2016年、アナログ盤レコードの旅。EAR機材で聴くロック/ポピュラー名盤
最近しばしば雑誌やウェブのニュース記事で見かけるのが、アナログ盤レコードの人気が再燃しているというものだ。
20世紀、音楽を聴くメディアとして世界中のリスナーに愛されてきたのがアナログ盤レコードだ。1980年代後半にCDに取って代わられ、過去の遺物として消え去っていくかと思われたアナログ盤が、21世紀において復活のきざしを見せているというのだ。
興味深いのは、若い音楽ファンがアナログ盤に飛びついていることだ。2016年4月16日には“レコード・ストア・デイ”が開催され、当日限定盤などが発売されたが、渋谷タワーレコードの開店前から出来た行列の先頭にいたのは、二十歳台の女性だった。彼女はMETAFIVEの655枚限定アナログ盤をゲットするべく、早朝から並んだという。
音楽のナチュラルな響きを捉えたアナログ盤のサウンドは、世代を超えてリスナーのハートをキャッチするのだろうか。海外ツアーを多くこなし、世界規模での人気を誇るロック・バンド、ELECTRIC EEL SHOCKのベーシスト前川和人も、アナログ盤に魅せられた一人だ。
「1967年に生まれた自分は最後のアナログ世代。聴いて育ったアナログ盤には思い入れがあります」と前川は語る。また彼はミュージシャンとしての視点から、アナログ盤の重要性を説いてくれた。
「音楽を創る以上、形として残るものにしていきたい。CD時代が終わりつつある今、ダウンロードやストリーミングもいいけれど、しっかりと自分の手に持つことが出来るのがアナログ盤なんです」
そんな想いを込めて、前川はStylus & Groove LLC社を設立。代表社員として、マスタリング作業や試聴イベントの開催などを通じて、アナログ盤の普及振興を行っていく。その一環として英国のオーディオ・ブランドEAR(Esoteric Audio Research)の創設者ティム・デ・パラヴィッチーニを招き、フジ・ロック・フェスティバル16の会場でロックの名盤レコードの数々をEAR機材で聴くイベントも開催される(詳細は下記)。
今回の企画では筆者(山崎)が東京都内のStylus & Groove LLCオフィスに伺い、EAR機材でロック/ポピュラーを中心としたアナログ盤の試聴を行ってみた。
この日、試聴に使った機材は以下のとおり:
ターンテーブル Clearaudio Concept MCパッケージ
スピーカー EAR Primary Drive (非売品)
試聴用に選盤したのは、“2016年にアナログ盤を聴く”ことをコンセプトにしたセレクションだ(一部例外あり)。皆様のアナログ・ライフにおいて何らかのヒントとなったら幸いである。
(1)Adele「I Miss You」
(アルバム『25』収録)
現代の音楽シーンを代表する女性ヴォーカリストがアデルだ。
アナログ盤が復活といってもCDもまだ健在、ダウンロードやストリーミングもあり、“核”となるメディアが不在の昨今。そんな中でアデルの本作は囁くようなヴォーカルから力強いドラムスまで幅の広い、“アナログ盤で聴かれること”を前提にした音作りなのが興味深い。
Maekawa comments:
「この曲はプロデューサーのポール・エプワースが所有するロンドンの『ザ・チャーチ・スタジオ』でレコーディングしています。このスタジオではEARの機材が全面的に使われていて、その信頼の高さが窺えますね」
(2)BABYMETAL「KARATE」
(アルバム『METAL RESISTANCE』収録)
アデルと好対照だったのが、今や海外で最も注目される日本の女性グループとなったBABYMETALの『METAL RESISTANCE』だ。
世界一のCD大国・日本出身のアーティストということもあってか、CDで聴かれるべきシャープな高音とディープな低音を重視しており、それをアナログ盤にそのままトランスファーしている。
今回試聴に使用したのは日本盤LP。シングル・ジャケットで帯もブックレットもなく、そっけない作りだが、あくまでメインはCDで、LPはコレクターズ・アイテムという位置づけなのかも知れない。どうせならLPサイズのフォト・ブックレットも付けて欲しかったところだが...。
Maekawa comments:
「海外進出の先輩としてのコメント?ないない、そんなのないです(笑)。彼女たちはアイドルとして凄い。もうひれ伏すしかないです」
(3)Beck「Morning」
(アルバム『Morning Phase』収録)
1990年代に「ルーザー」でローファイ旋風を巻き起こしたベックだが、このアルバムではそれと対照的に、極限まで生音にこだわったサウンドを聴かせている。
ドラムスを叩いているのはベックの相棒といえるジョーイ・ワロンカーだが、アップライト・ベースを弾くのは何とスタンリー・クラーク。ピアノとオルガンは元ジェリーフィッシュのロジャー・マニングJrという、やはり生音重視のプレイヤー達だ。
Maekawa comments:
「このアルバムはアコースティック・ギターの鳴りが最高にリアルで、機材のレフェレンス用によく使っています」
(4)Fleetwood Mac「Stop Messin' Around」
(アルバム『Mr. Wonderful』収録)
“2016年にアナログ盤を聴く”コンセプトとはズレまくりだが、どうしてもEARのハイエンド機材で聴いてみたかったのが初期フリートウッド・マックにおけるピーター・グリーンのギターだ。試聴に使ったLPはピーターとミック・フリートウッド、ジョン・マクヴィーの直筆サイン入りの山崎家の家宝。もちろんマトリックスはAB面両方が初回プレスの“1”だ。
現行盤CDもかなりの高音質だが、LPではピーター・グリーンのギター・トーンがさらに生々しく突き刺さる。「Love That Burns」のギター・ソロも泣きむせぶ。
Maekawa comments:
「良い意味で何もしていないサウンドですね。ダイレクトに迫ってくる、こんな音を忠実に再現できるのもアナログ盤の魅力です」
(5)Gary Moore「Need Your Love So Bad」
(アルバム『Blues For Greeny』収録)
ゲイリー・ムーアはピーター・グリーンの愛器ギブソン・レスポールを譲り受けており、師匠に捧げたこのアルバムでは上述のピーターと同じギターを弾いている。だが、ほぼ無加工のピーターに対し、ゲイリーはリヴァーブやエコーをかけるなど、エフェクトの多いサウンドだ(実際にはゲイリーの方が普通で、ピーターがナチュラル過ぎるのだが)。
このアルバムが発表された1995年はアナログ盤が最も軽視されていた時期で、このLPもプレス枚数が極少だ。CDのサウンドをLPに忠実にトランスファーすることに専心しているという点では、前述のBABYMETALに通じるかも知れない。
アナログ盤の特性上、音質が最も悪くなるA面ラストに収録されたこの曲ゆえ、フランス盤のみ作られたプロモーション・オンリーの45回転12インチ・シングルも試聴してみたが、多少音域が拡がったかな?という程度で、あまり変わらなかった。
Maekawa comments:
「ゲイリーはバリバリのマシンガン・ピッキングとか、ハード・ロック期が好きなんです。この曲は白玉キーボードとかストリングスのアレンジが臭くて、ギターの良さを消しちゃってますねえ」
(6)Miles Davis「So What」
(アルバム『Kind Of Blue』収録)
既存のタイトルのマスターテープをレコード会社からライセンスし、自社で手間暇かけた高音質盤をリリースする米モバイル・フィデリティ社からの2015年復刻盤。
1959年、スタジオ・ライヴでレコーディングされた本作だが、もう半世紀以上前の演奏とは思えないリアルな臨場感と迫力に気圧される。それぞれの楽器の分離もクッキリしており、マイルスとジョン・コルトレーン、キャノンボール・アダレイ、ビル・エヴァンスらの鮮烈なプレイに聴き入ってしまう。
Maekawa comments:
「このアルバムも当社のレフェレンス用に使っています。モバイル・フィデリティ盤はナチュラルな音を再現することを主眼にしていて、派手派手しくなく自然な音が今になって改めて評価されていますね。モバイル・フィデリティもEAR機材を使っています」
(7)SUNN O)))「Agartha」
(アルバム『Monoliths & Dimensions』収録)
音楽の歴史において20世紀最大の革新は、電気によって音量を上下することが可能になったことだろう。ズズーンという重低音が大音量のドローン(持続音)となって死ぬまで続くSUNN O)))のサウンドは、否定派からは「あんなのは音楽でなくデカい音の我慢比べ」という批判もあったが、最も音楽らしい音楽と呼ぶことも可能だ。
「Agartha」はもはやアナログ盤もCDも関係ない殺傷力重視の轟音ギターが襲うが、続く「Big Church」での静と動のコントラストは神々しくすらあった。
Maekawa comments:
「これは...凄いね。いわゆるジャンルとしてのノイズとは異なるノイズ・ミュージックというか」
(8)Queens Of The Stone Age「Fairweather Friends」
(アルバム『...Like Clockwork』収録)
元カイアスのジョシュ・ホーミ率いるクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジの最新作は多数のゲストを迎えるなどして、音の奥行きがどこまでも拡がるサウンドが特徴だ。フー・ファイターズのデイヴ・グロールがドラムス、そしてエルトン・ジョンがピアノを弾くこの曲をLPで聴くと、さまざまな音が無理なく同時に詰まっている 。CDだと閉塞感があったのに対し(それもまた快感であるが)、音の隙間が感じられる。カイアス時代はベーシックなヘヴィ・ロックをプレイしていたジョシュが、はるか遠い地点まで来たことを強く印象づけさせる曲だ。
Maekawa comments:
「クイーンズは赤いジャケットのアルバム(『Songs For The Deaf』)を出したときにちょうどELECTRIC EEL SHOCKで海外ツアーをして、よく比較されたんですよ。やっていることが似ているって。当時のベーシストだったニック・オリヴェリとは一緒にツアーしたりして、仲良くなりましたね」
●総論
筆者は少年時代からラジオ・エアチェックやレンタル・レコード、図書館でのLP貸し出し、さらには極悪音質のアナログ盤ブートレグ(海賊盤)などで育った世代のため、曲や演奏さえ良ければ音質にはこだわらないスタンスを持ってきた。
普段CDで聴いているアルバムをLPとハイエンドのシステムで聴いたからといって、音楽そのものに変化があるわけではないが、いつも聴いているのとは異なるディテールが耳に押し寄せてくるのが新鮮な経験だった。これから残りの人生、自分が聴き親しんできた愛聴盤を聴き返すだけで過ごしても楽しいのではないか...と思ってしまったほどで、EARのカタログを読み込んではそのプライスに溜息をつく毎日だ。
誇張でなく耳からウロコが落ちたアナログ・エクスペリエンス。普段mp3で音楽を聴いているリスナーにこそ、ぜひ体験していただきたい。まったく別の、新しい世界が拡がってくる。
●イベント詳細
カフェドパリ・アナログ・アワー〜「KING OF TUBES」ティム・デ・パラヴィッチー二の軌跡〜
会期:2016年7月23日(土)19:30〜21:30
場所:フジロック・フェスティバル’16 Cafe de Parisエリア
◆来場者特典ARステッカー配布予定
(枚数限定につきなくなり次第終了)
フジロック・フェスティバル’16Webページ
http://www.fujirockfestival.com/
●EAR日本総代理店
(株)ヨシノトレーディング
問合せ先:
Stylus & Groove LLC
info@stylus-groove.com