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1ドル=150円の超円安も!アメリカが「ドル高政策」で日本の富を奪う日が来る!

山田順作家、ジャーナリスト

■「強いドル」と「弱いドル」のメッセージで市場は動く

最近の日本では、アメリカの経済政策に関して、ほとんど報道されない。日本のメディアは、アベノミクスによる国内経済の動向ばかりを報道して、世界にもっとも大きなインパクトを与えるアメリカの経済政策については、あまり関心を抱かなくなった。

しかし、世界経済を動かしているのはアメリカであり、その潤滑油(資金)はドルである。そのドルに関して、日本の報道ではほとんど取り上げられなかった重要な出来事があった。

それは、2014年10月7日に、ジェイコブ・ルー財務長官が「強いドルは米国にとってよいことである」と発言したことである。彼は、また日本の消費税再増税には、強く反対した。

アメリカ政府はこれまで、通貨政策を変更するときは、いつもなんらかのメッセージを発してきた。弱いドルを容認するメッセージ、強いドルを推進するメッセージが、そのときどきの経済情勢によって発せられてきた。

それを受けて、ウォール街と市場は動いてきた。

弱いドルを容認するときは、アメリカ経済が弱いときであり、強いドルを推進するときは、アメリカ経済が強いときだった。つまり、経済が弱くなると、弱いドル政策によって立て直し、強くなると強いドル政策でますます強くしようとしてきた。

■IMFの2015年の成長率予測で日本は最低水準に

こうした歴史を見ると、日本ではあまり報道されなかったルー財務長官の「強いドル」発言は極めて重要だ。その後の展開を見ればわかるように、この後ドル高は進み、円安は加速したからだ。

ルー財務長官の発言後、日本では黒田日銀総裁が、政策決定会合の記者会見で、「1ドル=110円に迫る円安は、景気にむしろプラス」と発言した。ここに、日米政府の協調があったかどうかどうかはわからない。しかし、この黒田発言によって、さらに円安は進むことになり、10月31日には、ついに異次元緩和第2弾が発表された。

ところが、ルー財務長官の発言と同時期に発表されたIMFの経済予測(2014~2015年)は、日本経済を大きく下方修正していた。IMFは、2014年の実質GDP前年比成長率を0.9%(7月時点の予想では1.6%)に引き下げ、さらに2015年を0.8%(同1.0%)としたのだ。

これは、先進国では最低水準である。

アメリカは、2014年が2.2%(1.7%から上方修正)、2015年が3.1%(変更なし)。ユーロ圏は、2014年が0.8%(1.1%から下方修正)、2015年が1.3%(1.5%から上方修正)となっていたので、日本は景気が最も悪いユーロ圏より悪い。

世界全体が、2014年3.3%(3.4%)、2015年が3.8%(4.0%)だから、日本だけが取り残されたと言っていい。

IMF予測が重要なのは、投資家がこの予測を目安に、世界投資の資金配分を決めることだ。そこで、次のポイントを、考えてみてほしい。

世界でいちばん成長できないと思われている国が、一国だけ異常な量的緩和を続け、マネーを刷り続けているのだ。その後、EUは、追加緩和が行われるという予想に反して、これを行わなかった。

■なぜリーマンショック以前は「円安」だったのか?

こうして「強いドル」と「弱い円」は、ほぼ確定した。では、「強いドル」と「弱い円」が続くと、この先、なにかが起こるのだろうか?

これを考えるとき、非常に重要なのが、リーマンショック以前に起った「円キャリートレード」である。

リーマンショック以後、日本円は急激に上昇した。リーマンショック直前の2008年8月は1ドル=110円台だったが、その後は、なんと一時期、1ドル=75円台になった。つまり、それ以前の世界は、いま思えば円安の世界だった。2007年平均は1ドル=118円、2006年平均は1ドル=116円だった。

では、なぜ円安だったのだろうか?

それは、円とドルの金利差を利用して、「円キャリートレード」が行われていたからだ。リーマンショック前は、世界中で投資需要が旺盛だった。そんななか、世界の先進国で量的緩和(ゼロ金利政策)を行っていたのは、日本だけだった。日銀は2001年3月~2006年3月まで、いまの異次元緩和には及ばないが、量的緩和を行っていた。

それで、世界の投資家たちは円を調達して外貨(主にドル)に交換し、世界中のリータンが見込める資産を購入していた。これが、「円キャリートレード」で、このため円安が定着していたのである。2001年から2008年まで、1ドルが100円台を割り込んだことは1度もない。

■QE(量的緩和)終了後の世界は明らかに違う世界

しかし、リーマンショック以後、アメリカはQEを始めた。過剰投資で傷ついたウォール街を救うため、バーナンキFRB議長は、不良資産を購入してドルを刷り続けることにした。こうなると、世界中に低金利のドルが供給されるため、円を調達する意味はなくなった。

キャリートレードは治まり、円高が進んだ。

では、その後、QEはどうなったのか?

QE1、QE2、QE3と続き、ついにこの10月、QE3は終了した。FRBは、QE3を縮小するとNY株式や新興国株式にかなりの悪影響が出るとして慎重だったが、アメリカ経済の復活がホンモノと確信して手仕舞いしたのである。こうして、「強いドル」宣言も出たのである。

こうなると、次に彼らがやるのは、フェデラルファンズ・レート(FFレート:米国金利)の引き上げである。その時期を、来年4月、5月ごろと、FRBは示唆するようになった。

つまり、いまの日本経済、私たちが置かれていれる局面は、リーマンショック以後とはまったく違う世界である。むしろ、リーマンショック以前の世界に近い。それを示しているのが、円安である。円安が、アベノミクスだけで引き起こされていると考えるようでは、考えが甘すぎる。

■アメリカ経済は世界からの資本流入で成り立っている

アメリカ経済というのは、基本的に海外からの資金流入で成り立っている。アメリカというのは、一貫して経常赤字国である。世界最大の消費国だから、世界中からモノを買う。そのため、経常赤字は年々拡大してきた。とくに、1990年代後半から経常赤字は加速し、2005年には対GDP比で6%強にまで達した。

しかし、この赤字は資本収支でファイナンスされている。

つまり、アメリカはモノを輸入した代金をドルで世界に払うが、輸出国はそのドルでアメリカに投資するのである。中国や日本が、そうした国の筆頭だ。アメリカ国債をはじめとして、NY株などには、そうした国からのドルが流れ込む。この資本流入がアメリカ経済を支えている。

簡単な話、これは借金経済である。しかし、基軸通貨発行国であるから、この借金はほかの国の対外借金とは趣が異なる。なぜなら、アメリカが借金を返さなければ世界は潰れてしまうからだ。

リーマンショック以前、アメリカには巨額な経常黒字国のマネーが流れ込み、それがサブプライムローンのような住宅バブルを引き起こした。しかし、リーマンショック後はQEのような量的緩和をしたため、ドルの金利が低下して、資本流入が大幅に減った。ドルは安くなり、資金はアメリカから新興国市場へ流れた。

つまり、今後さらにドル高になり、FFレートが引き上げられれば、アメリカへの資金流入が増す。アメリカ経済が好景気となれば、世界はますますアメリカに投資する。「ドル高」発言は、世界に向かって、アメリカへの投資を促すものである。

■「ドル高」政策によってアメリカは日本の富を奪う

では、アメリカへの資金を出し手は誰か?

言うまでもなく日本はそのなかの1国である。中国もドイツなどもそうだ。しかし、日本が中国やドイツと違うのは、経常赤字国に転落していることだ。つまり、日本にはもうアメリカに回す資金がない。

ところが日本は、アベノミクスの異次元緩和により、いまも大量に円を刷っている。

この円は、現在、NY株式にも日経平均にも向かい、株価を引き上げている。世界的に実体経済の需要が減退しているのに、株価や資産は値上がりしている。こうしたなか、来年、FFレートが引き上げられれば、金利差により、円の流出は加速するだろう。

リーマンショック以前に起っていた「円キャリートレード」が復活するだろう。

円安と円の流出は、日本の富が日本を離れることを意味する。ドル高により、アメリカは日本の富を奪うのである。異次元緩和のツケは、やがて日本経済を直撃することになりかねない。

■FRBの金利引き上げと同時に異次元緩和は止めるべき

このままドル高、円安が進むと、円建ての日本国債を買おうなどという海外投資家がいるはずがない。「国債は国内で消化されているから大丈夫」というのは、買い手が国内しかいないという話に過ぎない。

1000兆円を超える財政赤字を国内金融資産だけでファイナンスできなくなる時期は、以前より近づいている。

日本は、経済成長と財政均衡などという “二兎を追う”ような、バカな真似はもうやめるべきだろう。財政破綻に繋がる国債金利の上昇を招く景気回復などを目標とせず、低成長でかまわないから、異次元緩和を止めるべきだ。できるなら、FRBがFFレートを引き上げる時期にあわせて、バズーカ砲の撃ち方止めを発令する。そうして、金融政策を円高方向に切り替えるべきだ。

そうでないと、国民生活はますます窮乏する。現在の円安で、そこまで物価が上がらないのは、たまたま原油安、商品安になっているからだ。これで、国民生活は救われている。しかし、1ドル150円などという日が来れば、国民生活は破壊される。

余談だが、アメリカの「ドル高」政策の次の狙いは、おそらく中国だろう。中国の人民元は、現在、管理変動相場となっている。為替相場を国が管理して、変動幅を決めている。

今年3月、中国当局はその変動幅の拡大に踏み切った。これをルー財務長官は大歓迎し、「中国が変動相場制に移行する必要性」を強調した。アメリカはことあるごとに、中国に為替管理を止めさせようとしてきた。そうして、人民元を国際市場に引きずり出して、貯め込んだ富を奪おうとしているのだ。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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