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哀しい成長戦略。アベノミクスの中身はカラッポ。 日本は危ない。国家と個人生活を切り離すときが来た!

山田順作家、ジャーナリスト

■中身のないプレゼンとしか言いようがない会見

最近、あれほど流行ったプレゼンに見向きもしない経営者、ビジネスマンが増えた。とくに若い経営者、ビジネスマンほど、プレゼンをバカにするようになったという。

それは、プレゼンが日常化するとともに、それ自体が自己目的化して中身が希薄になったからだ。

アマゾンのCEOジェフ・ベゾフ氏もこう言っている。

「これまでのビジネスでは、70%の時間を使ってこんなことをやると大声で訴え、それを実行するために残りの30%を充ててきた。しかし時代は変わった。いまはもう逆なんだ」(東洋経済オンライン『複雑すぎるカリスマ、アマゾンCEO大解剖・カリスマ風を吹かせる時間すらムダ?』瀧口範子さんの記事より)

6月5日の安倍首相による「成長戦略第3弾」の発表が、まさにこれだった。中身がほとんどなく、サプライズもなく、よくわからないまま、「成長戦略を実現することで10 年後には1人あたりの国民総所得(GNI)を現在の水準から150万円増やすことができる」というのだ。まさに70%を使って大声で訴えたにもかかわらず、30%もできないだろうと、市場も国民も失望させた。

■東京をマンハッタンにする「特区構想」の滑稽さ

市場は正直だから、講演の途中から株価は大幅に下落した。

聞いていた私も、だんだんに哀しくなってきて、最後はこれが本当に「第3の矢」なのかと思った。

成長戦略がいかに貧弱で期待できないかは、もう山と記事が出ているので私が改めて書く必要はない。しかし、どうしてもわからないのは、「国家戦略特区」だ。

世界中から技術、人材、資金を呼び込むために、たとえば東京を特区にするという。そのためには、来日ビジネスマンが安心して通院できるよう、外国人医師の診療行為が可能になる制度を導入。インターナショナルスクールの設置要件も大胆に見直すという。さらに、ニューヨークのマンハッタンのような都心での職住近接を実現するため、建物の容積率緩和も進めていくという。

つまり、安倍首相は、東京をマンハッタンにしたいらしい。しかし、マンハッタンは職住近接ではない。多くのビジネスマンは、近隣のニュージャージーやロングアイランド、あるいはコネチカットから通勤している。日本のビジネスマンもニュージャージーのフォートリーやニューヨーク北部のウエストチェスターからマンハッタンに通勤している。

また、単に英語が通じる病院やインターナショナルスクールが増えただけで、どうして外国企業が東京に来るのかわからない。

とくにインターナショナルスクールに関しては、娘がインターの出身だけに、設置基準を変更しても外国人は増えない。増えるとしたら、日本人だけだ。

つまり、成長戦略は日本の活力を復活させる戦略になっていない。思いきった規制緩和には既得権益側からのが抵抗が大きいから、外国企業向けに「こうするので来てもらえませんか?」と媚びただけだ。しかも、その方向は、まるで「アサッテ」ではないだろうか?

日本にはまだまだ底力がある。それを引き出すのが、本来の成長戦略ではないのだろうか?

■会議が3つもあって、提言はバラバラでまとまらず

結局、こうなった原因は、成長戦略を話し合う会議が、経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議と3つもあり、ここまでバラバラに進んできたからだろう。

そうして、どの会議もまさに「会議は踊る」かたちで、まとまらなかったからだろう。

たとえば、競争力会議では、竹中平蔵氏などが、東京、大阪、愛知の3大都市圏を中心とした「国家戦略特区」を打ち出した。すると、諮問会議のほうからは「都道府県ごとの47特区を検討すべきだ」という別の提案が上がってきた。

当初は、もっと大胆な改革案もあった。たとえば、農業分野では新浪剛史・ローソン社長らが「株式会社が全面的に農業に参入できるようにする 」ことを提案、佐藤康博・みずほフィナンシャルグループ社長らは、「混合診療を推進する」ことを提案した。しかし、今回、確実に実施されそうなのは、三木谷浩史・楽天会長などが提案した「薬のインターネット販売」ぐらいである。

■8年前に提言された『日本21世紀ビジョン』

ここで思い出すのが、小泉政権時代にあった経済財政諮問会議である。「小泉・竹中構造改革」では、この内閣府の直属機関でほぼすべての政策が議論されていた。

この経済財政諮問会議は、2005年4月に、『日本21世紀ビジョン』という政策提言を出している。じつは今回の成長戦略は、この8年前の提言と内容も方向性もほとんど同じである。

当時、竹中平蔵氏(当時は経済財政担当相)は、記者会見でこう言っていた。「このビジョンが構造改革の先にある2030年の経済社会を展望しており、これから1、2年の構造改革の成否が、将来の日本を左右する」

では、この『日本21世紀ビジョン』の中身はどんなものだったのだろうか? まず、掲げられていたのは、次の3点だった。

(1)開かれた文化創造国家

日本が持つ文化や技術を世界に発信し、より魅力的で存在感のある国をつくる。そのために、教育の質を高め、外国とより活発に交流し、物、情報の自由な流れがあふれるようにする。

(2)「時持ち」が楽しむ「健康寿命80歳」

今後は「お金より時間」の豊かさを追求する。そして、国民が80歳まで健康な生活を楽しめる格差のない自由で持続可能な社会をつくる。

(3)豊かな公・小さな官

今後は小さな政府を目指し、官は縮小させる。そして、公共分野で民間活力を引き出し、暮らしの安心を支える社会保障制度を充実させ、豊かな公共社会をつくる。

■「クールジャパン戦略」で生産性の向上を図る

これが、当時の目標だったのである。そうして、これを実現させるために、今後25年間にわたって成長率にして1%台半ばを維持していくとされていた。

では、この成長をどうやって実現するかというと、コンテンツ市場の拡大を図り、生産性を向上させる。この市場をGDPの5%程度までに拡大させ、「アニメ」や「食」を文化的な豊かさの中心に据えていくというのだ。

つまり、今回の成長戦略にも含まれている「クールジャパン戦略」である。

クールジャパンを推進すれば、日本の「文化的創造力」が世界の人々をひきつけ、その結果、海外から日本に来る旅行者も年間4000万人に増えるというのだった。(注:この『日本21世紀ビジョン』は2005年5月9日に独立行政法人国立印刷局より冊子として出版されている)

クールジャパンぐらいで、日本経済が復活するというのは、まさに「絵に描いた餅」だが、この提言の中で特筆すべきことがあった。

それは、3つの目標の(3)に掲げられた「豊かな公・小さな官」で、「今後は小さな政府を目指し、官は縮小させる」こと。そのために、「基礎的財政収支」(プライマリーバランス)の早期実現の必要性を訴えていたことだ。

■なんと、公式文書なのに「財政破綻」の記述が

『日本21世紀ビジョン』は、総論部分にこんな記述がある。

「(3)豊かな公・小さな官の実現のための具体的行動 ・・・2010年代初頭までに国と地方の基礎的財政収支を黒字化した後、黒字を維持し、公債残高(名目GDP比)を引き下げることにより、小さくて効率的な政府を実現する」(p5)

これは、財政再建問題が解決されなければ、小さな政府など実現できないということ。さらにそうしないと、日本国は破綻に向かうということ。というのは、次の各論でそれが訴えられているからだ。以下、その記述を抜粋する。

「歳出構造を見直すことが必要である。・・・聖域を設けず全分野にわたって歳出見直しに取り組む必要がある。・・・国の役割は国でしか供与できない行政サービスに限定する」(p68, 69)

「財政赤字の改善こそが、企業部門での資本蓄積を可能な限り阻害しないようにして、低下する経済成長率を支える基礎である」(p71)

「2000年代の後半、名目成長率が名目長期金利を上回る状況となっているが、これが逆転すると、基礎的財政収支は改善しても、財政の健全化はより困難になる」(p73)

「万が一にも財政赤字の拡大が続くこととなると、財政が経済を食いつぶすことになりかねず、最悪、日本経済は破綻することになる。少なくとも破綻を回避することは最低限必要であり、2010年代初頭までの財政改革は、まさに喫緊の課題である」(p73)

■今後の日本が避けるべきシナリオ

さらに、この『日本21世紀ビジョン』は、今後の日本が避けるべきシナリオとして、以下の4点を挙げていた。

(1)経済が停滞縮小し、優れた人材が外国に流出する。

(2)官が民間経済活動の足かせとなる。国債価格が急落し財政破綻する。増税のみに依存した財政再建で個人および企業の税負担が増える。

(3)グローバル化に取り残され、国際政治に受け身となり、発言力が低下する。

(4)将来に希望を持てない人が増え、社会が不安定化する。社会的なつながりを欠いた人が増加する。大都市近郊地域がゴーストタウン化する。

財政再建に失敗すればこのような未来になる。財政破綻から日本国は衰退してしまうと警告しているのだ。

■またも大きく「先送り」されたプライマリーバランス

安倍首相が成長戦略を発表した翌日、6月6日、経済財政諮問会議が開かれ、その席で「骨太の方針」の素案が示された。その柱は、経済再生と財政再建の両立を目指すことで、そのためには、「成長戦略や税制を総動員」するということが強調されていた。

しかし、最大の課題である「プライマリーバランス」は、対GDP比の赤字幅で2015 年度に2010年度から半減させ、2020年度までに黒字化するというだけだった。

つまり、またも「先送り」されたのである。小泉改革が「2010年代初頭」としたプライマリーバランスは達成されず、しかも、今回はなんと10年も先送りされてしまった。ここまで借金を先送りして、経済再生ができると考えるほうがおかしくないだろうか?

■本来、国家と国民の利害は一致しない

経済の再生は、「金融緩和と財政出動」でできるわけがない。それはリフレ派すらですらわかっているはずだ。だから、「第3の矢」が注目された。しかし、これは失望というより、なにか「もの哀しさ」を誘うものだった。この国では、痛みが伴うことはすべて「先送り」にされると言うしかない。

私は、アベノミクスが始まってから、これが日本人の生活を破壊してしまう危険があると、ずっと書いてきた。そうして、メルマガなどでは、日本という国のリスクが膨張する以上、個人生活はできるだけ国家と切り離すことを提言してきた。資産にしても、国がコントロールできるものは持つべきではないと言ってきた。

本来、国家と国民の利害は一致しない。しかし、この単純な理屈を受け入れられない人たちがいる。その人たちは、どうやら自分と国家は一体、運命共同体でなければならないと考えているようだ。これは、とくに保守派と言われる人々、リフレ派とされるエコノミスト、さらに「日本は財政破綻しない」という論調で本を書いている人々に多く見られる、不思議な現象だ。

■ますます国民を裏切ろうとしている日本政府

この世界には、国民と政府の利害が一致しない国はいっぱいある。たとえば、北朝鮮はどうだろうか? あの国の政府は国民がつくりだす富をなにに使っているだろうか? それでは中国はどうだろうか? 戦前の大日本帝国はどうだろうか? 国民の利害と政府の利害は一致していただろうか?

歴史的に見て、20世紀になって多くの国が民主主義国家になるまで、国家と国民の利益は相反するほうが自然だった。しかも、民主主義国家になったとはいえ、いまだに国民と国家の利益が一致しない例のほうが多いのだ。

だから、憲法により、国民は国家権力の暴走を縛っている。

簡単な話、アベノミクスで日本経済が復活しようと、ある特定の個人の経済状況がよくなるとは限らない。よくなる人もいれば悪くなる人もいる。しかし、この単純な理屈がわからず、日本がよくなれば自分もよくなると思い込んでいる人間が多い。そういう人間が「国家破産はない」「日本経済は世界一」などという幻想を信じている。しかし、国家によって裏切られるのは、真っ先にこの手の人々だ。

いまや、日本国という官僚と政治家がつくる国家は、ますます国民を裏切ろうとしていると思うが、どうだろうか?

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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