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誤報でないときの事後対応にみるメディアの〈誠実度〉(下) ~産経の一例~

楊井人文弁護士
塩村文夏・東京都議会議員の都政レポート(本人提供)

「なんで正しく処理しているのに取り上げられるのか。本来できないことを一部の議員だけしていた方が問題のはずなのに」。昨年8月、産経新聞に「セクハラやじ被害の塩村議員 議員質問写真の無償提供あるのに 撮影依頼、政活費から支出」と報じられて以来、闘い続けてきた悔しさが、塩村文夏(あやか)東京都議会議員=無所属(東京みんなの改革)=の言葉に表れていた。

記事は、塩村議員が政務活動費から3万4400円支出し、議場で一般質問する姿を撮影させていたことが2014年度収支報告書からわかったと報道。都議会事務局が記録用に撮影した写真を議員の要望があれば無償提供しているのに、アイドルなどを手がける有名スタジオの写真家に撮影させていたことを問題視する趣旨だった。上脇博之・神戸学院大教授の「議会活動に本当に必要な経費なのか理解できない。税金の使い道を厳しくチェックする立場であるならば、意識を改めるべきだ」とのコメントもつき、いわば「無駄使い」の烙印を押されていた。

塩村議員が経費の節約に努め、2014年度政務活動費は約170万円を返還したことには一切触れず、3万円余りの支出(後に述べるように政務活動費として違法性のない支出)だけを問題視する報道だった。

産経新聞2015年8月8日付朝刊社会面
産経新聞2015年8月8日付朝刊社会面

掲載された8月8日、塩村議員はホームページで「都議会側が全員の写真撮影をし、提供しているということは初耳です」などと反論。週明けに議会局に聞いた結果、本来提供できない写真を一部議員に特例として提供しているにすぎないことがわかったとして、産経に抗議した。同社広報部は8月10日、「当該記事は十分な取材に基づいており、塩村議員が指摘されたような事実誤認はありません」とだけFAXで回答。しかし、塩村議員は「ルールを無視した特権を知っている議員が、おおっぴらにできず内輪でやってきたことを逆手にとった報道」と改めて批判。10月23日、弁護士を通じて、記事は全体として「政務活動費を無駄遣いしたかのような印象」を与え、名誉毀損となるとして、内容証明郵便で産経に厳重抗議し、訂正するよう要請した。だが、産経からは一切返答がないという。記事もニュースサイトに掲載されたままになっている。

変遷した議会局の説明

塩村議員の言い分のポイントは、(1)都政報告などの広報に使う写真代は政務活動費から支出することが認められている、(2)議会局の写真は記録用であり、議員への無償提供はあくまで例外的な措置。原則は自分で撮影すべきもので、議会局の写真は議員の政治・広報活動に利用できない、というものだ。

塩村文夏議員(東京都議会の議員事務所で)
塩村文夏議員(東京都議会の議員事務所で)

(1)は、都議会が作成した「政務活動費の手引」によって確認できる(オンブズマンのサイト参照)。「広報誌発行費」の一部として「写真代」を支出できると明記されている。塩村議員が議会局経理課に確認したところ、他の議員も「都政レポート代」として写真撮影代を計上しているという。

(2)も「議会局の写真が記録用であり、原則として議員に提供するものではない」という点は、塩村議員の調査、私の議会局への取材などから、間違いのない事実といえる。ただ、後述するとおり、議員への無償提供の位置づけは議会局側の説明が変遷しており、曖昧な部分が残る。

では、産経の記事は「誤報」に当たるのか。特に問題となる記述は、見出しの「議員質問写真の無償提供あるのに」「質問する議員の姿は事務局が契約するプロのカメラマンが記録用に撮影し、要望があれば都議にも無償提供している」という部分だ。

塩村議員によると、記事掲載直後の8月10日、議会局総務課長に尋ねたときは、「カメラマンとの契約上、議員への提供は目的に入っていないから提供できない。だが、議員が自分で撮影を手配したけれど使える写真がなく、議員から要請があった場合に提供したこともある」との説明を受けたという。8月18日、塩村議員が依頼した弁護士の聞き取り調査でも、総務課長らは「写真は都議会の記録用」「写真は議員個人が用意するのが原則」「議員への写真提供は例外的な措置」と説明。産経側に、議会局の説明の一部が切り取られ、恣意的に記載されていると抗議したことも認めたという。

ところが、その後、議会局の態度が微妙に変わり始めた。8月25日、広報課が「議員本人等から希望があった場合は、原則を理解していただいた上で、自己の責任で利用いただいている」と記した文書を作成し、全会派に配布したのだ。あくまで「原則」は都議会広報等で使用するものであって、写真提供は「例外」と位置付けているが、議員が希望さえすれば無償提供されるという見解を初めて文書の形で周知したのである。

一部の会派に偏った「無償提供」の実態

さらに、塩村議員側の弁護士の情報開示請求で、産経の報道前から、一部会派に所属する多数の議員だけが、定例会で質問をした時の写真の無償提供を受けていた実態が明らかになった。下記の表は、昨年6月の都議会第2回定例会で写真提供を申請した議員の人数だ。

質問をした議員数と写真データを議会局に申請した議員数

(東京都議会・平成27年第2回定例会、〔 〕内は議席数)

  • 自民〔56〕 質問9人 申請9人
  • 公明〔23〕 質問3人 申請3人
  • 共産〔17〕 質問2人 申請0人
  • 民主〔15〕 質問3人 申請0人
  • 維新〔5〕 質問1人 申請1人
  • かがやけTokyo〔3〕 質問1人 申請1人
  • 生活者ネット〔3〕 質問1人 申請1人
  • 無所属〔2〕 質問0人 申請0人

(申請議員数は塩村文夏議員が依頼した弁護士の情報提供。質問議員数(代表質問、一般質問)は都議会ホームページによる)

写真の無償提供を受けていたのは、7会派中5会派で計15人。申請書には、利用目的は「議員の活動報告に資するため」、利用方法は「資料用」と判を押したように書かれていた。一方、塩村議員を含む無所属(一人会派)の議員は今回、一般質問の機会がなかったが、質問の機会があった2会派の議員は1人も申請していなかった。産経の記事が出るまで、塩村議員をはじめ「申請すれば写真の無償提供が受けられる」ことを知らない議員も少なくなかったようだ。いずれにせよ、この調査結果は「どうしても写真が撮れなかった場合の例外的措置」という当初、塩村議員が議会局から聞かされていた説明と整合しないものだ。

都議会一般質問時の写真提供申請書。自民党は一般質問をした8議員全員分をまとめて申請していた。
都議会一般質問時の写真提供申請書。自民党は一般質問をした8議員全員分をまとめて申請していた。

議会局の大平広報課長は、私の取材に対し「本来的に個別の議員に渡す写真ではないので、周知、説明する性質のものではなかった。産経の記事はその『前提』部分が抜けていた。議員の公的活動をサポートする事務局の役割として、議員本人の希望があれば提供していたが、積極的に説明してこなかった。(産経の記事が出るまで)知らなかった議員がいたことは否定しないが、特定の会派に便宜を計らっていたわけではない。希望があれば分け隔てなく提供している」と説明。議員への説明文書は産経の報道後に議員の問い合わせがあって出したものにすぎず、写真提供の運用が報道の前後で変わったわけではない、とも強調した。

報道に抜けていた重要な事実

こうしてみると、建前上「例外」としてであれ、多数の議員に写真の無償提供が行われていた「実態」があるから、産経の「無償提供ある」「要望があれば都議にも無償提供している」という記述は、事実に反するとまでは言えない。記事には、その写真が「記録用」と記され、塩村議員が「そんな説明はなく、知らなかった」という最低限の言い分も書かれていた。

他方、塩村議員を批判するコメントをした上脇教授は私の電話取材に対し、「無償提供を知らずに政務活動費で撮影費を支出したことを批判したのではない。塩村議員が産経の取材で無償提供があると知らされた後も外部のカメラマンに依頼することを示唆したと聞いた。それで『無償提供の写真があるならそれを使えばいいのに』という意味でコメントした」と答えた。

無償提供を利用することが是か非か、政務活動費の無駄使いかどうかはまさに評価の問題に関わる領域であって、事実認定、真偽の問題ではない。原則・例外はともあれ、「多数の議員への無償提供」という事実が存在する以上、日本報道検証機構としては「誤報」とは認定できないと判断した。

しかし、この記事には看過できない欠陥がある。少なくとも「これだけで終わらせてよい」記事ではない。

この記事には、すでに述べた

(1)写真代を政務活動費から支出することが認められていること

(2)議員への提供は本来的なものではなく「例外」と位置付けられていること

(3)一部会派の議員だけが無償提供があることを知り、利用していたこと

に加えて、

(4)写真の利用範囲が明確でなく、議員個人の政治・広報活動には使えないこと

(5)議員の要望に応じた撮影はしていないこと

といった点が記されていない。そのため、記事に書かれた事実関係だけ読まされると、塩村議員が「政務活動費を無駄遣いした(今後もしようとしている)」との判断、評価に傾かざるを得ないような内容だったのである。

東京都議会の「政務活動費の手引」。広報誌発行経費として写真代が認められている。
東京都議会の「政務活動費の手引」。広報誌発行経費として写真代が認められている。

「無償提供」のあいまいなルール

(4)の写真の利用範囲については、私が広報課長を取材した際、何度聞いても明確な回答はなかった。ただ「議員個人の政治・広報活動には利用できない」というだけなのである。広報課が出した文書にも「(都議会広報に使うという)原則を理解した上で、自己の責任で」としか書かれていない。著作権は都議会側にあり、「無償提供」といっても全面的な使用許諾ではない。写真提供の申請書の利用目的欄には「議員の活動報告に資するため」としか書かれておらず、その範囲は不明確といわざるを得ない。

(5)についても、広報課長は、本来、議員に提供する写真ではないから、撮影方法について議員の要望には応じられないし、議会局側のカメラマンがうまく撮れていなくても責任は負わない、だから、積極的に利用を推奨しているわけではない、という。要するに、必ず議会局から議員が望む写真が提供されるという保証はないのだ。

こうした「原則」と「例外」のあいまいなルールを前提とした「無償提供」だとわかれば、議会局の写真を遠慮なく使ってよいのか、自分で撮影をせずに最初から議会局の写真をあてにしてよいのか、という疑問が生じるのではないか。

塩村議員は「写真の無償提供は都議会とカメラマンの契約範囲外。本来議員に渡してよいものではなく、当然のこととして要求することは正しくない」と考え、今後も写真データの申請はしないつもりだという。そのため、産経の報道後にあった昨年秋の定例会の一般質問での写真の経費は「自腹を切った」という。「本来は政務活動費から支出できるが、また何を書かれるかわからないので…」と苦渋の選択だったことを明かした。

黙りを決め込む産経

日本報道検証機構は、産経新聞の広報部に対して、記事で抜け落ちていた事実関係を指摘したうえで、塩村議員の内容証明通知に回答する予定はあるか、記事に不適切な点があったかどうか、異論を踏まえた追加取材や続報をしないことについて見解を求めたが、何ら返答はなかった。塩村議員には、一度も書いた記者や上司から連絡がないという。その後、東京都議の政務活動費に関する記事は、当機構が調べた限り一本も出ていない。結局この件で、産経が事後的に対応したのは、8月10日の塩村議員に対するわずか2行程度のFAX回答だけだったことになる。

産経新聞社が塩村議員に返答したFAX(2015年8月10日)
産経新聞社が塩村議員に返答したFAX(2015年8月10日)

産経の記者は、塩村議員に取材した時のメールで「無償の写真がありながら、なぜ撮影を外部に依頼されているのか、また、それは無駄遣いにあたるとお考えかどうか、コメントをいただきたい」と書いていた。2014年以来クローズアップされてきた地方議員の政務活動費の使途問題にからめて問題提起したいという動機であれば、それ自体は結構なことである。地方議員を含め公的部門の活動をチェックすることは、メディアの最も重要な役割の一つであることはいうまでもない。

ただ、当たり前のことだが、事実に基づいた指摘、フェアな批判でなければならない。記事の趣旨にとって都合の悪い事実を恣意的に省いてはならない。当時、読売新聞の記者も塩村議員に同様の取材をしていたが、きちんと説明を聞き、記事化されなかったという。

たとえ書かれた事実そのものに誤りはなくても、議員の名誉、信頼に関わる報道をした以上、事実に裏付けられた正当な反論があれば、その機会を提供すべきではないか。公人だから自分で有権者に向けて反論を発信できるし、現に塩村議員はホームページなどで反論を書いているから、その必要はないというかもしれない。だが、地方議員の発信力はかなり限られ、マスメディアの影響力とは比べものにならない。塩村議員がテレビに出演する機会があっても、わざわざこの問題を取り上げて反論できるわけではないだろう。

塩村議員が指摘した事実に向き合わず、誤報に当たらなければ逃げ得とばかりに黙りを決め込む姿勢は、ジャーナリズムとしての〈誠実性=インテグリティー〉が全く感じられない。メディアとしての資質が疑われる。

【訂正】掲載当初「塩村議員が経費の節約に努め、2014年度政務活動費は半分以上の約170万円を返還したこと」と記していましたが、「2014年度政務活動費は約170万円を返還したこと」に訂正します。塩村議員の政務活動費返納率が「半分以上」だったのは、昨年2月一人会派の「東京みんなの改革」を設立(会派「かがやけTokyo」から離脱)してから同年3月までの期間(約53%)でした。お詫びして訂正します。(2015/1/23 15:40)

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長を6年近く務め、2023年退任。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』を出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。翌年から調査報道NPO・InFactのファクトチェック担当編集長を1年あまり務める。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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