それがたまたま当たったわけなんですが、それも結局パソコン関連の銘柄なんですよ。アメリカに遊学しているときにもちょいちょい投資して、運よく、とても上手くいきました。パソコンというものへの理解や興味のおかげで、親父を助けることができた、と言えるかもしれません。

18歳から興味本位で証券投資をはじめて、それも上手くいって、順調に投資を続けた結果、1999年にITバブルが終わるくらいまでは、好きなことをやっていても株が稼いでくれる、という状態でした。投資家としてのキャリアのきっかけにもなっています。

――山本さんの本業というか、主に生活を支える基盤になっているものは、どの仕事になりますか?

それは投資家としての仕事ですね。

――では、18歳から投資をしながら、他にどのようなお仕事を?

大学を卒業して、最初に日立系の国際電気(当時。現・日立国際電気)に就職したんです。人生最初で最後のサラリーマン生活でしたが、そこを半年で辞めてしまいまして。96年のことなんですが、そのころは証券投資に夢中になっていて、一晩で数百万の稼ぎを確認できることがある一方、就職先はすごく良い会社だったものの初任給は20万ちょっとで、手取り16万ほど。9時5時で1日の大事な時間をこんなに使って、稼ぎはたったこれかと悩みました。会社を興すのにも興味はあったのですが、知識も人脈もない。そんな折に、大学の先輩が探偵社をやるというので、事業の立ち上げ方を知るためにも、まずそこで探偵になりました。

――探偵に!?

その探偵社は対企業で、不祥事の調査専門だったんです。例えば、横領事件とか横流しといった事件を調査するときに、わざわざ相手の会社に就職をして中に入って調べるみたいな、そういうことをやる。起業のための修行と思っていましたが、想像以上に楽しい仕事で、途中で事業売却するまで、2年半ほどやっていました。

――その頃に培われたものって、今の発信にも生かされている……?

そりゃあもう。例えば探偵の基本動作である「ゴミ箱を漁る」ということなど、調査にとても役に立つことを知りました。会社では上の人がいろいろな指示を出して、その指示を人に伝えるためのメモを書きますが、それはいずれゴミになるわけです。だから、真実というのは、意外とゴミ箱の中にあったりする。

書きかけの書類がそのままゴミ箱に捨てられていて、そういう情報をつなぎ合わせて真実に迫る、みたいなことは、私の性分として合っていたんだろうと思います。

それから、いかに見知らぬ組織に入り込むかということも経験しました。ご一緒した会社での調査方法は、対象の会社に実際就職して、数カ月から半年くらいその会社で仕事をして、中で人間関係を築いて……というもの。そうやって、中にいないとわからない問題を聞き出さなければいけない。パソコン部品の問屋や先物会社、ソフトウェア会社など、いろんな会社で面白い経験をさせていただいて、あの頃に知り合った人たちとは、いまでもネットでつながって、情報交換をしています。

■山本さんがジャーナリストを名乗らない理由

――山本さんの調査能力の由縁を見た気がしますね……。今の調査はどのように?

Yahoo!ニュース 個人に書いたり、どこかに寄稿させてもらったりするケースは、自分自身の知見だけで書くことも多いです。オピニオン系は、手持ちの情報だけで書けることが多くあるので。他にも、特定の週刊誌で「お前の力が必要だ」なんて言われて、ロールプレイングゲームみたいにパーティーが組まれて、自分の名前は出さずに、編集部という特殊な立ち位置で、傭兵として調査をさせていただくケースも年に3~4回くらいはあります。あとは、あるドラマ制作で社会問題を取り上げる回を作りたいと言われると、脚本のもとになるリサーチをするとか。

だから、自分の意識はジャーナリズムじゃなくて完全にインベスティゲート(調査)なんですよね。だから、自己紹介をするときはブロガーです、投資家です、と。頑なにジャーナリストと言わない理由は、そこなんですよ。

――具体的には、どういうことですか?

自分がしなきゃいけないことは、「解を導き出すためには何の議論が必要なんだっけ」みたいなものを紡ぎ出す“モノの考え方”の提示です。言い方は悪いですけど、事実の切り口を替え、議論を混ぜっ返すことで見えてくるものがあるんじゃないか、ということですね。例えば、都議会議員の内田茂さんという人物がいて、都政の渦中にいる人として報じられたり、議論の俎上に乗せられていろんな評価をされたりしましたよね。でも、私が思うには、その評価と実態があまりにも違う。

「内田茂っていうのは都議会のドンで、自民党都連の中枢だと。あいつは悪いヤツだ、けしからん」なんてみなさんおっしゃるんですけど、じゃあ本当の、生の内田茂ってどんな人なのかというと、単純に人見知りで厳格なおっさんなわけです。選挙は弱い、でも人情味があって組織内では支持する人も多い。でも、報道とか世論は、結局その人の強い部分とそこが映し出す闇を見て批判するじゃないですか。実際には弱い内田茂の一面というのもたくさんあって、逆に都議会のドンと言われるだけの素養だとか経緯だとか本人の性格だとか潔癖さとか、周辺の人がそれでもついていく度量もあるのでしょう。そういったいろんな要素が介在していて、じゃあ今はいろんなメディアがいろんなことを書くんですけど、それが本当に内田茂さんという人全体を示したものなのかというと、また乖離があると思うんですよね。

――メディアに関わる者として、身につまされます。

それって、どんな組織でもどんな人物でもどんな事件でも、あり得る話だと思っているんです。だから、自分の目で見てみないとわからない。具体的に、人の話を聞いてみないと理解できない。誰かに伝えられて二次情報として理解したつもりになるんじゃなくて、自分が一次情報をまず取りに行くというのは昔から心がけています。

ただ、自分は専業ジャーナリストのように自分の持ち場を日々歩き回って、取材して、ということはしていませんし、人脈もビジネス側はともかくとして、あんまり関わりのないところには当然、知り合いがいない。だから、それはもう正面突破するしかありません。電話してアポをとったり、「なんで応対してくれないんですか!」って文句を言ったり、向こうも「めんどくせーな」って感じの時もある。それでもちゃんと話を聞きに行って、あなたのこと悪く書こうとしているんじゃなくて、事実関係をぜひ教えてほしいんだ、場合によってはあなた方の言い分も平等に紹介するし、なるべくフラットに話したいんだ、聞かせてくれって言うと、まあ6~7割は応じてくれるんですよ。最初はあんまり話を聞かせてくれなくても、2回3回と行くと、なんとなく喋ってもらえることもある。そうすると、いろいろ見えてくるものがあるわけですよね。 

――徹底されています。

事実に近づくというのは、私の場合、当事者の話を聞くことでしかできないですからね。ただ、向こうも忙しいと利益のない会話はしたくないはずだから、賛同するかは別として、まず理解してあげることは心がけていますね。「是非はともかく、わかります」と。

■仕事ではないのに、なぜ情報発信にこだわるのか

――山本さんは商業ライターではありませんし、ジャーナリストでもないと言います。お金のためではなく、ジャーナリズムでもないところでこういう活動をされている。それは逆に、かなり強い動機がないとできないことだと思います。なぜ、そこまでできるのですか?

興味本位ですね。

――サラリと(笑)。

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習い性みたいなもので。子供の頃、他人のケンカを見に行くことが大好きだったんですよ。上級生にいじめられているヤツがいると聞くと、見物に行く。1人で行くとこっちに矛先が向くかもしれないので、必ず何人かで行くんですよ。で、状況が悪くなる前に先生にチクるんです。

――ナチュラル・ボーンなんですね。

嫌な奴かも知れないけど、でも何か別の刺激を与えることで、対立している右と左が「俺が悪かった」「やりすぎてごめん」と雪解をするきっかけを作ることはできると思っているんですよ。それが大人になって、子供みたいなプライドが邪魔して頭が下げられない、という理由でとんでもないこじれ方になっていることがある。そんなときは、見物している側が、野次ったり煽ったりしながら橋渡しすることで丸く収まることもあるのだろう、と。

関係者に取材をすることや、問題のどこを切って提起したらみんなが興味を持つのか、ものすごく興味があります。自分以外が問題を解決したり、もしくは理解したりするために必要な知識を、自分が見て、調べたものを通じて伝えられれば、それが一番自分にとっては気持ちがいいというか、自分が生きている感覚がするというか。

――山本さんが発信をする上で、生活基盤が別にあるのはかなりの強みではないかと思っています。例えば商業ライターだとしたら、クライアントの意に沿わないことを書くのはなかなか難しい。好きなことを好きに書ける環境づくりは意識していますか?

仮に投資事業のようないまの本業がなかったとしても、自分はこういうことをやっていると思いますよ。実際、儲けだけなら投資事業だけ真面目にやっていればいいのでしょうが、稼ぎをそっちのけにしてネットでケンカしていたりしますからね。それは、自分のアイコンというか、何を旗頭にしている人かにもよりますが、他の人に迎合することを書いてお金をもらうことが本業になっちゃっていると、そこには確かに制限が出てくるでしょう。

ただ、自分の理想とか主義主張とか、もしくは何かを知りたいとか、目的がある程度はっきりしていく中で、「ここではこういう書き方をしたけれど、自分はそうは思っていない」と言える機会を持てば、事情は変わってくる。「あなたの意見はわかります。ただ、実際はこうですよね」という書き方なら、そんなに角は立たないわけじゃないですか。本人からの釈明が得られたり、次のコンテンツにつながったりしていく可能性もありますし。

だから、間違ったことを言っているヤツを取材したときに、単に「○○死ね」と書くんじゃなくて、「○○さんの言っていることはこうです。でも、調べてみると、理解はできるけどおかしいんじゃないですか。だから死ね」みたいにきちんと理由をつけた話をどこかで書くと、それはやっぱり真っ当な人に望まれる記事になって、次につながる可能性はありますよね。

――山本さんは、どんなときに問題を問題と認識するんですか? 興味の先にあるのは社会正義なのか、何なのか。

この衰退していく日本社会が、次の世代のために少しでもよくなってほしいというのはありますよ。私たちの責務は、よい社会を子供たちに引き継がせることですから。最近は東京大学に籍を置かせていただいているのもあり、付け焼き刃ですが社会保障や特定政策についていろいろ勉強する機会をいただいています。よく界隈からは「遊び人から賢者にジョブチェンジした」と言われるんですが、私としては昔からやっていることはそう大きくは変わっていません。

私は、あんまり、道理なく物事が進んだり動いたりするのが好きじゃないんですよ。筋論としておかしいというのはどうしても許せない。「なんとなくそうなっていた」ことであっても、その「なんとなく」というのには必ずその人なりの判断があって、利得があって、それがプラスだと思っているから続いているわけじゃないですか。でも、そのプラスが実は、他の人にとってのマイナスだったときに、そのプラスを維持するべきかというのは、必ず議論になりますよね。

でも、こういう利害対立って、お互いが問題を正確に把握した上で発生している場合もあれば、お互いがお互いに気を使っているせいで発生していることもあるんです。蓋を開けてみたら意外とみんないいヤツだった、みたいな。そうなると、「もっと胸襟を開いて話す機会があれば、問題なくやっていけるじゃないですか」と言ってあげることで解決できた、という経験がこれまでに結構ありました。自分が記事を書いて、全体像を補完することによって、そういうことが起こればうれしいとは思っています。

■「こだわり続けると死んでしまう」切込隊長引退の理由

――長らく山本さんの代名詞だった「切込隊長」を引退する、と宣言されたのはなぜですか?

いや、切込隊長については、結婚して家内も妊娠して子供できるのに、白髪頭で切込隊長はないだろ、みたいな(笑)。もともと切込隊長というのは、パソコン通信時代に当時所属していた草野球チームがBBSをやっていて、僕はチームの中で足が速かったので、非力だけど監督に走力を買われて一番打者を担当していた時期があったんですね。それで、同じチームにいたBBSのシステム管理者に「じゃあ、山本くん、ハンドルネーム(パソコン通信上のあだ名)つけておいたからね」と言われて、それが切込隊長だったという、ただそれだけで。別のBBSのハンドルネームは「白にゃんこ」でしたからね。最初からこだわりがあった名前ではないんです。

――山本さんにとって、それから20年近く付き合ってきた「切込隊長」とは何だったか、教えてください。

自分の名前には、正直、何のアイデンティティーも持っていないんですよ。

――意外です。

本名もハンドルもあんまり興味がないです。いい歳して切込隊長名乗るのも問題ですが、本名だって「山本一郎」ですよ。冗談キツイです。

アイコンとしてしばらく重宝した時期はあったんですけど、だんだん、やっぱり、負担になっていくわけですよね。

――それは「誰よりも先に切り込んでいく人間」と思われることに、ですか?

いや、これは結構、話すと長いのですが。「切り込む」「先を走る」というのは、実はそれなりに大変なことなのです。何よりもまず自分が生き残らなければならないから。今って、ネット出身で言論してお金を取れる人というのは、実はあんまり多くないんですよ。

自分らの時代って、パソコン通信からネットの黎明期に、例えばテキストサイトやSNSのはしりみたいなことをやって、発信する人がものすごく多かったんです。なのに、Windows 95からちょうど20年ぐらいたって、書き手なり事業家として名前を大いに出して生き残って繁盛しているヤツはどれくらいいるのか、と。それこそ、サイバーエージェントの藤田と私と堀江(注:堀江貴文氏)ぐらいじゃないかというくらい、外に出てものを喋るネット発の人ってあんまりいない。実は私たち、SMAP木村拓哉と同世代です。何だこの差は。

――ずっと発信を継続している方は、たしかにあまり思いつきません。

それなりの数の人間がパソコン少年と言われ、ネットを趣味にし、インターネットの黎明期においてデジタルネイティブ初代と言われていたはずなんです。そして、90年代の「失われた10年」と呼ばれる、英語かパソコンができなかったらリストラという時代に、これから社会が良くなるかどうかわからない中で、社会人になったわけですよ。ネットがどんどん発展していく世界で、世に出た初代が我々だとするならば、放流された稚魚のうち成魚になって川を上っていく魚があまりに少ないんじゃないかと、振り返ってみて感じます。

その激流の中で自分が何を考えていたかというと、自分を常に作り変えなきゃいかないということなんです。パソコン通信が始まって、草の根BBSがあって、そのあとニフティサーブやPC-VANができた。当時、草の根BBSに固執していた人がいたんですけど、そういう人たちは草の根BBSの衰退とともにみんな死ぬんですよ。

――死ぬというのは、ネットからいなくなるということ?

はい。自分はニフティのビジネスマンフォーラムとか、ベースボールフォーラムとか、そっちの方に入って行って、パソコン通信の流れに乗りました。その後、Windows 95によってインターネットの時代は匿名BBSになった。そこでパソコン通信、そしてパソコン通信にこだわっていた人たちが、パソコン通信の衰退とともに死ぬんですよね。

匿名BBSの文化から、次はブログになっていって、今度は匿名BBSにこだわっていた人は死ぬんですよ。そして一時期テキストサイトが流行って、それに固執した人は死に、次はミクシィのようなSNSになって、ブログしかやってなかったら死ぬんですよ。それから新しいSNSがどんどんできて、TwitterやFacebookだとか、最近ではInstagramやSnapchatが出てきて、次から次へといろんなものが登場して、次に来るものに乗っかれなければ、そこで死ぬんですよ。前のトレンドにこだわって成功しても、結局流行が去ると誰も見向きもしなくなってしまう。

要は、時代時代に必ず新しいフィールドとか舞台があって、そこにちゃんと乗っかっていかないとサバイバルできない。自分のどこに価値があるのかを見定めて、生き残ることが、何よりも大事です。その時に、いわゆるハンドルネーム文化という、かつてパソコン通信でお互いを理解し合うためのアイコンとして使われてきたものが、今の世の中必要なくなってきていることに気づいたんですよね。

じゃあ、本名でやった方がよっぽどいいですよね、パソコン通信の世界の人たちだと思われないようにした方が得ですよねって判断になると、ハンドルネームを捨てるわけです。生き残らなきゃいけないので。

■移り変わる言論空間で、それでも生き残るには

――それは、簡単にできましたか?

そりゃあ、少しはこだわりはあります。だって、ずっと名乗り、守ってきたわけですから。でも、他の人からしたら、そんなの関係ない。私のハンドルネームに対するこだわりなんて、誰も興味ないじゃないですか。「あの人、切込隊長っていうらしいよ」「誰? 山本一郎? 知らねーな」で終わりですよ。自分からすれば、それが自分のアイデンティティーだと言ったところで、マジョリティーには通じない。寿命が、来たのです。だから捨てるんですよ、そういうものは。

Yahoo!ニュースが来てるなと思ったら、Yahoo!ニュースに乗っからないとダメなんです。 さらに、もっといろんなメディアがウェブに記事を掲載するようになったときに、そこに自分の名前がなかったら死ぬんですよ。お座敷がかかれば、その呼ばれた先が流行している間は、自分の書いたものや考えたことを他の人に読んでもらえます。一定の客層に喜んでいただければ良いのです。生き残るためにはどこかに張っとかなきゃダメと考えたときに、パソコン通信の文化を強く引きずる「切込隊長」は、そもそもハンドルネーム自体にもう価値がなくなっているんです。だからこれを捨てたんですよ。

――今後も言論を取り巻く環境は変わり続けると思います。その中で、どうすれば生き残れますか?

例えばスマホが普及して、パソコンやガラケーに固執している人は死ぬ。スマホ経由で記事を読む人は7割を超えているようですが、私の記事はどこのネット媒体でも概ね7割強がスマホ経由で、まずこの流れには乗れています。でも、次の技術革新で人の流れはまた変わるでしょう。だから生き残ろうと思ったら、スマホの次は何だっていうのが見つけられなければ、おそらく私も死ぬんですよ。全ては自分がどう思っているかじゃなくて、状況がどうなっているかに依存するので、アンテナを高く持っていなければいけません。状況として次に来るであろう正しいものに、常にベットしておかないといけない。「波を作る人」と「波に乗る人」がいるとしたら、私は間違いなく後者です。これはもう、生まれ持ったものだと諦めるしかないので、しょうがない。

結局は、「次は何が来るんだっけ?」というのを地道に探して、見つけて、次はこれが来そうだなと思えば、そこに自分のリソースを配分していく作業の繰り返しです。駄目でもとりあえずやってみる。それが来そうだったら、自分を作り変えて、溶け込むように努力して成果を出す。それができないと死ぬんですよ。繰り返しますけど、テキストサイトで頑張っていた人たちは、ほとんどみんな死んでるんですよ。これから人通りが少なくなり、死ぬようなところにリソースを配分してもしょうがないじゃないですか。次なにの話題が来るんだっけ? 次どういうシステムが来るんだっけ? それに対して自分はどうアプローチできるんだっけ? 自分はどういう意味をそこに投げ込むことができるんだっけ? そこで価値のある仕事をするにはどうすればいいんだっけ? そうやって考え続けないと、死ぬんですよ。

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歳をとるごとに、敷かれている座布団はどんどん減っていくんです。下から新しい人も来る、自分らの世代でも上手くいっている人、いない人がふるい分けされていく。そんな中でそこに座り続けるためにどうすればいいか、と考えなければいけません。

30歳前半くらいまでだったら、「どこどこに書いてるライターのだれだれです」「どこどこ大学のだれだれです」「どこどこ会社に勤めているだれだれです」で成り立つかもしれないですけど、40真ん中から後半になってきた瞬間に、背負うものが変質してくるんですよね。「こういう実績があるだれだれさん」「だれだれさんからご紹介いただいた、だれだれさん」みたいに。そうなると、だいぶルールが変わっていくので、年代ごとのステージの変化もある。ただ、総じて戦場の移り変わりについていけない人たちが、死ぬ。

世の中、出遅れていく人がちゃんと死んでいく仕組みがあるのが画期的です。私は新聞や雑誌の人間ではありませんが、やはり紙の媒体を読んで育ってきたので、記者や編集者が紙にこだわりたくなる理由も分かります。でも、紙のしきたりを引きずっている世界は墓場です。昔はすごい記者だった、あるいは、素晴らしい編集者だったという人でも、ネットには死体が転がっています。世の中、よくできてますよ、本当に。

――どうして生き残りたいのか、死にたくないのかというのは、どうしてですか?

知りたいから。

死んだら多分調べられないし、話も聞かせてもらえないし、教えてくれないので、自分を作り変えざるを得ない。自分がどこにリソースをさけば、どう生き残るパラメーターが上がって、生き残ることができれば話が聞ける機会も増えて、みたいな、そういうロジックみたいなもんがあるかどうかだと思うんですよね。

今後も社会が変わっていく中で、おそらくどんどんツールも変わっていくし、人の通りも変わっていくでしょう。それには、人通りの多いところにちゃんと店を出しておく必要がある。テキストサイトに人が多いときは『死体置き場』というサイトに、ブログになってくれば『俺様キングダム』というブログに。でも、これはあくまでネットの中での文脈なので、一般のメディアがウェブにも記事を掲載するようになったら、これは『SPA!』に書きましょう、これは産経新聞に、あれはさらに別の媒体に書きましょうと、自分のテリトリーを少しずつ確保していって、「どこどこで読んだことのある“元・切込隊長“の山本一郎さんね」というのはある程度できました、と。

■ネット最強のケンカ師が心がけていること

――テレビ番組に出演されているのも、死なないために?

はい。いつまでもウェブ文脈を引きずっていても、他の人からすると「キモい」となる。なるべく特殊な出自の人だと思われないようにするために、切込隊長という名前を使わなくしたり、量を限ってテレビに出たり。場合によってはものを書くときも、社会事情をメインとする媒体に軸足を寄せることもあるでしょう。

やっぱり43歳のネット出身者で、人に読んでもらえる文章を書いて、次の取材につなげていこうと思うと、昔ながらのやり方でブログを書いているだけではダメなんですよね。次もおそらくあるだろうし、その次もあるだろうけど、当面自分はどこに向かっていくのか、やりたいことがちゃんとできる環境を用意するためには、自分をどう作り変えていくかだと思います。

――その準備は、いつでもなさっている?

セコい人間ですからね、わたしはね。

――セコいというよりは、ケンカが上手いという印象なんですが、実は以前からお聞きしたいことがありまして。

なんでしょうか。

――山本さんは記事を書くときに、当然、裏取りをしっかりしていると思うのですが、記事の中で重要な指摘をする根拠を、おそらくはあえて、説明しなかったりするじゃないですか。本来は根拠を併記するべきだと思うのですが、あれはなぜですか?

まず、その根拠をつぶさに書くことで、取材された側が誰かが推測できちゃうんですよ。情報源を特定されてしまうと、先方の組織内で問題になって、次から情報が来なくなってしまう。なので、基本的に取材元を守る意図、例えばサンフレッチェの件(サンフレッチェ広島のスタジアム移転問題)でも、県庁の中に草の者(情報提供者)がいるわけですよ。その草の者が伝えてきた内容をそのまま書いちゃったら「あいつだ」とわかってしまうわけです。あと、向こうも対策を打ってくると、一人ひとりにちょっとずつ情報を変えて出すんですよね。どんな情報が書かれたかによって、誰がそれを流したかがわかってしまう。だから、どこから得た情報かをわからなくするために詳細は必ずちょっとボカすんです。

あとは、槍が飛んでくる可能性がありますからね。

――槍?

記事に書かれた当事者からの反論とか文句です。内容証明が来たり、削除の仮処分が出たり、場合によってはいきなり裁判になります。そしたら、「ホラ、証拠あるでしょ」と後から出すんですよ。文春や新潮みたいですけど、浮気の記事が上がった後からLINEの証拠が出てくるパターンは必ず用意しておかないと、自分自身はおろか情報提供者を守ることもできません。あれは、クレームがあったとき用の対策です。書かれたくないことを書かれた側からクレームが来たときに一番強いのは、「実はちゃんと取材していました」という事実なんです。みんな、嘘だって言いたいんですけど、でも嘘じゃない。逆にはっきり嘘じゃないとわかっているのであれば、それはボカして書いたほうがいいんですよ。取材元を守ることにもなるし、槍が飛んできたときに「実は証拠ならあるんだよ、裁判やるかい」とした方が、書き手としては一番持ち場を守れる。

これはテクニックですが、合理的に考えても、最初からすべてを出し切って書くのは止めた方がいい。最初は、キャッチーで人目を惹き、隙があって、どこか馬鹿にしたような記事が賛否両論を伴って話題になる、という流れで良いのです。自分の中で守るべきものはなにか、槍が飛んできたときにどういう対処をするべきか、それも全部ちゃんと踏まえた上で、すべては書かない。そこは、書く側が生き残る知恵ではないかと思います。

――それは、媒体によって変えていますか?

変えていません。

――一律に、守るべきものを守り、リスクヘッジをしながら、自分自身は真実だと思っていることを発信する。

はい。

――それは、その先も、知りたいことを知り続けるために?

まず何よりも、私は興味を持ったことは、どうしても知りたい。

そのうえで、相手がなぜ私に情報を明かしてくれるか、その意図を大事にしたいんですよね。先方からすると、今メディアや風評で言われているようなことは、自分の思っていること、知っていることと違う、もしくは事実関係が異なると言いたいがために、私に教えてくる場合が多いわけです。そこで、彼なり彼女なりの言っていることをそのまま書いたら、それはその人の意見ですよね。それをやっちゃったら提供元が特定されて、著しく不利な立場になる可能性があります。

そうならないように、情報入手については複数のルートを用意しておかないとダメです。「その人からもらった情報は確認の材料に留めておいて、これは絶対に公開しない」とか、そういう立ち振る舞いができるようになってくると、調査が続けられる、続報を報じられる、また新しい問題が起きたときに、情報が入ってくる、もしくは、また別の情報が出たときに、別の所からの情報と突き合わせることができる。

■自分が知っていることを伝えることが、生きた証になる

――ただ、そうやって切り込んでいくにあたっては、やっぱり冒頭のような身の危険と隣り合わせになることもあるわけですよね? それでも発信を続けるのは、興味本位ですか?

そうです。自分は知りたいし、知ってもらいたいし。大した対価は貰いません。

――「知りたい」と「知ってもらいたい」の間には、やや距離があるようにも思います。

そこはですね、自分の知っている物事を、自分の考えの中で整理して、興味を持ち知りたいと思っている人に伝えることが、自分の生きた証になるからなんです。ちょっと関係ない話みたいになりますが、自分はかつて結婚できると思ってなかったんですよ。

――過去のブログでも時々そうおっしゃっていましたよね。

自分は本当に、天涯孤独じゃないかと思っている時間が長かったんです。それはこういう自分を理解して、それでも愛してもらえる女性って、たぶん世の中にいないだろうと思っていましたから。年齢イコール童貞の、まあ典型的な非モテです。でも、幸い家内に出会えて、愛し合って結婚して、子供もできて、家庭も順調で、すごくラッキーだったと思っているんですけどね。趣味をかなぐり捨ててでも家庭を守り続けます。

ただ、自分の人生観として、やっぱり長年の「人は一人で生きて一人で死ぬものだ」という思いが強かったのです。そうであるならば、自分がこの世に生まれたからには、何らかの使命があるはずだ、と。その使命に対して自分がどう応えられたかが自分の生きた証だとするならば、それは自分が知ったことを知りたい人に橋渡しすることだと思うんです。その考えは、家庭を築いてからも変わっていません。

私によって、いろんな被害が軽減される、困っている人が減る、筋道が通る、あるいは社会がちょっとよくなることもあればと願う一方で、自分のやったことのせいでいろんなものが壊れる人もいるわけです。「せっかく今まで上手くいっていたのに、山本が横から突入してきたんで、仕事ができなくなった」とか、いろいろあるかもしれない。

ただそれを差し置いても、自分が正しいと思ったことや自分の自由の中で体現できたことをちゃんとウェブに残していくのは、それこそ自分の生きた証なんです。生きた証がそこにあるからこそ、自分が生まれ落ちた意味があります。私への賛同はともかく、批判も一線を越えなければ大いにしていただいて結構。他人をさんざん馬鹿にしておいて、私を馬鹿にするのは許せんなんて筋が通りませんからね。自分が死ぬまで孤独であったとしても、そこに山本一郎って男がいたってことを、みんなに知ってもらえているということを納得して死ぬのがいいだろうと考えて、ずっとそういうことをやっているんです。

――最後の質問です。山本さんにとって、発信の原点をひと言で表現すると?

自由です。

知る自由、知らせる自由。常に自分は自由でありたい。

――ありがとうございました。

「この人は、本当に頭がいい人だ」――それが、インタビュー中の筆者の、率直な感想だ。一方で、ネットの世界においては、頭がいいということは強みでもあり、弱みでもある。「敵を作る」ことを恐れるあまり、多くの人が自分の意見を丸めたり、逆に尖らせたりと、本意ではない選択をしがちな中で、山本さんがそれでも真正面から「ケンカ」する理由は何か。それは、他ならない自分自身も追及の対象として、その能力を遺憾なく発揮し、本意ではない選択をしないよう己に厳しい目を向けながら、生きた証を積み重ねる信念にあるのではないか。いろいろなことを知りたい、知りたいから発信の世界で生き残りたい、知ったことを発信し知らせることは自らが生きた証――言葉にするとシンプルだが、それを30年間体現するというのは大変なことだろう。変化する時代の中で、姿を変え生き残りながら、自由に知り、発信する『山本一郎』。その今後の発信がますます楽しみだ。

聞き手・執筆:朽木誠一郎

撮影:山本宏樹/deltaphoto

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Yahoo!ニュース 個人に寄稿する“オーサー”たち。政治からスポーツ、エンタメまで、幅広い分野の専門家であるオーサーは、なぜ発信を継続するのか。その理由に迫る特別企画『発信の原点』をシリーズでお伝えしています。

第1回 原田謙介さん

楽観8割で「若者と政治」に挑む原田謙介さんの10年間【発信の原点】

第2回 篠田博之さん

なぜ極悪人と断罪される「犯罪者」の声を届けるのか~「創」編集長 篠田博之さん【発信の原点】

第3回 てれびのスキマさん

「テレビっ子歴38年」てれびのスキマさんが視聴者目線を持ち続ける理由【発信の原点】