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【インタビュー前編】ニューロシスとの会話 / ヘヴィ・ロックの芸術性と闇の美学

山崎智之音楽ライター
Neurosis / photo by Scott Evans

“音楽不況”といわれながら、数多くの優れた作品が発表された2016年の音楽シーン。だが、その中で異彩を放つのがニューロシスの4年ぶりとなるニュー・アルバム『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』だった。

1985年にカリフォルニア州オークランドで結成。ヘヴィ・ロックに独自の芸術性と闇の美学を取り入れた孤高の世界観によって、世界中に多くの信奉者を持つ彼らの新作は、2016年という時代の混沌をロックで描き切った啓示だ。

バンドのギタリスト兼シンガーであるスティーヴ・ヴォン・ティルは物静かだが、豊かな語彙と精神性を込めた語り口でアルバムについて話してくれる。前後編に分けた長編インタビュー、まず前編では主に『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』について訊いてみよう。

<音楽を生み出すのはスピリチュアルな経験>

●バンド結成30周年、おめでとうございます。ウェブで公開された『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』告知映像には“30 years in the making(構想30年)”とありましたが、このアルバムは30年の集大成といえるでしょうか?

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その通りだ。『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』には俺たちが過去30年間、生きてきたこと、学んできたことが込められている。ただ言っておきたいのは、このアルバムだけが集大成なのではないということだ。どのアルバムも過去からの集積なんだ。前作『オナー・ファウンド・イン・ディケイ』(2012)も“構想26年”のアルバムだし、あのアルバムがなかったらこのアルバムもない。ニューロシスの進化過程は一本のまっすぐな道ではなく、螺旋状に伸びている。徐々に中央に向かっていく。その中央にあるのが、俺たちの求める聖杯なんだ。それを見つけることが出来るかは判らないけど、それを達成するのが俺たちの目標だ。『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』は現在のバンドの姿を最も正しく表現している作品だ。次のアルバムはさらなる進化形になるよ。

●『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』の制作過程はどのようなものでしたか?

すごくスムーズに出来上がったアルバムだった。『オナー・ファウンド・イン・ディケイ』を出してから、バンド全員が揃う機会が少なかったんだ。俺はアイダホ北部、スコット(ケリー/ヴォーカル、ギター)はオレゴン、他の連中はカリフォルニアに住んでいて、みんなそれぞれ別の生活をしているからね。リハーサルも各自でやって、みんな“宿題”をこなして、ライヴ会場でのサウンドチェックで音合わせをしたり...だからニュー・アルバムを作るにあたって、何も準備していなかったんだ。2015年2月の週末に全員のスケジュールを調整して、とにかく集まって何が起きるかやってみようということになった。俺とスコットはその前の週末、アイダホでジャムをやって、簡単なアイディアの交流をしてみた。その時点でまだ曲やアレンジはまとまっていなくて、幾つかアイディアがあるのみでオークランドに集まって、土日の作業を経て、日曜の夕方にはアルバムの骨格が出来上がっていたよ。

●2016年3月にサンフランシスコ、4月にオランダ『ロードバーン・フェスティバル』で30周年記念ライヴを行いましたが、それとアルバム制作の兼ね合いはどのようものでしたか?

バンドが結成したのが1985年だから、当初2015年12月に30周年記念ライヴを予定していたんだ。でも2月のセッションの感触が良かったんでライヴを延期して、11月から12月にかけてシカゴの『エレクトリカル・オーディオ』スタジオに入ることにした。

●曲作りのプロセスについて教えて下さい。

きわめてナチュラルなプロセスだったし、まるで宇宙からアルバムを“授かった”ようだった。曲作りのプロセスは毎回異なるんだ。多くの場合はギターから書き始めて、全員で完成させる。過去のアルバムでは俺のホーム・スタジオでラフなトラックを録ってネット経由で他のメンバーに送ったりしたこともあるけど、今回はまったくしなかった。5人それぞれが異なった考えと異なった本能を持っていて、それがどんな形で表れるか判らない。完成テイクは全員が同じ空間に集まらないと、生命が宿らないんだ。俺たちにとって音楽を生み出すのは、スピリチュアルな経験なんだよ。

●...スピリチュアルな経験ですか?

ニューロシスでずっとやってきて、何年もかけて気付いたんだ。脳を解き放って、ハートと魂にすべてを委ねることで、より良い音楽が生まれるってね。最初にヒントを得たのは『エネミー・オブ・ザ・サン』(1993)の頃だった。俺たちの音楽がトランス状態を生み出すことに気付いたんだ。そして、そのトランスに身を委ねることで、音楽のスピリットそのものと一体化することが出来る。サウンドによって肉体を離脱して、脳に出来る範囲を超えられるようになったんだ。そんなトランス状態を生むには、バンドがひとつになる必要がある。オーヴァーダビングではどうしてもしっくり来ない。 ニューロシスは個々の和よりも大きな存在なんだ。俺たちは音の聖杯を探し求めている。死ぬまで見つけることは出来ないかも知れないけど、探求を止めるつもりはない。

●『オナー・ファウンド・イン・ディケイ』ではサイケデリックな方向性を志向したそうですが、今回の顔面に叩きつけるダイレクトな音楽性は、その反動なのでしょうか?

前のアルバムの音楽的アプローチが次のアルバムに繋がっていることは確かだ。ただ、それが反動なのかは何とも言えない。俺たちはまだ『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』の世界観に全身浸っていて、抜け出ていない。だから他のアルバムと冷静な比較をすることが出来ないんだ。もし来年、同じ質問をしてくれたら、答えることが出来るかも知れない。

<炎は創造であり、変化、破壊>

●『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』というアルバム・タイトルは、どんな意味があるのですか?

火は人間と他の動物を区別する“知性・啓蒙”の象徴だ。そして火は“創造”であり“破壊”でもある。“火の中の火”という表現は、大きな総体の宇宙が小さなフラクタルを内包する...みたいなフレーズがアルバムをうまく表現していると思った。バンドとしての俺たちが音楽の大きな枠組みの中で新しいことを試みるという意味もあったんだ。すべての意味が繋がるフレーズだった。

●タイトルはどんなところから着想を得たのですか?

実はタイトルを考えるのにすごく苦労したんだ。アルバムは1月に完成していた。その翌月にはトーマス・フーパーがジャケット・アートを描いていた。彼はコンピュータを使わず、すべて手で描いてくれたけど、絵筆を手にして「...ところでアルバムのタイトルは何?」と訊いてきたよ(苦笑)。曲タイトルでアルバムのタイトルに使えそうなのもなかったし、歌詞の一部を使うのもピンと来なかったし...あるときベーシストのデイヴ(エドワードソン)がアーサー・ミラーの戯曲『るつぼ』 を読んでいて、 “fires within fires”という一節があると教えてくれたんだ。それは人間同士の戦いを意味していて、俺たちが意図したものではなかったけど、「いいんじゃない?」「いいね」って、それに決まった。ニューロシスにとって、音楽とは破壊と創造のプロセスなんだ。5人それぞれのアイディアをいったん分子レベルまで解体して、新しく組み立てていく。その意味でもこのアルバムのタイトルにfireが含まれるのは自然な結果だったんだ。

●アルバムの歌詞では何度もfireが登場しますが、それは全体を貫くテーマなのでしょうか?

まあ、俺たちの最初のレコードから現在に至るまで、fireやwater、earth、soil、sunなんかは数千回登場してきたと思うけどね。俺たちの語彙で自分たちの音楽を表現できる数少ない単語のひとつなんだ。炎は創造であり、変化、破壊だ。イメージをかき立てる存在なんだよ。

●「ファイアー・イズ・ジ・エンド・レッスン」という曲タイトルはどういう意味ですか?

その歌詞はスコットが書いたものだから、俺には説明できない。スコット自身も説明できるかどうか...。

●歌詞はどのようにして書いていますか?

まず曲を完成させてから歌詞を書くようにしているんだ。リハーサル・テープを聴き返して、音楽が自分たちに告げようとしていることを表現することを試みる。言葉よりも先にヴォーカルのリズムやイントネーションが決まるんだ。それから自分たちの内面にあるイメージを、独自のフィルターを通して言葉にしていく。

●ニューロシスの歌詞はしばしば難解だといわれますが、どのようなメッセージを伝えようとしていますか?

歌詞についてはあまり説明しないようにしているんだ。別に俺たちが怠け者だからじゃないよ。説明することが本質的に不可能なんだ。

特定の個人的な出来事を歌っているわけではないし、自分たちの人生の苦悩を他人に見せる露出狂的な趣味もない。時に個人的なことも歌詞にしているけど、抽象的に表現している。歌詞の内容がまったく判らないときもある。自分で書いたのにね。それから何年も経って、ふと気付くんだ。ああ、こんな意味だったのかって。ニューロシスの音楽がそうであるのと同様に、歌詞もサイケデリックなイメージのコラージュということもある。一節のメッセージが個人的であり、次の一節が宇宙的だったりするんだ。

●ウィリアム・バロウズのようにカットアップ手法で歌詞を書いたことはありますか?

やったら面白いかな、と考えたことはある。ノートにいろんな歌詞を書き付けてそれをハサミで切って貼り合わせたり、コンピュータで文節ごとにランダムに繋ぎ合わせるアプリを使ったらどうかとね。実際、アイディアを書いたメモ帳から少しずつフレーズを引用しているし、カットアップに近い感覚で歌詞を書いているといえるかも知れない。具体的にどの曲のどの部分がそうかを指摘することは不可能だけどね。

<DADGADチューニングにはスタンダードでは出せないテキスチャーがある>

●あなたとスコットはギター・プレイに対してどのようにアプローチしていますか?

俺にとってギターを弾くことは抽象的な表現行為なんだ。ニューロシスはしばしばヘヴィ・メタルに分類されるけど、俺もスコットも自己流でギターを弾いているし、ひとつのスタイルには囚われていない。2人ともちょっとしたソロ活動を除くと、十代のデビュー以来ニューロシスでしかプレイしたことがないんだ。そのせいもあって、ロックやメタル、ブルースのテクニックは持っていない。俺はテクニックよりもサウンドと音響で表現するギタリストなんだ。ソニック・ユースから多大な影響を受けて、フィードバックや音を歪ませるペダルなど、エフェクトをかけることでギターのサウンドの異なった表現を行ってきた。フィルターやフランジャー、フェイザー、ディレイ、リヴァーブ...すべてを駆使して、オルガンみたいな音を出したり、シンセや風、壊れたラジオ...アルバムのあちこちで“ブロークン”なサウンドを聴くことが出来るよ。

●スコット・ケリーはどのようなギタリストですか?

スコットはニューロシスにおけるギターの“肉”の部分を担っている。ヘヴィなパワー・コードのリフとかね。ただ彼は単なるメタル・ギタリストではなく、ヘヴィなリフを異なったアングルからアプローチする才能を持っている。シンプルなリフかと思いきや、奇妙なリズムやタイミングで弾いたり...スコットは自分のリフについて“原始時代のブラック・サバス”と表現したりするけど、実際にはもっと複雑で奥行きのあるものだよ。クレイジーな要素もたくさんある。彼のギターは俺と相性がいいんだ。2人でハーモニーを弾くこともあるし、彼のリフを俺が装飾したり、俺のフレーズに彼のストレートなリフが突っ込んでくることで、新しい次元に到達する。

●ニューロシスは地域性を感じさせない、むしろ別世界の音楽をプレイしてきましたが、「ブロークン・グラウンド」では珍しくアメリカーナを漂わせています。バンドがアメリカ出身であることを考えると決して奇異ではありませんが、それは意図したことでしょうか?

俺たちはニューロシスの音楽が特定の国家や地域よりも広い領域に属していると考えている。俺自身、子供の頃から違和感なくアメリカやイギリス、ヨーロッパ、日本などの音楽を聴いてきた。西洋のロックとチベットの僧侶、モンゴルのホーミー、中東の民族音楽、ケルト音楽などには同じ緊張感がある。そんな音楽から影響を受けてきたけれど、それらの音楽の演奏の仕方を知らない。だから俺たちなりに解釈しなければならないんだ。「ブロークン・グラウンド」にアメリカーナ的な要素があるという指摘は、他からもあったよ。ただ、曲を書いたときにはまったく意識していなかった。ギターのチューニングはアメリカンよりもケルティックなんだ。DADGADチューニングで弾いている。アイルランドやスコットランドの移民が故郷からアメリカに持ち込んだ音楽がカントリーやブルーグラスになったから、ケルト音楽のチューニングをアメリカーナと感じる人もいるんだと思う。

●どんなときにDADGADで弾いているのですか?

『ソウルズ・アット・ゼロ』(1992)ではまだスタンダード・チューニングも使っていたけど、それ以降はすべてDADGAD、あるいは低音を重視するときはAADGADで弾いている。割合は半々かな。ジミー・ペイジもDADGADで弾いていたけど、俺はヴォイヴォドやディー・クロイツェンを聴いて育ったから、ああいう反響音と不協和音、そしてドローンが好きだったんだ。DADGADはスタンダード・チューニングでは出せないようなサウンドのテキスチャーを出すことが出来るという点で、ドローン向きのチューニングだと思うね。ちなみにスコットはドロップDかドロップAにしているよ。

●アメリカーナといえば、タウンズ・ヴァン・ザントへのトリビュート『ソングズ・オブ・タウンズ・ヴァン・ザント』(2012)をニューロシスのレーベル『ニューロット・レコーディングス』から発表して、あなたとスコットも参加していましたね。

Neurot Recordings NR-082 現在発売中
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うん、タウンズ・ヴァン・ザントは大好きなんだ。彼の音楽を知ったのは実は最近のことで、ソロ・アルバム『アズ・ザ・クロウ・フライズ』(2000)を作っているときだった。エンジニアが「タウンズ・ヴァン・ザントっぽいね」と言ってきたんだ。「誰?」と訊いたら、「パンチョとレフティ」を書いた人だといわれた。ウィリー・ネルソンのヴァージョンで知っていた。

●カントリー・ミュージックはどのように聴くようになったのですか?

俺は元々パンクが好きだったけど、インスピレーションをもたらす音楽を探す旅路で、カントリーに出会ったんだ。ウィリー・ネルソン、ウェイロン・ジェニングス、ジョニー・キャッシュ、マール・ハガードなどにハマったね。タウンズ・ヴァン・ザントはそんな中でも逸脱したアーティストだった。歌詞はディープだし、雰囲気がヘヴィで、ユーモアもあったけどエモーショナルなんだ。ヘヴィなギターこそ入っていないけど、ニューロシスの音楽が好きなリスナーだったらきっと感じるものがあると思うよ。

インタビュー後編では過去作品についての秘められたエピソード、2000年の伝説の日本公演、未来への展望について訊く。

●ニューロシス

『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』

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音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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