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毎日新聞、第三者委員の見解公表 ムスリム女性は聴取されず失望感 「また同じこと繰り返すのでは」

楊井人文弁護士
毎日新聞4月2日付朝刊の開かれた新聞委員会の記事(下)と審査対象の記事(上)

【GoHooトピックス4月10日】「憲法のある風景」と題する企画記事に取り上げられたムスリムの女性が事実と異なる記述があるなどと抗議していた問題で、毎日新聞は4月2日付朝刊に第三者機関「開かれた新聞委員会」で記事を審査した結果を掲載した。「記事化の過程、内容の両面において取材対象者の信頼を傷つけたのは事実」などと、4人の有識者委員とも問題があったとの見解を示した。大坪信剛社会部長も「表現の確認が不十分だったと考えられ、取材班に詰めの甘さがあった」との談話を発表した。しかし、委員会側は取材対象の女性たちには一度もヒアリングを行っておらず、具体的な原因究明や再発防止策も示されなかったため、女性たちは「再び同じことを繰り返すのでは」と強い失望感を表明。第三者機関のあり方を含め、毎日新聞社に重い課題を突きつける結果となった(既報あり=【GoHooトピックス】ムスリム女性「異なる人物像、独り歩き」 毎日新聞が陳謝、第三者機関で審議へ)。

取材を受けた女性ら「委員に伝える機会があると期待していた」「何ら連絡なく驚いた」

問題となった記事は、1月4日付朝刊社会面の「憲法のある風景」の3回目で、「信じる私 拒まないで/イスラム教の服装、習慣 就活、職場で壁に」(東京版)という見出し。取材を受けたムスリムの林純子弁護士ら2人とも、日本報道検証機構のヒアリングに対し、自分たちの思いと乖離した表現や不正確な記述が多数あると指摘したため、毎日新聞社に質問した。すると、2月21日に同社の社会副部長らが2人に面会し「結果として不快な点が残る記事となってしまった」と陳謝。しかし、2人とも「重大さを認識しているように思えない」として開かれた新聞委員会での審議を求める意向を表明し、同社は「審議する方向で検討する」と答えていた。

ところが、この面会以後、開かれた新聞委員会で審議入りしたのかどうかも含め、同社側から当事者への連絡は何もなく、4月1日に突然、社長室広報担当者から「翌朝紙面で委員会の審議結果が載る予定です」との連絡が来たという。

4人の委員は同社編集局側の事情説明と、当機構の質問状やGoHooの記事に基づいて見解を出したとみられる。この進め方について、林さんは「第三者委員会ということでしたので、少なくとも何らかの独自の調査をされてから見解を出されるのかと思っていたので、私たちに何ら連絡もなく見解が発表されたということに驚いた。記者の言い分を聞いたのであれば、それについて私たちがどう認識しているかを調査されるべきではなかったのか」と指摘した。匿名で取材を受けた会社員の女性も、「私たちから委員会に直接意見をお伝えできる機会があることを期待していた」「開かれた新聞委員会で審議をかけることが確定したことも、その日程や結果についても事前に全くご連絡を頂けなかったことは非常に不満」とコメントした。

委員会の見解は、4月2日付朝刊の特集面に「繊細なテーマ 取材対象者への配慮不足」と見出しをつけて掲載された。林さんがフェイスブックで不正確な記述があると指摘し、当機構から質問状が届いたことなど経緯を簡単に紹介したうえで、次のように4委員の見解と社会部長のコメントを掲載した。

池上彰委員

記者はどんな記事になるかイメージし、ストーリーをもって取材に行くのが一般的。ストーリーが崩れると、インパクトのない記事になってしまうこともあるが、相手の発言に基づいて変更することが必要だ。発言を記者の「許容範囲内」に変えるのではなく、取材対象の言い分を最大限尊重すべきだった。取材と執筆の詰めが甘かった。

荻上チキ委員

今回のように繊細なテーマについては、取材対象者に不利益をもたらす可能性があり、事前確認は必須。記事化の過程、内容の両面において取材対象者の信頼を傷つけたのは事実で、特定のストーリーにひきつけ、その内容に同意するよう取材対象者を説得したように思える。

鈴木秀美委員

取材内容をどう記事化するかは新聞社の判断。だが、今回のように宗教という内心の核心にかかわるテーマで、しかも宗教的に少数派のイスラム教徒を取材し記事化する上では配慮が不足していた。特に東京都の女性については事前確認の約束を守らず、記事に不正確な事実が記載されていたことなど毎日新聞に反省すべき点がある。

吉永みち子委員

記事のニュアンスの違いが、取材される本人にとっては重大な結果や周囲との摩擦を引き起こすことがある。今回の抗議が訴えていることは、取材者と取材対象者の信頼をどう保つかということ。対象者への配慮、表現の重大さなどを考え、読者と共有する場を模索すべきだ。

大坪信剛・社会部長

連載「憲法のある風景」は、身近な暮らしの中にある憲法の価値、意義、課題を浮かび上がらせようと企画しました。記者は、ヘジャブの着用を司法研修所から認められたムスリムと、職場での礼拝を求めたムスリムを描くことで「『信教の自由』について読者に考えてもらいたい」とお二人を取材。記事は了解が得られる内容と思い込んでおりました。しかし、「記事のイメージが実態と異なる」とのご指摘を受けたことは、表現の確認が不十分だったと考えられ、取材班に詰めの甘さがあったことは否めません。「意図を十分くみ取って記事にする」基本を再認識するとともに、信頼関係を損なわない取材と対応に努めます。

出典:毎日新聞ニュースサイト(4月2日付朝刊掲載)

「誤った報道、重く受け止めていない」「まるで私たちのわがままに見える」

林さんは「第三者委員会及び社会部長が取材・執筆過程に問題があったと認めたということ自体は評価できる」としつつも、「なぜこのようなことが起きたかという検証がない」「事実関係を誤って報道したことを重く受け止めていない」と指摘。「『表現の確認が不十分』『詰めの甘さがあった』ということ以外に語られず、具体的に何が原因なのかがまったく明らかにならなかった。これでは再発は防ぎようがないのではないか」と懸念を示した。「当の本人が違うと言っている内容を、それに逆らって記事化することまでもが『新聞社の判断』で許されるとは到底思えない」とも強調。「事後対応を通して、毎日新聞社側が問題の所在及び問題の大きさを認識していないことを痛感した」と述べた。

もう一人の会社員の女性も、委員の見解に対しては「満足している」と述べたが、そのほかは、言ってもいないことを書いた点などに言及されておらず、「できる限り毎日新聞社側の不備を隠そうとするような表現が見られ、大変残念」とコメント。また、「なぜ『陳謝した』にも関わらず、私たちが開かれた新聞委員会での審査を要望したのかも言及してほしかった。そうでなければ読者によっては、まるで私たちがわがままを言っているだけに見えるのではないか」と述べた。毎日新聞社側との面談で「同じことを繰り返さないための対策を示してほしい」と訴えていたが、「記事に提示された原因と対策も不十分かつ不明確で、今後も同じ誤ちを繰り返すだろうと思いました」と失望を隠さなかった。

当機構は、林さんら2人にヒアリングした結果、林さんに関する記述は5箇所で、会社員の女性に関する記述は6箇所で、事実関係に誤りがあるか取材で話していないことが記されているとの指摘があった。「信じる私 拒まないで」などの見出しや記事全体の趣旨が2人の思いと著しく乖離していることも判明。毎日新聞社に詳細な質問状を送り、見解を求めていた。

しかし、毎日新聞の4月2日付記事では、林さんが事前に修正を求めた記述のうち2箇所、匿名の女性が事実関係が不正確だと指摘した記述のうち1箇所を紹介しただけ。各本社ごとに付けられた見出しの表現(詳細は既報の記事末尾参照)が2人の思いとかけ離れている点や、匿名の女性が「信じている人を拒む権利なんてないはず」などの発言は取材時に言っていなかったと訴えている点など、多くの問題点が紹介されていなかった。紙面のメインテーマは「SMAP解散報道」の批評に割かれ、今回の記事に割かれた分量は審査対象となった1月4日付記事よりも少なかった。

委員の一人は「記事に不正確な事実が記載されていた」との見解を示しているが、ニュースサイトの記事は4月10日現在、加筆修正されていない。

解説 みるべき検証成果はなし(日本報道検証機構・楊井人文代表)

開かれた新聞委員会(以下「委員会」)の委員の見解は、2月21日に毎日新聞社が示した見解よりも踏み込んだ内容ではあったが、当事者や当機構が指摘していた問題点を再確認しただけで、新たな事実関係は何ひとつ明らかにならなかった。当機構から事前に委員会に対し、「きちんと真相究明、原因究明が行われ、再発防止策が検討されることを期待する」と伝えたが、みるべき検証の成果はなく、非常に残念だ。

私は、この問題を記事化した際「『ストーリーありき』だとの批判はメディア報道の信頼低下の一因になっているからこそ、この根深い構造の解明と対策が望まれる」とコメントした。「今回の若い記者の野心的な仕事を、周りがきちんとサポートしチェックできていたのか」「この機会に、読者・社会からの信頼性を向上させるためにも、外部対応の体制や対処を見直してみてはどうだろうか」とも述べ、問題の所在は組織や構造にあるとの考えを示唆した。委員会への申し送りのつもりだった。

しかし、今回の記事をみる限り、いずれの問題も深く検討された跡がなかった。当事者が望んだ原因解明、再発防止策も示されず、ニュースサイトの記事も無修正で放置したままである。

今回の問題は、取材過程、記事の正確性、見出しなどの表現、事後対応と多岐にわたり、きちんと検証するのであれば相当の時間がかかるだろうと予想していた。これほどあっけなく、しかも当事者にヒアリングしたり了承をとることもせずに、当事者の名前を載せて記事化するとは、考えもしなかった。掲載された分量も、事の重大さを反映しておらず、想定を大きく下回った。

毎日新聞社は、当機構から詳細な質問状が届いても1ヶ月間、自ら当事者のところへ出向くなり、電話やメールで追加取材や聞き取りをすることもしなかった。同社が指定したホテルに呼んで読み上げた陳謝の文書には、具体的に問題がどこにあったのか示されず、当事者から「問題の重大さを認識していない」と厳しい指摘を受けて、当然の対応だった。

しかし、このように記事の問題が発覚した場合にメディア組織としてどう対応すべきなのかについて、委員会の記事は一言も触れていなかった。それどころか「何も聞かずに、具体的内容を伴わない見解を示す」という同じ過ちを繰り返した。当事者は面会後の1ヶ月余、委員会がどういうものなのかも何ひとつ説明を受けず、ほとんど情報がない中で(ウェブサイト参照)、「いったい本当に審議を始めているのか」「自分たちの考えは委員に伝わっているのか」と不安な思いで過ごしていた。委員の見解とともに付けられた「取材対象者へ配慮不足」という見出しは、そのまま今回の記事にも当てはまる。

各委員からの厳しい見解が出たにもかからず、社会部長のコメントにお詫びの言葉もなかった。もちろん当事者に直接、慰謝の言葉は伝えられていない(2月21日の面会時の陳謝は、当事者が「受け入れられない」と述べて終わっている)。

委員会は当事者にヒアリングせず、当機構が第三者の立場で独自にヒアリングした結果を活用して審査したにもかかわらず、当機構に対して何ひとつ言葉もない。

いまからでもまだ遅くはない。今回の件を社内で徹底検証し、当事者と社会への説明責任を果たしてはどうだろうか。とは言ってみるものの、私の中で残されていた僅かな希望は、絶望に変わりつつある。(日本報道検証機構代表・楊井人文)

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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