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海外で武力行使 「容認に見解変更」は誤報

楊井人文弁護士
平成26年度富士総合火力演習の様子(陸上自衛隊Facebookより)

【GoHoo5月26日】時事通信は5月19日、「海外で武力行使容認=宮沢首相見解を変更」との見出しで、政府が閣議で、自衛権行使の新3要件を満たす場合は海外で武力行使が「許されないわけではない」と容認する答弁書を決定したことについて、従来の政府見解の「変更」と報じた。しかし、政府は過去に何度も、自衛権発動の3要件を満たす場合は他国領域での武力行使が「許されないわけではない」と答弁しており、従来の政府見解を変更したわけではない。

記事は時事通信のサイトのほか、Yahoo!ニュースなどにも掲載され、大きな反響があった。日本経済新聞も20日付朝刊で、「海外で武力行使『容認』新3要件を満たす場合 政府見解変更」と見出しをつけ、時事通信と同様に報じた

時事と日経が報じた政府答弁書は、長妻昭衆院議員(民主)の5月11日付質問主意書に対するもので、19日決定された。日本報道検証機構が入手した政府答弁書には、「従来から、武力行使の目的を持って武装した部隊を他国の領土、領海、領空へ派遣するいわゆる『海外派兵』は、一般に、自衛のための必要最小限度を超えるものであって、憲法上許されないが、他国の領域における武力行動でいわゆる自衛権発動三要件に該当するものがあるとすれば、憲法上の理論としては、そのような行動をとることが許されないわけではないと考えてきており、このような考え方は、新三要件の下で行われる自衛の措置としての『武力の行使』にもそのまま当てはまるものと考えられる」と記載していた。

当機構の調査では、政府はこれまでに、他国の領域で自衛権を発動することが憲法上許されないわけではないとの趣旨の見解を少なくとも5度表明している。

1956(昭和31)年2月29日、衆議院内閣委員会で示された政府統一見解で「誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である」との解釈を示した。これとほぼ同様の見解を1959(昭和34)年3月19日、伊能繁次郎防衛庁長官が同委員会で答弁。1969(昭和44)年4月8日には、佐藤内閣が、「かりに、海外における武力行動で、自衛権発動の三要件(…)に該当するものがあるとすれば、憲法上の理論としては、そのような行動をとることが許されないわけではない」とする政府答弁書を決定。1985(昭和60)年9月27日の政府答弁書(中曽根内閣)にもこれとほぼ同様の文言が記された。1999(平成11)年3月3日には野呂田芳成防衛庁長官が衆議院安全保障委員会で、1956年の政府統一見解を引用し、敵基地攻撃は法理的に可能との見解を改めて示した。今回の政府答弁書は、昨年7月の閣議決定で決まった自衛権行使の新3要件に言及したほかは、過去の政府見解を踏襲しており、変更点は見当たらなかった。

長妻議員は質問主意書で、宮澤喜一首相(当時)が1992(平成4)年2月19日、衆議院予算委員会で「我が国が海外において武力行使をするということは、これは許されないことである」と答弁したことなどを踏まえ、「今回の集団的自衛権行使容認では、新3要件を満たせば、海外での武力行使が可能となる。これは従来の国会答弁が変更されたと理解してよろしいか」と質問していた。これに対し、政府答弁書は当時の宮澤首相の答弁には直接論評していなかった。宮澤首相は当時、いわゆるPKO法=1991年9月国会提出、92年6月成立=が議論される中で、憲法9条の理念について問われて答弁しており、自衛権行使の厳密な要件を問われていたわけではなかった。

菅義偉官房長官は25日午前の記者会見で、1956年の政府見解や過去の国会答弁があることに改めて言及した。ただ、「現在、日本は敵基地攻撃を目的とした装備体系を保有してるわけでないということも事実」とも述べている。(詳しい資料はGoHooレポートも参照

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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