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BABYMETALファンも知っておくべき“マロイクの印”

山崎智之音楽ライター
photo by Amy Harris/REX/Shutterstock(写真:REX FEATURES/アフロ)

去る2016年3月25・26日、東京・渋谷WWWでライヴ・イベント“ギターサンダーボルト「忍殺」”が行われた。

TVアニメ番組『ニンジャスレイヤーフロムアニメイション』のエンディングテーマを担当したアーティスト達が総出演したこのイベントには人間椅子・ギターウルフ・Electric Eel Shock、Borisなどが出演。20年以上のキャリアを持つベテラン勢の彼らの普段のライヴには幅広い年齢層のファンが集まるが、この日は最新アニメとのコラボレーション・イベントということもあり、若い観客が目立っていた。

普段あまりロック・コンサート会場で見かけるタイプではない人々もいたが、そんなことは関係なく、首を振り、拳を突き上げていた。それは“定番”でも“振り付け”でもない、激しいロック音楽に対する本能的な反応だった。

興味深かったのは、彼らの少なくない割合が“フォックスサイン”を出していたことだ。人差し指と小指を立てて、親指・中指・薬指の先をくっつけてキツネにする指ポーズは、BABYMETALのライヴではお馴染みの光景だ。2016年4月に発売されたアルバム『METAL RESISTANCE』が日本のみならず世界各国でヒットを記録、9月には東京ドーム進出が決まるなど勢いの止まらない彼女たちだが、こんなところでもその影響の大きさを窺わせた。

(もちろん『ニンジャスレイヤー』作中でフォックスサインが登場することも踏まえているだろうが)

フォックスサイン
フォックスサイン

このフォックスサインには元ネタがある。ヘヴィ・メタルのライヴでは恒例の、人差し指と小指を立てて他の指を握りこむ、“マロイクの印”だ。

英語圏ではしばしば“デヴィル・ホーン”とも呼ばれるこのマロイクの印だが、決して悪魔を賛美するものではなく、むしろその逆だ。邪眼を避ける、魔除けのサインなのである。

(Maloikとはmal=邪とoik=眼を意味している。元のイタリア語はmalocchio=マロッキオ)

このサインがヘヴィ・メタル界に普及したのはレインボー、ブラック・サバス、ディオなどで活躍したシンガー、ロニー・ジェイムズ・ディオの影響が強い。イタリア系アメリカ人の彼は子供の頃、祖母がこのサインを出しているのをよく見ていたという。イタリアの古い言い伝えによると、邪眼を持った人間は我々に呪いをかけることがある。それを防ぐのには牛の角が有効だ。そのため、イタリアの地方では家屋の玄関上に牛の角が飾られているのが珍しくない(日本の鬼瓦に近い感じ。筆者もナポリ近郊で見かけた)。また、牛の角で出来た御守り“コルニチェロ”を肌身離さず持っている人もいる。

だが、牛の角が手元にないときに邪眼に見入られたときはどうするか?そう、自分の手で牛の角のポーズをして、呪いがかかるのを防ぐのである。

ブラック・サバスのシンガーだったオジー・オズボーンはステージ上でピースサインをしていたが、1979年に後任として加入したロニーが同じポーズを嫌って、祖母がやっていたマロイクの印を出すようになった…というのが、現在のメタル界における定説だ。

ただ、アメリカのコヴンが1969年に発表した“史上初の黒ミサ実況アルバム”とされる『Witchcraft: Destroys Minds & Reaps Souls』の内ジャケットではメンバー達がマロイクの印を出しており、実際にはもっと前からロックと黒魔術/オカルトを繋ぐポーズとして使われていたという説もある。

(このアルバムはブラック・サバスがデビューする以前に「Black Sabbath」という曲を収録するなど、ヘヴィ・メタルのさまざまな現象を“予言”した作品でもある)

ちなみに日本では“メロイック・サイン”という表記がよく使われるが、これはAmericanを“メリケン”、zontagを“どんたく”、padreを“バテレン”と表記したのと同様に、外国語が得意でない日本人が変なヒアリングをしてカタカナを当てたものだ。当然ながら英語圏・ドイツ語圏・スペイン語圏・フランス語圏などで“メロイック・サイン”と言っても通じないのでご注意いただきたい。

2016年4月20日、両国国技館でアイアン・メイデンのライヴが行われた。東日本大震災の余波で前回のツアーが中止になって以来の日本公演は凄まじい盛り上がりを見せたが、やはりあちこちで若いファンの挙げる手の指がキツネになっていた。

ヘヴィ・メタルというジャンルそのものを代表するバンドであるアイアン・メイデンのライヴでも見られたフォックスサイン。はたしてヘヴィ・メタルの守護聖獣は牛からキツネに交替しようとしているのだろうか。

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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