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【ライヴ・レポート】イエス 2014年11月24日(月)TOKYO DOME CITY HALL

山崎智之音楽ライター
Yes by Masanori Doi

2014年11月、イエス来日公演“YES WORLD TOUR 2014 IN JAPAN”がスタートを切った。

ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロックを代表するベテラン・バンドによる、2012年4月から約2年半ぶりとなる日本上陸。しかも今回は、多くのファンが彼らの最高傑作と推す『こわれもの』(1971)『危機』(1972)をダブル完全再現するスペシャル・ライヴということで、チケットの売れ行きが良いのはある程度予想が出来た。だが、前売りの段階で東京公演のTOKYO DOME CITY HALL三連戦はソールドアウト。NHKホール(3,600人収容)でのライヴが追加されたというのだから驚きである。

筆者(山崎)が訪れたTOKYO DOME CITY HALLでの2日目の公演でも急遽スタンディング・チケットが追加発売されることになり、開場前からけっこうな数のファンが行列を作っていた。

TVアニメ『ジョジョの奇妙な冒険』のエンディング・テーマに「ラウンドアバウト」が使われて、デジタル・ダウンロード市場でもヒットするなど、イエスは新しい世代のファンを獲得してきた。今回は観衆の平均年齢も下がったのでは…?と会場に入っていくと、特にそういうわけでもなく、年齢層はかなり高めだ。中には1973年3月の初来日公演にも行ったのでは?とおぼしき年季の入ったファンもいる。だが、人生の多くをイエスと共に過ごしてきたであろう彼らは、“同志”たちがステージに上がるのを待ちわびていた。

大作『危機』を完全再現

場内が暗転して、歴代のアルバム・ジャケットやポスター、ラミネート・パス、そして新旧メンバーの写真がスクリーンに映し出される。そして、暗いステージ上に照明が当たると、バンドはもったいぶることなく、1曲目から「危機」に突入する。

熱心なファンだったら既に知っているとおり、『こわれもの』『危機』の頃のメンバーで現在も残っているのは、クリス・スクワイア(ベース)とスティーヴ・ハウ(ギター)だけだ。だが、ステージ上にいる5人は、イエス以外では表現できない世界観を観衆に提示してみせた。

アラン・ホワイト(ドラムス)は『危機』完成後にバンドを去ったビル・ブルーフォードの後任として加入、1973年の初来日にも同行してきた40年選手だ。両アルバムの楽曲は、もはや彼の身体に染みこんでいる。

Chris Squire  by Masanori Doi
Chris Squire by Masanori Doi

ジェフ・ダウンズ(キーボード)は1980年にイエスに加入、『ドラマ』に参加した後にはエイジアでハウと行動を共にするなど、長年“イエス・ファミリー”の一員だった。前回の来日公演でもイエスらしさ全開のプレイでファンの信頼を勝ち得た彼は、6月のエイジアに続いて、2014年において2度目の来日となる。

そしてジョン・デイヴィソン(ヴォーカル)は、まるで前任者のジョン・アンダーソンが憑依したかのようなハイトーン・ヴォイスを聴かせる(アンダーソンは存命なので、誤解なきように)。地に足の着いた彼のヒューマンなたたずまいは、浮き世離れしたアンダーソンとは異なった存在感を放っているが、2012年の来日時と比べても自信と安定感を増して戻ってきたそのヴォーカルは、イエスの音楽に新しい光を当てることになった。彼はアコースティック・ギターやドラム・パッドも使いながら、バンドの音に奥行きをもたらしていた。

20分に及ぶ「危機」のライヴ・パフォーマンス、そしてサイケな色彩の座禅者のシルエット映像で観衆をイエス・ワールドにいざなった彼らは、アルバムの曲順どおり「同志」へと進んでいく。現在のバンドのラインアップは、デイヴィソンを除くと全員が還暦オーバーであり、ヴィジュアル的にも年輪を刻み込んでいるが、そのヴォーカル・ハーモニーはタイムレスな美しさをたたえている。

Jon Davison  by Masanori Doi
Jon Davison by Masanori Doi

そして彼らの卓越したテクニックがさらに冴えわたっていることを見せつけるのが「シベリアン・カートゥル」だ。ライヴ・アルバムの名盤『イエスソングス』(1973)のオープニングを飾った曲であり、ライヴでこの位置で演奏されるのには違和感もあるが、その演奏には文句のつけようがない。ハウは丁寧に弾きこむ部分とラフにロックする部分のコントラストをつけることで効果を出しているし、それに呼応してダ ウンズも高度なテクニックを披露する。この曲も10分以上におよび、50分近くの『危機』完全再現は大声援と拍手でフィナーレを迎えた。

続いて彼らの最新アルバム『へヴン&アース』から「ビリーヴ・アゲイン」「ザ・ゲーム」が演奏される。興味深いのは、新曲でのデイヴィソンのヴォーカルが、往年の名曲を歌うときよりも、アンダーソンっぽく聞こえたことだ。この後に『こわれもの』完全再現を控えている状況で、まだオールド・ファンに馴染んでいない新曲はトイレタイムになってしまうのでは…?と危惧されたが、この日の観衆はこの2曲をカノン(正典)として受け入れ、じっくり聞き入っていた。

名盤『こわれもの』から名曲・レア曲を披露

そして休む間もなく「ラウンドアバウト」のイントロからお待ちかね、『こわれもの』完全再現が始まる。『危機』の全3曲はしばしばライヴで演奏されていたのに対して、『こわれもの』は滅多に演奏されないレア曲も多いため、マニア傾向のあるファンからすれば、このライヴのハイライトは後半戦だろう。

イエスの絶対的な代表曲のひとつ「ラウンドアバウト」で会場は一気に盛り上がったが、続く「キャンズ・アンド・ブラームス」「天国への架け橋」にも大きな声援が送られる。アルバムを曲順どおり再現することは事前に告知されているにも関わらず、これらの曲が本当にプレイされるとは信じられなかったのだろうか、観衆はまるでサプライズを食らったかのように、わっと歓声を上げた。

「南の空」、「無益の5%」と続いて、興味深いのは、『こわれもの』の構成がまるでライヴのクライマックスに向かっていくように作り上げられていることだ。もしかしたら、彼らはいつかこのアルバムを完全再現することを予知していたのではないだろうか?「遙かなる思い出」から「フィッシュ」〜「ムード・フォー・ア・デイ」、そして「燃える朝焼け」という本編フィナーレは、それまで着席していたファン達が総立ちとなるスタンディング・オベーションで迎えられた。

Steve Howe  by Masanori Doi
Steve Howe by Masanori Doi

2013年、北米では『こわれもの』『危機』『サード・アルバム』を完全再現する“スリー・アルバム・ツアー”が行われている。今回の日本公演はそのうち2枚のアルバムなので、ちょっと損かも?…と思いきや、アンコールはその『サード・アルバム』から「アイヴ・シーン・オール・グッド・ピープル」と「スターシップ・トゥルーパー」がプレイされた。この日『へヴン&アース』からの2曲も演奏されたことを考えると、バランス的にはイコール、あるいはそれ以上に“お得”だったといえる。

ちなみに公演によっては彼らの全米ナンバー1ヒット曲「ロンリー・ハート」が「スターシップ・トゥルーパー」の代わりに演奏されることもあった。2012年にも聴かれたこの曲のギターをスティーヴ・ハウが弾くのは不思議な感覚が未だ抜けないが(アルバムでプレイしたのはトレヴァー・レイビン)、ライヴならではのお楽しみであり、盛り上がってしまった方が勝ちだろう。

約2時間のステージを見て、強く印象づけられたのは、イエスの“現役感”だ。決して若ぶるのではなく、かといって“おやじロック”と開き直ってしまうわけでもない。あるがままの彼らが、とてつもなくエネルギーに満ちているだけだ。スクワイアがそのガッチリした体躯から分厚いベース・サウンドを弾き出すのはもちろん、ハウのギター・プレイも枯れたルックスとは相反するダイナミズムを持っており、エレクトリック(ホローボディ&ストラト)、アコースティック、ラップ・スティールを縦横無尽に弾きまくる。また、イエスのライヴにおいて、ホワイト以外が叩くドラムスを想像することは、今や困難だ。

ロック・ミュージックにおける高齢化が叫ばれる昨今、“これが最後の来日かも?”とファンに思わせるアーティストの来日も珍しくなくなった。だが、イエスのライヴを見ると、きっと彼らが日本に戻ってくることを確信させられる。そして彼らが日本でプレイする限り、そのステージを何度でも見たいと思わせるライヴだった。

なお2014年11月29日(土)、東京・NHKホールでジャパン・ツアー最終公演が行われることが決定している。

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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