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【インタビュー後編】ニューロシスとの会話/地獄を経て辿り着いた頂上から見えたもの

山崎智之音楽ライター
Neurosis

現代ヘヴィ・ロック界において異形のカリスマと呼ばれるニューロシス。バンドのギタリスト兼シンガーであるスティーヴ・ヴォン・ティルへのインタビュー。前編では2016年における最重要ロック・アルバムのひとつ『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』について語ってもらったが、後編では、過去の名盤の数々から現在、そして未来へと変化していく彼らの“ニューロシス進化論”、そして未来に向けての展望を訊いた。

<『スルー・シルヴァー・イン・ブラッド』はクレイジーな時期に作られたクレイジーなアルバム>

●アメリカのロック雑誌『デシベル』誌が“殿堂入りアルバム”として『ソウルズ・アット・ゼロ』(1992)、『スルー・シルヴァー・イン・ブラッド』(1996)、『タイムズ・オブ・グレイス』(1999)の3作をピックアップしましたが、その選盤は妥当なものでしょうか?

Daymare Recordings DYMC-272 現在発売中
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まず、3作が同時に殿堂入りというのは光栄に思うし、バンドの30周年を記念するのに嬉しいプレゼントだね。ただ俺たちが作ったどのアルバムも重要だし、3枚だけをピックアップすることは不可能だ。『ソウルズ・アット・ゼロ』から最新作『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』までの作品はひとつの流れに則ったもので、どれも除くことは出来ない。もちろん最初期の2枚のアルバムもバンドの歴史において重要なアルバムだけど、ファースト『ペイン・オブ・マインド』(1987)のとき俺はまだバンドにいなかったし、『ザ・ワード・アズ・ロウ』(1990)は最初期のハードコアから脱しきれていない過渡期の作品だった。どちらも飛躍作である『ソウルズ・アット・ゼロ』に至る道を切り開いたという点で必要だったし、誇りにしているけど、若いミュージシャンが手探りで作ったもので、ニューロシスというバンドの目指す音楽性ではなかったんだ。

●もしあなたが“殿堂入りアルバム”を選ぶとしたら?

俺自身は『ソウルズ・アット・ゼロ』より『エネミー・オブ・ザ・サン』(1993)を気に入っている。心を解き放って、音楽が自然に流れるさまを捉えたアルバムだからね。『ソウルズ・アット・ゼロ』はまだ“脳”の部分を感じる。コード進行やメロディとか、頭で曲を書いていることが判るんだ。それと較べたら、『エネミー・オブ・ザ・サン』は野に放たれた獣だ。

●『スルー・シルヴァー・イン・ブラッド』発表後にはアメリカ『オズフェス』フェスティバル・ツアーに参戦してメインストリーム市場に殴り込みをかけましたが、このアルバムはバンドにとってどのような位置を占めますか?

『スルー・シルヴァー・イン・ブラッド』はクレイジーな時期に作られたクレイジーなアルバムだった。それまで純粋にアンダーグラウンドだった俺たちが大手インディーズの『リラプス』レーベルと契約して、マネージャーが付いて、『オズフェス』に参加して...初めて大手の音楽ビジネスというものに触れて困惑した時期だったんだ。その一方で、俺たちの音楽がより多くのリスナーに触れる機会でもあった。それまでMTVで流れるようなメインストリームの音楽しか聴いてこなかった人が、ニューロシスの音楽に初めて接することになったんだ。それから今に至るまでバンドをサポートしてくれるファン層も生まれたし、だから『スルー・シルヴァー・イン・ブラッド』を“名盤”と呼んでくれるファンもいる。それは有り難いことだと思うね。

●『スルー・シルヴァー・イン・ブラッド』の音楽については20年経って、どう捉えていますか?

Through Silver In Blood (1996)
Through Silver In Blood (1996)

『スルー・シルヴァー・イン・ブラッド』の音楽はブルータルだ。アルバムを作る作業は、俺たち自身が音楽そのものになる必要がある。だからあのアルバムを作る作業自体がブルータルであり、俺たち自身の内面をズタズタに傷つけることになった。アルバムの曲をツアーで毎晩プレイして、音楽そのものになることで、精神的なダメージが蓄積していったんだ。地獄といっていいほどだった。ただ、それを通過したことで、俺たちはひとつの山の頂上に上ることが出来た。『タイムズ・オブ・グレイス』では山の頂上から周囲を見回して、闇だけでなく光、醜だけでなく美も視界に入れることが出来たアルバムだ。そして、それが現在のニューロシスに繋がっているんだ。

<S・アルビニは音楽について一切口を出さない>

●『スルー・シルヴァー・イン・ブラッド』や『タイムズ・オブ・グレイス』は約70分という長さなのに対して、『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』はその半分に近い約40分ですが、それはどんな理由によるものでしょうか?

特に理由はないよ。俺たちのクリエイティヴな本能に基づくものだった。「何分のアルバムにしよう」と考えながらレコーディングすることはないんだ。『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』のときも、ひとつの作品として何も足すことも、何も引くことも出来なかった。レコーディングした後に、一瞬だけ「曲を追加したほうがいいか?」とディスカッションしたことがあったけど、すぐに「何のために?」という疑問が生じた。意味を感じなかったんだ。アルバムは宇宙から“授かった”ものであって、俺たち人間が後になって何かを追加することは正しくないと感じた。さらに言えば、俺たちが聴いて育ったアルバムの多くはLP1枚で、40分以内だった。CDが発明されたことで長いアルバムが増えたけど、必然性がなければ、やる必要はないんだ。スレイヤーの『レイン・イン・ブラッド』は30分に満たないけど、文句を言う奴はいないだろ?

●『タイムズ・オブ・グレイス』以降、すべてのアルバムでスティーヴ・アルビニをプロデューサーに起用していますが、彼との作業プロセスはどう変化しましたか?

Times Of Grace (1999)
Times Of Grace (1999)

スティーヴの作業プロセスは変わっていない。俺たちの作業は変わったけどね。彼と初めて一緒にやった『タイムズ・オブ・グレイス』の頃、俺たちはまだ経験が浅かったし、スタジオの使い方をよく判っていなかった。その前の『スルー・シルヴァー・イン・ブラッド』のレコーディングが長く苦痛に満ちたものだったせいで、レコーディングというのはそういうものだと思い込んでいたんだ。それでスタジオを3週間予約しようとしたら、スティーヴに「そんなに要らないだろ」と言われた。「まず2週間予約して、足りなかったら延長すればいいから」と言われてその通りにしたけど、結果として2週間でも時間が余ったよ。

●スティーヴ・アルビニのプロデューサーとしての仕事ぶりは、どんなものですか?

スティーヴの仕事は音楽を技術的・美的に満足できる形で、最上の技術とテクノロジーでアナログ・レコーディングすることだ。彼はバンドの音楽について一切口を出さない。

ガラスを叩き割って、猿を部屋に放すのであっても、最高の形でアナログ・レコーディングするだろう。俺たちはスタジオに機材を持ち込んで、スティーヴはマイクを設置して、“録音”ボタンを押す。それでいいんだ。3日でレコーディングして、3日でミックスして、それで完成だよ。

●バンドはどのようにレコーディングしていますか?

ギター、ベース、ドラムス、キーボードをすべてライヴ形式で、同じ部屋でお互いの表情を見ながらレコーディングしている。オーヴァーダビングするのはヴォーカルだけだ。ノア・ランディスもキーボードとサンプラーを俺とスコットの間に置いて、ライヴ形式でレコーディングしている。そうすることで完璧な演奏よりも、最もエモーショナルな演奏を得ることが出来るんだ。だから何度もテイクを録るのではなく、だいたい2、3テイクを録って、その中からベストなものを選ぶ。初日にアルバムの半分は仕上がっているよ。それから数日で完成させて、1日でヴォーカルを録って完成だ。

●ニューロシスの作品の密度と奥行きを考えると、驚かされる速さですね。

別に驚くようなことではないよ。ピンク・フロイドやレッド・ツェッペリン、ブラック・サバスはみんなそうしてアルバムを作ってきたんだ。俺たちだって出来ない理由はないだろ?

<鍵と球、木、太陽のマンダラ>

●『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』のジャケット・アートについて教えて下さい。

タトゥー・アーティストのトーマス・フーパーにはぜひアルバム・ジャケットを描いてもらいたかったんだ。彼のタトゥー・アートは素晴らしいし、俺とスコットも彼のタトゥーを入れている。アルバムの曲を書き始めるずっと前から、彼には声をかけていた。ただ、俺たちが求めるイメージを具体的に伝えられないせいで、彼も手探りの状態だったんだ。トーマスは、これまでのニューロシスのアートワークとはまったく異なるものを求めていた。彼はジャケットを、ひとつのアート作品にしようとしていたよ。鍵と球、木、太陽のマンダラ... 俺たちが誇りに出来るデザインを描いてくれた。リアル・アートの世界に触れた気分だ。実はアートワークのすべてが手描きなんだ。よく見ると判るけど、『ニューロット・レコーディングス』レーベル・ロゴも手描きだよ。唯一デジタルなのは裏ジャケット下の(C)関連、それと背表紙のタイトルぐらいだ。

●アートワークにある“鍵”は何を意味しているのでしょうか?

特にトーマスと話し合っていないし、知らないんだ。鍵は“理解”なのか?“真実”なのか?“謎を解く”存在なのか?とか、ジョゼフ・キャンベルやカール・ユングになったつもりで象徴主義について語ることは、あまり有意義だと思わない。それよりも本能で感じる方が、よりパワフルだと思うんだ。

●今年(2016年)12月にあなたとスコットが合流してソングライティング・セッションを行うそうですが、それはニューロシスとしての新作を視野に入れたものですか?

クリスマス・ホリデーで家でダラダラするなんて退屈だから、バンド全員で俺が住んでいるアイダホの山に集まる予定なんだ。俺のホーム・スタジオだと5人では狭いし、どこかスタジオを借りるつもりだよ。それでジャムをして、どうなるか様子を見てみる。それが新曲という形になるかはまだ判らないけど、何か新しいものが生まれたら最高だね。

●それ以外に、どんな活動が予定されていますか?

ここ数年のニューロシスはだいたい年間25回ぐらいライヴをやっているんだ。来年(2017年)の夏まで少しずつスケジュールが埋まっていて、通常よりやや多めの回数のショーをやることになりそうだよ。それに加えて、俺はハーヴェストマン名義のアルバムの作業をしている。だいたい完成に近づいたけど、あとは自分の気持ちの問題なんだ。それからバンドの自主レーベル『ニューロット・レコーディングス』の仕事もあるし、昼間の仕事もある。学校で教師をしていて、小学4年生の担任なんだ。9歳から10歳の生徒に読み書きや算数を教えている。もちろん家族と過ごす時間も必要だし、退屈する時間なんてまったくない。それでいいんだ。人生は一度しかないからね。

●『ニューロット・レコーディングス』の運営は誰が行っているのですか?今後注目のリリースを教えて下さい。

『ニューロット・レコーディングス』はバンド全員で運営しているけど、直接の作業は俺の割合が多いかな。経理面やCD・レコードのプレスなんかは俺が数人のパートタイムを雇ってやっている。それとPRカンパニーと契約しているし、そこそこ黒字は出ているよ。イタリアのユーフォマムート(UFOMAMMUT)が2017年前半にニュー・アルバムを出すんだ。すごく良いアルバムだから、ぜひ日本のリスナーにも聴いて欲しい。

●ニューロシスの別働隊のアンビエント・プロジェクト、トライブズ・オブ・ニューロットはもうやらないのですか?

やらないとは言わないけど現状、トライブズ・オブ・ニューロットをやるのは今の生活サイクルだとちょっと難しいんだ。みんなバラバラに住んでいるから、全員で集まってインプロヴィゼーションのジャムをやる機会がないからね。みんなあのプロジェクトを愛しているし、いつかまたやられたら良いと考えているよ。

●2017年にはニューロシスのライヴを日本で見ることが出来るのを願っています。

うん、ぜひまた日本でプレイしたいね。前回の日本公演(2000年4月)のことはよく覚えているよ。東京はクレイジーだった。ユニークでテンションが高くて、まるで別の惑星に来たような気分だったよ。ZENI GEVAと一緒にやったのも素晴らしい経験だった。あの一度しか日本を訪れたことがないのが残念でならない。『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』の曲はどれもステージで輝きを増すんだ。日本のファンと音楽を共有できるのを楽しみにしているよ。

●ニューロシス

『ファイアーズ・ウィズイン・ファイアーズ』

デイメア・レコーディングス

DYMC-272

現在発売中

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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