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「憲法9条の下では領空侵犯機を撃てない」は誤報 過去に警告射撃も 「撃墜」排除せず

楊井人文弁護士
尖閣領空を侵犯した中国機(2012年12月13日)(写真:第11管区海上保安本部/ロイター/アフロ)

【GoHooレポート5月10日】産経新聞は5月3日付朝刊1面トップで「改憲是か非か 参院選焦点 きょう憲法記念日」との見出しの記事を掲載した。その中で、日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増していると述べたうえで「9条の下では、空自機から領空侵犯機を撃つことはできない。相手が警告を無視して領空を自由に飛び回っても、攻撃されない限り退去を呼びかけるだけだ」と指摘し、「9条が羽交い締めにしているのが、日本の守りの実態といえる」などと記した。

産経新聞2016年5月3日付朝刊1面トップ
産経新聞2016年5月3日付朝刊1面トップ

しかし、現在の憲法のもとでも、政府は、正当防衛または緊急避難の要件を満たす場合、武器使用による撃墜もあり得るとの見解を示している。侵害が間近に迫っている場合には、相手の攻撃を待つことなく射撃できるとの見解も示している。防衛白書にも、領空侵犯時の武器使用について明記されている(平成27年版防衛白書)。

1987(昭和62)年には、領空侵犯した旧ソ連機に対して、攻撃を受けたわけではないが、航空自衛隊機が警告射撃を実施し、領空外に退出させた事例がある。

国際法でも、領空侵犯機を無条件に撃つことが認められているわけではなく、まず、領空外への誘導を行ったり退去を命じ、指示に応じない場合は発砲の警告、威嚇射撃をもって命令を強制し、実力で抵抗するような場合には撃墜をも含む緊急実力手段に訴えることもできるとされている(石井正文外務省国際法局長、2013年11月1日答弁)。

したがって、「憲法9条の下では、空自機から領空侵犯機を撃つことはできない。相手が警告を無視して領空を自由に飛び回っても、攻撃されない限り退去を呼びかけるだけだ」という産経の指摘は、過去の政府見解や警告射撃の事例に反し、事実誤認といえる。

産経は、ニュースサイトにも「施行69年、国民を守れない憲法」と見出しをつけた同様の記事を載せ、「相手からミサイルや機関砲を撃たれて初めて『正当防衛』や『緊急避難』で反撃できるが、編隊を組む別の空自機は手出しができない。爆弾を装着した無人機が領空に侵入しても、攻撃を仕掛けてこない限りは、指をくわえて見ていることになる」などと記していた。しかし、安倍晋三首相は2013年10月の衆議院本会議で、領空侵犯した無人機に対しても、具体的な対応は明らかにしていないが、有人機と同様の対領空侵犯措置を実施すると答弁している。

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対領空侵犯措置についての政府見解

中島明彦防衛省運用企画局長(2012年12月5日、参議院・国家安全保障に関する特別委員会)

「 領空侵犯への対処につきましては、政府として様々な検討を行っているところでございますけれども、一般的には、外国籍、今御指摘いただきました国籍不明の戦闘機が我が国の領空を侵犯する場合は、自衛隊法第八十四条に基づきまして、自衛隊の部隊が必要な措置を実施することになります。この際、武器の使用につきましては、自衛隊法第八十四条に規定いたします必要な措置として、正当防衛又は緊急避難の要件に該当する場合にのみ許されるというのが従来からの政府の考え方でございます。

個別具体的な状況にもよりますことから、一概にお答えすることは困難でございますけれども、一般論として申し上げますと、必要やむを得ざる場合、例えば領空侵犯機が実力をもって抵抗する、あるいは領空侵犯機が国民の生命及び財産に大きな侵害を加える危険が間近に緊迫しているような場合、こういう場合には武器を使用して適切に対応することになりますが、撃墜といったことも排除はされないということでございます。」

中島明彦防衛省運用企画局長(2012年12月6日、衆議院・安全保障委員会)

「一般論として申し上げさせていただきますが、我が国の領空内におきまして領空侵犯機から自衛隊機に対する急迫不正の侵害が認められる、こういう場合につきましては、隊法八十四条の対領空侵犯措置の規定に従って、武器を使用し、これに対処するということになっておるわけでございます。

ロックオンという話がございました。正当防衛、緊急避難の要件を満たす場合で急迫不正の侵害ということでございますけれども、これは、例えば相手が射撃した後というわけではなくて、相手がこちらに向かいまして照準を合わせて射撃しようとしている場合のように、侵害が間近に迫っている場合にも、相手の攻撃を待つことなく危害射撃を行うことが法的に認められているということでございまして、そのときの状況に応じて、適切に対処できるものと考えております。」

領空侵犯した無人機に対する政府見解

安倍晋三内閣総理大臣(2013年10月16日、衆議院本会議)

「無人機への対応についてお尋ねがありました。

一般論として申し上げれば、無人機が我が国領空を侵犯する場合には、有人機に対する場合と同様、自衛隊法第八十四条に基づき、自衛隊による対領空侵犯措置を実施することになります

具体的な対応については、政府としてはさまざまな検討を行っておりますが、いずれにせよ、我が国の領土、領海、領空を断固として守り抜くとの観点から、国際法及び自衛隊法に従い、厳正な対応をとってまいります。」

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長を6年近く務め、2023年退任。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』を出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。翌年から調査報道NPO・InFactのファクトチェック担当編集長を1年あまり務める。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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