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トランプ大統領は「日本にとって悪夢」なのか? そんなわけがない

山田順作家、ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

スーパーチューズデーで、トランプ氏(69)が11州のうち7州で勝つたことで、「トランプ大統領」が現実味を帯びてきた。そのため、多くのメディアや評論家、識者が「トランプ大統領は日本にとって悪夢」と言い出した。

はたしてそうだろうか? 民主党強硬派でメソジストのヒラリー・クリントン氏(68)と比べて、なぜ、トランプ氏のほうが、日本にとって“歓迎できない”のだろうか?

トランプ氏を「悪夢」と考えている日本の“識者と言われる人々”は、彼が「日本を叩け」などと言っていることに、骨髄反応を示しているだけではないだろうか? アメリカのリベラルメディアの言論に乗っかって、「誰かトランプを止めろ」という言論を鵜呑みにしているだけではないだろうか?

たしかにトランプ氏は日本が嫌いなようだ。ただ、白人とユダヤ人以外はみな嫌いなようだから、これはたいした問題ではない。中国人だって嫌いなのだから、中国寄りだったクリントン夫妻よりは、まだマシではないだろうか?

クリントン氏は、ファーストレディ時代は夫ともに中国に擦り寄ったが、国務長官時代になって中国の本質を知ってコロリと考えを変えた。

次に日本の“識者と言われる人々”が問題視している「日米安保」発言だが、これがなぜ日本にとってよくないことなのか?

「もしアメリカが攻撃されても日本にはアメリカを守る義務はない。これは不公平だ」と、トランプ氏は言った。そうして「もっと日本に負担させよ」とも息巻いた。しかし、彼は日米安保の再交渉をすべきだとも言っているのだ。

ということは、日本の保守派にとって念願の日本の独立がかなうことになる。安保を双務条約にし、独自憲法を制定し、さらに核保有国になって「自国を自分で守る」ことが実現するのだから、トランプ氏は“歓迎すべき”大統領ではないのか?

さらに、人種差別発言の最たるものとされる「イスラム教徒のアメリカ入国を禁止しろ」「メキシコ人は麻薬や犯罪を持ち込む」「国境に万里の長城をつくる」などの発言は、「移民反対」で「難民受け入れ拒否」が本音の日本人にとって、なぜ問題視すべき発言なのか?

アメリカがそうなら日本もこれをしていいことになる。逆に大歓迎だろう。

TPPにしても地球温暖化対策にもトランプ氏は反対のようだが、これもいまの日本にとっては大歓迎ではないだろうか? 関税自主権を失い、たいしたGDP押し上げ効果もないのだから、トランプ氏の“暴言”は、日本にとっては“暴言”ではない。

いずれにしても、今回の大統領選は完全なエンタメ劇場で、自分の資金で戦っているトランプ氏は、なにを言ってもいい“野放し状態”になっている。それが、また、白人貧困層を中心に、中流層、ラティーノ、黒人の一部などにも受けているのだから、アメリカは昔とは違った国になっている。

このことをいちばんわかっているのが、トランプ氏自身で、リアリティ番組「アプレンティス」で培った視聴者受けの手法を使っているのは明らかだ。

つまり、彼の言っていることを鵜呑みにするのはどうかしている。実際、彼の発言を吟味すると、整合性などない。わざと、レベルを落として単純化して言うので、一貫するわけがない。

「世界同時株安は中国、お前らのせいだ!」と、中国の悪口を言ったと思ったら、別のときは「中国は好きだ」と答えている。その理由はというと、「世界最大の銀行が中国から来た。そのアメリカ本部はここ(トランプタワー)にあるからだ」と言うのだから、ジョークにもなっていない。

アラブ、ムスリムへの暴言を繰り返しても、中東ドバイには最新のトランプタワーが建っている。

彼が大統領になったら、「ホワイトハウスがトランプタワー」になるという話があるが、こっちのほうがジョークとしては面白い。

トランプ氏の発言でもっとも重要なのは、イスラエルに対して次のように言ったことだ。

「私はイスラエルを愛している。私はイスラエルのために100パーセント、いや、1000パーセント戦うつもりだ。しかも永遠にだ 」

さらに、彼はネタニヤフ首相を絶賛した。

これだけは、ウケ狙い、炎上狙いではない、彼のもっとも政治的な発言だろう。歴代アメリカ大統領のユダヤを批判してならないという“不文律”をきちんと守っている。

アメリカ政治を奥から動かしている勢力の一つにユダヤロビー、ユダヤ人のネットワークがある。ヒラリー・クリントン氏のバックにはハリウッドのユダヤ人大富豪のハイム・サバンがついている。ビル・クリントン氏は、ロバート・ルービンやラリー・サマーズなどのユダヤ人脈を持っている。現在のFRB議長のイエレン氏もユダヤ人だ。

トランプ氏はプレスビテリアンだが、愛娘のイヴァンカさんがユダヤ人富豪の息子のジャード・クシュナー氏と結婚して、ユダヤ教に改宗したため、ユダヤネットワークにも顔が利くようになった。なにしろ、イヴァンカさんの2人の子供、つまりトランプ氏にとってかわいい孫はユダヤ教徒である。

トランプ氏は、当初、トランプで言えば“ジョーカー”だった。それがいまや“エース”になりそうだ。共和党の主流派が諦めてしまえば、本当に指名されるかもしれない。

ただ、懸念されるのは、酒もタバコもやらないが、ダイエットもしないことだ。ちょっと太りすぎで69歳と若くない。あんなに大声で騒ぎまくっていて持つのだろうか? と心配になる。とはいえ、クリントン氏も68歳と高齢者だ。

オバマ大統領の後が、2人の高齢者というほうが「悪夢」ではないだろうか?

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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