「ラーメン食べ過ぎて大事故」一部報道の顛末

飯画像をFACEBOOKに掲載するという凶悪犯罪を試みる外国人犯罪者のイメージ(写真:アフロ)

山本一郎です。一昨年、ラーメンは週に2回以内という自分ルールを決めたら、ラーメン自体を食べなくなってしまいました…。

ところで、先日大阪で痛ましい交通事故があり、運転手が心臓付近の大動脈解離を起こして急死という原因が明らかとなって衝撃が走っています。その中で、一部報道で「健康だったけど、大のラーメン好き」ということで、食事などの生活習慣が祟って大事故の引き金になったのではないかという話が出てきています。

大動脈解離どんな病気?大阪・暴走車の運転者も「突然、血管が破裂」(J-CAST 16/2/26)

ラーメンが引き金の一つだとするならば、そんなに危険なラーメンは免許制にしてマイナンバーで国家がラーメンを管理し、公益社団法人がラーメンを食べられる人物を登録させるべきと思うのですが、そういう話は一切出ません。残念なことです。

しかしながら、生活習慣の問題で突然死してしまうという不幸な事態は、多少でも持病がある人であればあり得ます。私も脳内に石灰の石ができるというAVM(脳動静脈流奇形)という先天的な脳の血管の病気をもっていて、そりゃ破裂すれば脳内出血の果てに最悪即死すると医師には言われています。恐怖すぎて昼も寝られません。

また、たまたまそういう大規模な事件、事故が起きたときに、その問題のトリガーとなった因子に関連付けて、必要以上に報じられることで過剰に因果関係が補強され一人歩きしてしまうという事例は多いように思います。例えば、性犯罪が起きたときに過激なAVビデオが影響したとか、暴力事件が起きた際にテレビゲームが原因だとか、いまいちピンと来ない話が結び付けられて、少ない情報でなるだけ事件の原因が分かったようにするのがメディアの作法なのかなとも思うことがあります。

逆に言えば、そういう自分とは違う事柄が因子であったとレッテルを貼ることで、この凶悪な事件や悲惨な事故が自分とは関係のないどこか遠くの出来事なのだ、と安心させるための方法論なのだろうと感じるわけです。そこには、本当に専門かどうかも怪しい医学博士が出てきたり、学識経験者がそれらしいことをいうと、たいした裏づけのない推論の世界であったとしても「なるほどそういうことだったのか。じゃあ私は関係ないな」ということでその大問題が身近なものではないとメディアが言ってくれることを期待している節があります。

やはり、テレビに出てコメンテーターをやらせていただくと、毎日それぞれの時事問題について見解を問われるわけで、明らかに「あっ、それ私の専門じゃねえし」という話があり、しかもそれが大部分だったりするわけです。自分なりに43年間生きてきた経験や知識をもとに感じたことや疑問に思うことを、テレビの視聴者の方々の共感を得たり、新しい角度から切り取ったりというネタに仕上げて40秒ぐらいで語り切らないといけないわけです。これはいつ持病の脳の血管が切れてもおかしくない問題です。たぶん、今日私が急死したらテレビ番組に出たストレスが原因で、テレビコメンテーターも免許制になるかもしれません。

何より、不幸な突然死を迎えただけでなく、意に反して無辜の通行人の方々も複数巻き込んでしまった当の運転手も、ラーメンを悪者にしないでくれと願っているのではないでしょうか。それは、幼女への性的暴行事件に寄せて同人ヲタ界隈が酷評されたり、田舎で人殺しが起きて地方の悲哀が語られたり、そりゃそうなんだろうけど普遍化するには情報が足りないことも多数あるんだよ、因果関係に触れるにはそれなりに気を使わないといけないんだよ、ということは、ちゃんとリテラシー教育みたいなもので触れてあげることは必要なんじゃないかと思うんですけど、どうでしょうか。