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「送検=起訴見込み」という誤謬―PC遠隔操作事件・5か月目の報道検証(中)

楊井人文弁護士

6月21日、PC遠隔操作事件の第2回公判前整理手続後に行われた弁護側記者会見。その最終盤で、「送検」を「起訴見込み」を勘違いしたとみられる記者が、弁護側にたしなめられるシーンがあった。6月10日に「最後の追送検」がなされたことを前提に、今後の保釈請求に関する質問で、次のようなやり取りだった(引用中、「佐藤」は佐藤博史弁護士、「木谷」は木谷明弁護士。敬称略)。

記者「追起訴されたら即日(保釈請求を)出す、それでいいんですか?」

佐藤「え、どういう意味です?追起訴ってどういう・・・?」

記者「最終的に追起訴された場合、いま追送検されている部分について追起訴されるのではないかと考えられるわけですが…」

佐藤「そう思ってるわけですか?」

記者「まあ、じゃないと…だったら追送検しないでしょ

佐藤「いやいや、あのね、それは必ずしも、みなさん…」

記者「それは僕の考えなので、あまり意味はないんですけど、そういった場合を仮定して…」

木谷「追送検しないということができるかっていうこと、あなた、法律的にできるんですか?

記者「…」

佐藤「捜査を遂げた場合は、警察はかならず検察官に送致しなければならないんですよ

記者「あ…」

佐藤「それで検察官が起訴・不起訴を決めるので。一般的には書類送検っていうのは逮捕・勾留ができない事件ですよ。だからメッセージとしては、その事件については検察官が不起訴処分で終わってもらっても構いませんっていうメッセージだと、我々理解しているわけです。…(略)…」

記者「失礼しました。不勉強ですみませんでした」

佐藤「いやいや、いいんですよ。起訴って言われて、ちょっとびっくりしちゃったけど。そういうこと書かないでくださいね」

刑事訴訟法は、警察は、家裁に送致する少年事件や微罪事件を除いて、捜査した事件を全件検察に送致しなければならないと定めている。つまり、警察にはいったん捜査を行った以上、起訴相当かどうか(という警察独自の判断)によって、検察に送致するかしないかを決める権限はないのである。

【刑事訴訟法第246条】 司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。

この記者は単に、弁護側の保釈請求のタイミングがいつになるのか、仮に追起訴された場合がそのタイミングになるのかを確認したかっただけかもしれない。だが、「追送検は追起訴の見込みがあってなされるもの」という思い込みが、図らずも露呈してしまったようだ。

しかし、このような誤解ないし潜在意識は、別にこの記者に限ったことではないのではないか(私の主眼は、この記者個人のことを取り上げたいのではなく、あくまで一つの象徴的事例と理解していただきたい)。というのは、すでに6月4日や10日の「追送検」を報じた際、主要各紙がこぞって「立件」と書き立て、犯罪報道の闇の部分を見た思いをしたからである。

「送検」を「立件」と同視した報道の数々

6月4日、捜査本部は、昨年の誤認逮捕事件の一つである、横浜市への小学校襲撃予告事件について片山氏を追送検した(「追送検」はマスコミ用語で、正確にいうと、捜査書類を証拠とともに検察官に送致した)。その際、各紙は、これで昨年の4人の誤認逮捕事件の「全てが立件された」などと一斉に報道。このうち産経新聞は、今後は「ウイルス作成罪の立件焦点」との詳しい解説を付け加え、時事通信も「ウイルス作成罪の立件を検討」と伝えた。

MSN産経ニュース2013年6月4日付記事の一部(5日付朝刊にも同内容の記事)
MSN産経ニュース2013年6月4日付記事の一部(5日付朝刊にも同内容の記事)

10日、捜査当局がさらに2件を追送検すると、各紙足並みそろえて、これが「最後の立件」で、捜査は事実上終結したと報じた。そして、産経は「ウイルス作成については『関与は疑われるが、本人の供述がない』(捜査幹部)とし現時点での立件を見送った」、時事は「ウイルスの作成容疑でも捜査したが、立件を断念した」と伝えた。

片山氏の「本人の供述がない」のは、ウイルス作成に限ったことではなく、送検・起訴された全ての事件に共通していえる話。産経の記者はそれを百も承知で、捜査幹部への皮肉を込めて報道したのだろう(と信じたい)。他方、ウイルス作成罪で送検されないまま警察の捜査が終結したことをもって「捜査したが、立件を断念した」と伝えた時事の記者は、「捜査したが、送検しなかった」という刑事訴訟法上許されない所業を告発するために書いたのだろう(と信じたい)。そして、捜査当局は、そのような違法行為などするはずがなく、そもそもウイルス作成容疑での捜査をしていなかったから送検しなかったまでだ、と時事に抗議したのだろう(と信じたい)。

いずれにせよ、捜査終盤でたびたびマスコミに登場した「立件」という単語。これは法律用語ではない。行政用語かと思いきや犯罪統計などにも出てこない。実は、犯罪報道でどういう場合に使うか明確なルールがないまま、読者に一定の“印象”を与える、“魔語”なのである。(下―「立件」この不可解なマスコミ用語―に続く)

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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