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標識は英語ではなくひらがなで

山口浩駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

ちょっと前にちょっとだけ話題になった、街中の標識の英語表記を改善するっていう件。オリンピックも決まったということもあってか、本格的に進められるらしい。

標識の英語表記改善、22地域が年度内に着手」(日本経済新聞2013年12月27日)

49地域は、地元自治体の意向も考慮し、優先的に外国人の受け入れ環境を整備するため国が指定。標識の改善は道路を管理する国や自治体が協力して進める。国交省は、地域内の主要駅周辺などは約2年以内に取り換える方針で「年度内には全地域で着手するよう促したい」としている。

大半の人には「へえそうなの」以上の感想もない話だろうが、地味に反対する声があったりする。

道路標識の英語化は「おもてなし」にならない」(ニューズウィーク日本版2013年12月2日)

先日の新聞に、国土交通省が東京五輪に向けて、道路案内標識のアルファベットをローマ字表記から英語表記に変えようとしているという記事が載った。ただし、記事の書き手はひどく混乱していた。英語表記の新標識も、英語圏の人間には理解できないと主張する外国人居住者に出会ったからだ。

私も実はあんまりいい考えだと思わないので、少し書いてみる。

この件について初めて知ったのは、8月ごろのこの記事だった。

「Kokkai」やめます 国会周辺の標識、英語表記に」(日本経済新聞2013年8月20日)

国土交通省と東京都は20日、千代田区の国会周辺にある道路案内標識のローマ字の表記を英語に改める作業を始めた。外国人観光客らに分かりやすくするためで、「Kokkai」は「The National Diet」になる。国道沿いの標識は国交省が、都道沿いの標識は都が手掛け、年内に終える予定。

で、そのあと、オリンピック決定もあって、この話が全国に拡大していったような感じなんだろうか。

オリンピック見据え 意味不明なローマ字道路標識、英訳へ」(ハフィントンポスト2013年9月12日)

国土交通省は9月11日、7年後の東京オリンピック開催を見据え、多くの外国人観光客が訪れる観光地を中心に、道路案内標識の英語表記を、外国人旅行者にも分かりやすく改善すると発表した。時事通信が報じた。

「荒川=Ara River」ダメ 観光地など英語表記統一」(日本経済新聞2013年11月2日)

観光庁は訪日外国人が訪れる主な観光地や駅・空港、交通機関の車内、道路標識、美術館・博物館などの外国語表示を統一する指針をつくる。2020年開催の東京五輪に向け、訪日客の受け入れ態勢を整えるのが狙いだ。

例えば東京都や埼玉県を流れる荒川の表示は「Arakawa River」に統一する。現在は「Ara River」との表記も混在していた。

で、じゃあ「Kokkai」ならだめで「The National Diet」ならわかりやすいのかというとそうでもないしそれじゃ日本人と交流できなくなる、というのが上に挙げたニューズウィークのコラムの趣旨であるわけだ。まあいいたいことはわかる。「The National Diet」はどこかと聞かれてわかる日本人はそう多くなかろう。英語表記にすれば、それをもとに外国人旅行者が日本人に道を聞くことは難しくなるだろう。日本で行き先を探したいときに道路標識を見るかそこらを歩いてる日本人に聞くか、という話だが、常識的に考えればどちらもありうるわけで、この2つでどちらか選ぶということ自体、なんというか無理難題っぽい。

両方書いとけばいいじゃん、という考え方もなくはないが、スペースの問題もあるということだろう。そもそも外国語表記が英語だけというのもおかしいわけで、じゃあ中国語、韓国語も同じことすんのかとかフランス語やドイツ語はないのかとかアラビア語はどうだとかやり始めたらきりがない。確かインドのお札は金額が17種類ぐらいのことばで書いてあったような記憶があるが、そこらの標識がみんなそんなだったらさすがにうざい。

で、というわけじゃないが、提案がある(他にも同じことを言ってる人はたくさんいると思うのでオリジナルの意見だとか主張するものではないが)。

道路標識等の表記は、漢字に加えてひらがなで表記するようにしてはどうだろうか。

理由はいくつかある。

(1)どの外国語を採用するか悩まないですむ

とりあえず、どの言語を採用してどれを落とすか悩まないですむのはよい。「The National Diet」ではわからない英語圏の人がけっこういると上の記事は書いてるが他の言語圏の外国人はもっとわからないだろう。じゃあどれを入れるかいくつ入れるかとなるとそれはそれでめんどくさい。日本語にしとけば、この言語が入っててこれが入ってないのはおかしい、みたいな不毛な議論にならずにすむ。

(2)割と多くの外国人が読める

もちろん日本語を読めない外国人旅行者は多いだろうが、それでもひらがなぐらいはある程度読める人はけっこう多い。というか日本に来る外国人であれば、多少の日本語は知ろうとするだろうし、してもらいたいではないか。漢字は実用としてはハードルが高そうだが、ひらがななら数も少ないし表音文字だし。

(3)外国人だけでなく子どもにも読める

ひらがなでいいのは、いろいろな人をつなぐことができる点だ。外国人同士、外国人と日本人もそうだが、日本人同士でもひらがな表記があるといい場合はある。ひとつは漢字の読めない子どもの場合、もうひとつはその土地になじみのない人の場合だ。大人でも地名表記など固有名詞が読めないケースはあるんだから、ひらがな表記を添えておくのはその意味でも悪くないと思う。

まあ、スペースがあるならもっといろいろ書けばいいわけだ。今だと英語、加えて中国語、韓国語、ぐらいのところが多いかもしれない。ひらがなは英語より優先して入れるべきだと思うし、もしそれでスペースが足りなくなるなら中国語・韓国語をはずしてもいいんじゃなかろうか。別に嫌中嫌韓とかじゃなくて、地理的にも文化的にも多少近いんだからひらがな読んでよぉ、という意味で。

せっかく「 「O-Mo-Te-Na-Si」 が世界的に注目を浴びたのだから、「お・も・て・な・し」ぐらいのひらがなはまず覚えてもらおう。ひらがなが読めれば、外国人との日本語コミュニケーションの可能性はぐっと広がるのではないか。というわけで、ぜひ、標識に添えるのはひらがな、ということでひとつ。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

専門は経営学。研究テーマは「お金・法・情報の技術の新たな融合」。趣味は「おもしろがる」。

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