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集団的自衛権論争の本質(下)解釈変更は墓穴を掘る可能性が。憲法改正して日米同盟を再構築すべき

山田順作家、ジャーナリスト

■日本が独立国家になればいいだけの話

集団的自衛権を行使できるようにすることは、議論するような問題ではない。それは、この権利が主権国家固有の権利だからだ。つまり、日本が国家ではないから、議論されているのである。これまでの解釈でも「保持しているが行使できない」と、わけのわからないことでお茶を濁してきたのも、日本が半独立国だからだ。

しかし、現在の日本を巡る情勢がここまできな臭くなってくると、行使できるようにするという政治判断は当然である。そうでなければ、日本の安全保障は危くなる。

ただし、これを解釈の変更でやるには無理がある。なぜなら、憲法は「戦力の保持」すら認めていない、リーガル・フィクション(法的偽装)に過ぎないだからだ。

つまり、根本問題は憲法改正である。改正して、日本が国民主権の独立国家になれば、自動的に集団自衛権は行使可能になる。ところが、安倍政権はこれを解釈でやろうとしているので、賛成派まで反対せざるを得ない状況になってしまっている。

■歴史教育の間違いで国家観を喪失

このような状況は、本当にバカバカしいし、まったく無意味だ。とくに「日本を戦争ができる国にしていいのか?」などという幼児的な反応には、あきれてものも言えない。 

いったいなぜ、こんな反応が起こるのかというと、やはり、歴史認識が間違っているからだろう。

日本人は歴史教育の間違いで、国家とはなにかということすらもわからなくなってしまったのだ。そもそも、日本の近・現代史の歴史区分を、明治、大正、昭和、平成などとしてきたのが間違いだ。こんな時代区分は、歴史ではありえない。

日本の近・現代史の歴史区分は、私が考えるに、次のとおりである。

1、近代国家成立以前(江戸幕府の統治が揺らぐ1953年のペリー来航まで)

2、欧米列強の半植民地時代(ペリー来航から1902年の日英同盟成立まで)

3、近代国家として独立、帝国主義時代(1902年から1945年の第二次世界大戦敗戦まで)

4、米国占領時代(1945年から1951年のサンフランシスコ平和条約まで)

5、米国従属国家時代(1951年から現代まで)

■サンフランシスコ平和条約で独立はウソ

前回の記事でも書いたが、近代国家が国家たりえるのは、「国内統治権」と「対外主権」の2つが絶対必要である。これが、いわゆる主権=「ソブランティsovereignty」というものだ。

日本は、第二次大戦で連合国に無条件降伏したのだから、この2つとも失った。この消滅のうえに成り立ったのが、日本国憲法である。では、サンフランシスコ平和条約で、この2つを回復できたのだろうか?

その答は、どう考えてもノーである。サンフランシスコ平和条約では、「国内統治権」は認めている。もちろん、その主権は日本国憲法が規定するように、国民にあるのであって、国家機関にはないという近代民主主義の理念に基づいている。

ただし、条約の第2条以降は、どう読んでも、「対外主権」を強く制限している。解釈論になるかもしれないが、ここに示されている概念は、主権ではなく「自治権」である。アメリカ流に言えば、連邦政府に対して州が持つ「自治権」である。

日本は国というより、アメリカの一州、あるいは自治領のように扱われている。まさかと思うなら、サンフランシスコ平和条約の英文をよく読んでほしい。

つまり、日本の教科書の記述「再独立」は間違いである。サンフランシスコ平和条約は、明治期の日本が苦しんだのと同じような「不平等条約」なのである。日本は独立などしていない。いまだにアメリカの従属国であり、国家ではないのである。

■日本はアメリカ以外の国と同盟できない

このサンフランシスコ平和条約の規定は、日米安全保障条約とリンクしている。日米安保が片務条約であることは広く知られているが、この片務的状況とサンフランシスコ平和条約は整合している。同じく、日本国憲法も整合性を持っている。

ところが、日本人は日米安保を、「アメリカが日本を守ってくれるための条約」と解釈して、平和ボケに陥ってしまった。とくに左翼は口では反米を唱えながら、この状況に安住して、これまで寝言ばかり言ってきた。また、右翼も威勢はいいが、この根本問題に言及せず、偏狭なナショナリズムばかり煽ってきた。

サンフランシスコ平和条約も日米安保も、そして日本国憲法も、リーガル・フィクションである。とくに、日米安保は不平等条約の典型だ。

このように見てくれば、現在までの日本は、アメリカの従属国である。その証拠に、日本はアメリカ以外の国との同盟はできないことになっている。また、日米地位協定では、米軍基地については日本は国家主権を行使できないことになっている。治外法権がいまも生きている。

それなのに、「憲法改正絶対反対」「アメリカは出て行け。基地を撤去しろ」と言う人たちがいる。本当にそうしたいなら、まず憲法改正を主張しなければ筋が通らないのに、この人たちはその矛盾に気づかないか、気づかないふりをしている。

■核を持たないと独立国家とは言えない

さて、現在の世界において、独立国家(主権を維持できる国家)の条件として、前記した2点以外にもう1つある。それは、核を保有するということだ。

核兵器ができて戦争の概念が変わった。それまでは、先手必勝という考え方が成立したが、核による「相互確証破壊」が前提になると、互いに先制攻撃しないことが合理的な選択になったからだ。

とすれば、安全保障は、核がないと成立せず、また、核を持たないと「対外主権」も持ち得ない。つまり、他国と対等な同盟関係は築けない。

ところが、核を保有していたとしても、やはり最強国の傘下に入らなければ、究極には安全保障は成り立たない。例えば、イギリスやフランスは核を保有しているが、NATO(北大西洋条約機構)に加盟している。 

NATOは欧州諸国の同盟というより、むしろ世界覇権国家アメリカに、欧州が助けてもらうための機構だ。そのため、NATO加盟国が持つ核兵器の最終使用決定権は、基本的にアメリカ軍に委ねられている。

日本は非核国だが、日米安保によってアメリカの傘の下に入っていることで、かろうじて安全保障が保たれている。しかし、この状態は、独立国家でないのは言うまでもない。

■明らかに中国を標的とした解釈変更

というわけで、集団的自衛権の話に戻るが、憲法解釈を変えて、これを行使できるようにするという自民党の考え方は、日本という国家を舐めた行為、つまり、日本国民を舐め切った行為である。

もっと言えば、日本の安全保障を真剣に考えた行為とは思えないし、墓穴を掘る可能性がある。

というのは、今回の解釈論が成立するなら、戦争放棄の憲法を持ちながら、それを無視することになるからだ。つまり、日本は法を守らない信用できない国となる。中国は、そうした点を必ず突いてくる。

解釈変更が決まれば、「軍国主義の復活」と大キャンペーンを張るだろう。

集団的自衛権論議は、グレーゾーンを持ち出しているので、明らかに中国をターゲットにしている。ならば、本当に中国と事を構えたときを想定するなら、堂々と憲法を改正すべきだろう。

そうして、アメリカと片務的でない「日米同盟」を結び直すのが、私たちのやるべきことだろう。

■オバマ大統領の「尖閣発言」は不十分

ともかく、日本が半独立国家である、アメリカの従属国であるという前提で、集団的自衛権の議論を進めなければ、本質的にはなにも解決しない。現行憲法を改正しないままでは、日本のリーガル・フィクションはますます深まる。

そう思うと、先の日米会談で、オバマ大統領が「尖閣諸島を含む日本の施政下にあるすべての地域に日米安全保障条約第5条が適用される」と言ったことは、日本の安全保障に関して、まったく役立っていない。

これを「満額回答」なんて言った方々がいたが、正気だろうか? 本来なら、「尖閣が日本の領土であることをアメリカは認める」と言ってもらわなければならない。つまり、尖閣で紛争が発生したら、アメリカは日米同盟にのっとって軍事行動を起こすという確約だ。

■中国はなぜ「力の論理」しか信じないのか?

中国は、近・現代史において、1度も戦争に勝ったことがないのに、独立国家になったという不思議な国である。

だから、彼らはいまも国際法や国際条約はリーガル・フィクションであり、力こそが正義だと信じ込んでいる。

彼らにとって大事なのは、帝国主義時代の国家の行動様式である「ロジック・オブ・イベンツ」(事実の論理)だけだ。

中国人は「孫氏の兵法」に捉われ過ぎではないかと思う。孫子の時代には核兵器はなく、「相互確証破壊」などいう戦争概念はなかった。

これがある限り、現代においては、国際法や国際条約のほうが重要だ。もう、リーガル・フィクションが許される時代ではない。しかし、中国はこの事実を無視している。

■いまが日本が独立国家になる最後のチャンス

憲法を改正し、日米同盟を結び直す。そうして、アメリカと同盟を結んでいる国々とも同盟を結んでこそ、初めて日本の安全は保たれる。いまのまま憲法解釈を変更して集団的自衛権を行使できるようにしても、アメリカ以外のどんな国とも同盟関係は構築できない。

また、アメリカが果たして日米安保で日本を本当に守るかについても、疑問がある。かつてヘンリー・キッシンジャー国務長官は、「同盟国に対する核の傘を保証するため自殺行為をするわけはない」と語っている。この発言は、現代にも通じる。つまり、もし中国が日本に核ミサイルを撃ち込んでも、 アメリカが中国に対して核攻撃をかけるはずがないということだ。

集団的自衛権は、アメリカが日本に要求していると消息筋は伝えている。ならば、憲法改正まで踏み込んだ話し合いをするのが、日本の取るべき選択肢ではないのか。

ここのところ、中国は力を過信しすぎて、戦略的に誤ったことばかり繰り返している。この国は、じきに日本と同じように人口減と高齢化から、国力が衰えるのは間違いない。 

だとすれば、衰退を続ける日本にとって、いまが独立国家になる最後のチャンスではなかろうか?

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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