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桜花賞馬ハープスターは日本の宝。凱旋門賞になんか行く必要なし!

山田順作家、ジャーナリスト
凱旋門賞が行われるロンシャン競馬場。丘を上がって下りてから長い直線がある。

■スター誕生に湧くだけのメディア

桜花賞をハープスターが強烈な末脚で勝った。予想通り、この世代最強馬だ。このあざやかな追い込み勝ちに、ファンは酔いしれ、メディアも湧いた。そして、これまた予想通り、おバカな話が始まった。

「さあ次は2冠目を取って、秋は凱旋門賞だ」「これなら凱旋門賞に勝てるでしょう」

本当に、日本のメディアは、スターが誕生すると、ただ煽ることしか能がない。

まず、桜花賞の勝ちタイムをよく見てほしい。1600メートル1分33秒3である。では、土曜日に行われたオーストラリアのマイルG1ドンカスターマイルの勝ちタイムは? 1分39秒59である。もちろん重馬場だが、それにしても違いすぎる。日本からの遠征馬ハナズゴールは奇才・丸田恭介騎手の手綱で最後方から猛然と追い込んだが、届かず6着。それでもなんと14頭を抜いた。

■日本の野芝と欧州の洋芝の違い

桜花賞が行われた阪神競馬場とドンカスターマイルが行われたランドウックス競馬場の違いとはなんだろうか? それは、レーストラックの違い、とくに芝の違いである。阪神競馬場は、日本独特の「野芝+洋芝」のオーバーシード法によるトラックだが、ランドウックス競馬場は欧州の競馬場と同じ洋芝のトラックである。

日本の競馬場の芝はほとんどが阪神と同じ、「野芝+洋芝」である。これが、世界に類を見ない日本独特のスピードレースを成立させている。ところが、欧州の競馬場はみな洋芝である。洋芝ではスピードが減殺される。したがって、欧州競馬はスピードより力比べになる。

つまり、洋芝に適応力のある馬でなければ、欧州に連れていく意味はない。まして、勝つ可能性は限りなく低くなる。

■JRAが開発した日本独特の芝コース

野芝は、日本古来のものである。日本という温暖な風土でいちばん繁殖する芝だ。野芝は暖かくなる5月ごろから成長を開始し、8月の一番暑い時期に最盛期を迎える。そして、秋が深まると枯れ始め、11月を過ぎると完全に冬枯れの状態になる。これは、欧州の洋芝が寒さに強く、ほぼ一年中青さを保っているのとはまったく違う。昔は暮れの中山は、ほとんど芝がはがれて土がむき出しになっていた。

そこで、JRAでは1981年の第1回ジャパンカップ以後、欧州の競馬場を手本にして、寒冷に強い洋芝を導入した。洋芝は最適の気温が16~24℃で、低温にはめっぽう強く、2~3℃あたりまで耐える。この特性を活かし、洋芝を野芝と混合させることで編み出された技術が「ウィンターオーバーシード法(WOS法)」だ。このオーバーシード法では、高温多湿に適応した野芝をベースに寒冷に適した洋芝の種をまいて育成するので、翌年の春まで青々とした芝を保持できる。洋芝には、ケンタッキー・ブルーグラス、イタリアン・ライグラス・トールフェスク、ペレニアル・ライグラスなどの種類がある。

現在、日本の各競馬場では、この洋芝を次のように使い分けている。

札幌:洋芝100%(ケンタッキー・ブルーグラス、トールフェスク、ペレニアル・ライグラス)

函館:洋芝100%(ケンタッキー・ブルーグラス、トールフェスク)

福島:野芝+洋芝(イタリアン・ライグラス)

東京:野芝+洋芝(トールフェスク、イタリアン・ライグラス)

中山:野芝+洋芝(イタリアン・ライグラス)

新潟:野芝100%

中京:野芝+洋芝(イタリアン・ライグラス)

京都:野芝+洋芝(イタリアン・ライグラス)

阪神:野芝+洋芝(イタリアン・ライグラス)

小倉:野芝+洋芝(アニュアル・ライグラス・フェアウェイ)

■なぜ、ディープインパクトは通用しなかったのか?

ハープスターは桜花賞を含めて、これまで5戦し、いずれのレースでも最速の上がりタイムを記録している。彼女が走った競馬場は順に、中京、新潟、阪神、阪神、阪神である。このうち野芝100%の新潟で、最後方から17頭をごぼう抜きするという強烈な末脚を発揮した。つまり、ハープスターは野芝の天才ガールである。

これまで凱旋門賞において、多くの日本馬は負けるべくして負けている。これは、こうした日本独特の芝を走ると、洋芝にはすぐに適応できないからだ。そう考えると、エルコンドルパサーやオルフェーヴルは偉大な馬だった。

凱旋門賞でいちばん期待された日本馬はディープインパクトである。しかし、ディープインパクトは、武豊騎手がいつも感じていた「飛ぶ感覚」を発揮できなかった。ハープスターはディープインパクトの産駒である。

芝の違いばかりではない。欧州の競馬場はコースの形態も日本とは大きく違う。日本の競馬場がほぼ平坦なのに比べ、欧州の競馬場は起伏に富んでいる。 

とくに凱旋門賞が行われるロンシャン競馬場の2400メートルコースは、スタートして400mまではほぼ平坦。そこから300mで7mを上る上り坂、さらに残り1400m地点(3コーナー)までに3m上る。頂上までの高低差は約10mもある。日本で最も高低差がある中山競馬場ですら約4mだから、この差は大きい。

■中東マネーで運営される斜陽G1

そもそも、競馬のように、その国の気候風土、文化によってかなり違うものを、一体として捉えるのはおかしい。世界最強馬を選ぶなら、すべての条件を一緒にしなければフェアではない。

とすると、レースは一種のイベント、フェアとして楽しむ、そういう精神が必要だ。ところが、メディアはそういうことを無視して、欧州を「競馬の本場」と崇拝し、「世界の頂点を目指せ」などと煽る。

日本競馬のいいところは、庶民文化そのものである点で、貴族文化の流れを汲む欧州とは大きく違っている。

それに、凱旋門賞はいまや斜陽G1だ。フランス経済の低迷により、まずカルティエがスポンサーから降りた。そして、1999年からはカジノを経営するルシアンバリエール社がスポンサーになったが、いまでは産油国のカタールがスポンサーだ。中東マネーがなければ、世界一の賞金を払えないのだ。

こんな状況なのに、ハープスターが凱旋門賞に挑戦する意味があるのだろうか? スピード馬に力を要求しすぎると、故障する可能性もある。ハープスターはジェンティルドンナに次ぐ、日本競馬界の宝だ。どうか、関係者はもっと日本競馬にプライドを持ち、欧州至上主義を捨ててほしい。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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