打たれ弱い奴はブログとか辞めたほうがいいんじゃないですか

山本一郎です。子供が寝ないので酒を飲んでいます。

ところで、ブログやツイッターなどで活動されている方が、ネット上での批判を気に病んでしまう事例が相変わらず多いようです。

批判コメなんて9割は「読む価値ない」んだからほっときゃいいのに(大彗星ショッカーのヒマつぶし2)

世の中、ナイーブな人は多いんですね。私なんて、こんなに髪量が多くフサフサであるにもかかわらずハゲとネット上で罵られていますし、普通にファンドやったり会社を経営しているのに無職呼ばわりされたりしますが、そんなことは言わせておけばいいんですよ。もっとも、書いたことに対する間違いの指摘や、確かに批判を受けるだろうなあと思われることは自分なりに受け止めて訂正したり反省することはあるわけですけど、基本的には賛成も反対もいろんな立場や考え方、価値観の人がいるわけですから、100%の賛成などあり得ないという理屈が分かっていれば、必要以上に気にするなどないのです。

舞台はまた流行の兆しのある(自分の周囲50m調べ)はてなブログ界隈です。私も一時期はココログ諦めてはてなブログに移住しようか真剣に考えたことがあるんですけどね。

ブログ更新の気力を失ってました(僭越ながら)

で、批判を食らって書くのを控えていたとかいうブログを読みにいきました。まあ、確かに話が長くて面白くないですね。

私は、自分が勉強したことが、他人にも役立つことがあるんだ、と驚きました。 これを続けたいと思っていました。 そんな時に「単なる書籍紹介」と言われているのを見て、かなりショックを受けました。 自分の苦労が泡になってしまった気になりました。ってより、心折れました。。。

出典:ブログ更新の気力を失ってました

なんだかとっても面倒くさい感じがします。別に単なる書籍紹介でもいいじゃないですか。何と言われれば気が済むのか、良く分からないんですが、褒められることもけなされることも、ある意味で何事かをする上で必ず起きる作用です。でも、何事かを続けるにあたって、誰かが評価した、あるいは批判したというのは、励みやナニクソにはなれど、彼らが仕事を引き受け代行して負担を軽くしてくれるわけではありません。ただの外野であり第三者です。

そういう自分がやることに対して具体的に手助けをしてくれるわけでもない第三者の評価を過剰に捉えて、足を止めてしまうというのは何なんでしょうね。叩かれても蹴られても無関係な方向へ反射放射して微妙記事を量産し続けるイケダハヤト師的成分を胸いっぱいに吸い込むべきだと思います。むしろ神と崇めるぐらいの勢いで、存分にチラシの裏に書くようなエントリーを書き続けるうちに見えてくる未来もあるのではないでしょうか。

ある種、ブログを続けるというか、第三者へ向けて意見を書き続ける、表現をし続けるというのは、常に批判を受けることを前提とするものであって、それが嫌で、直面したので「心折れました」とか言っているのはヘタレ以外の何者でもないと思いますね。