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【公開熟議 どうする?憲法9条】阪田元法制局長官が語るー不健全な対立脱し、国民目線で議論を

楊井人文弁護士
阪田雅裕・元内閣法制局長官(アンダーソン・毛利・友常法律事務所で)

憲法9条について異なる立場どうしの対話の場をつくり、国民やメディア関係者に憲法論議や報道のあり方を考えてもらおうと、Japan In-depth(安倍宏行編集長)と日本報道検証機構(楊井人文代表)は、6月8日、東京都千代田区のプレスセンタービル(日本記者クラブ10階ホール)でシンポジウム「公開熟議 どうする?憲法9条」を開催する。小泉政権で内閣法制局長官をつとめた阪田雅裕弁護士も賛同と協力を表明し、インタビューに応じた(関連記事=憲法9条の「議論」を阻むものは何か 〜「6・8公開熟議」を企画したわけ〜)。

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登壇するのは、法哲学者として「9条削除論」を提唱し、最近『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムのことは嫌いにならないでください』などの話題作を出している井上達夫・東京大学教授、昨年『新国防論 9条もアメリカも日本を守れない』を出版し「護憲的改憲」(新9条)の必要性を訴えた伊勢崎賢治・東京外国語大学教授、保守派団体「日本会議」メンバーで昨年『九条を読もう!』と題する新書を上梓した長谷川三千子・埼玉大名誉教授(現・NHK経営委員)、元日本共産党政策委員会安保外交部長で9条を改正しなくても防衛政策は可能と訴える『憲法九条の軍事戦略』という本を世に問うた松竹伸幸・「自衛隊を活かす会」事務局長。「近い将来、憲法9条を改める必要があるかどうか、改めるとすればどう改めるべきか」をテーマに、4人のパネリストが対話を通じて互いの立場を検証しあう。

9条改定が必要との立場の3人は、「公開熟議」当日に具体的な改定条文案を発表する。特に、井上さんと長谷川さんはこれまで条文案を発表したことがなかったため、今回の企画に向けて初めて作成した。3人の案は安全保障や憲法に対する考え方の違いを反映し、全く異なる内容の改正案になっている

4人のパネリストからは、「憲法の問題について意見の異なる同士が相手の言葉に耳を傾けることはおろか、顔を合わせることすらめったにないこの頃、今回の催しは本当に画期的」(長谷川さん)、「(安全保障に対する)真剣さに共感できる方の発言は学ぶところもあるし、真剣に聞きたいと思うし、敬意をもって議論できる」(松竹さん)といったメッセージが寄せられた(詳細はReadfor?新着ページ参照)。

阪田雅裕元内閣法制局長官の著書。6月には有斐閣から「憲法9条と安保法制 - 政府の憲法解釈の検証」を出版する予定という。
阪田雅裕元内閣法制局長官の著書。6月には有斐閣から「憲法9条と安保法制 - 政府の憲法解釈の検証」を出版する予定という。

今回の企画に賛同した阪田雅裕弁護士は、当日は都合により参加できないものの、事前に「政府の憲法解釈」の専門家として3名の改正案へのコメントを寄せる形で協力する。阪田さんは5月20日、日本報道検証機構のインタビューで、従来の護憲派・改憲派の両極に分断された憲法論議は「大変不健全」だったと指摘。双方に国民の理解を得ようとする常識的な議論が必要だと訴えた。

日本報道検証機構は「公開熟議」の開催日に、昨年の通常国会における全国紙の「安保法制」報道の分析結果を記者発表する予定。報道分析レポートの制作や「公開熟議」の開催費用などを賄うため、6月5日までクラウドファンディングで支援を呼びかけている。

阪田雅裕弁護士(第61代内閣法制局長官)インタビュー概要

Q.一昨年の閣議決定から、安保法制の法案が成立し、施行に至りましたが、どのように見ておられますか。

「(憲法施行から)70年近く政治も国民も、憲法を神棚にあげて距離を置いてきた面があります。憲法が身近な問題として議論されるようになったのは、安倍内閣サマサマという気がします」

「戦後定着した憲法9条の解釈を変えたことは残念です。私は立法事実、つまり、なぜいま集団的自衛権の行使をしなければ国民の命と暮らしを守れないのかということについての説明が必要だということを閣議決定以前から申し上げてきました。『(従来の政府見解の)基本的論理を維持する』というところは評価できますが、その結論を変えた理由については疑問です。国会の議事録をつぶさに振り返りましたけど、政府の説明が全然尽くされていない。同じことばかり言っているんですね、『安全保障環境が変わった』と。何を聞かれても。国民に説明してわかってもらおうという意欲があったか、非常に疑問です」

参考人として意見を述べた阪田雅裕弁護士(2015年6月22日)
参考人として意見を述べた阪田雅裕弁護士(2015年6月22日)

Q.阪田さんは、一昨年の閣議決定に抗議するために結成された「国民安保法制懇」にも一時期入っておられました。

「国民安保法制懇には入っていましたが、(一昨年の)閣議決定について声明を出す段階で抜けさせてもらったんです。私は、従来の憲法解釈の論理は維持して、その枠内で説明できる集団的自衛権の行使だけやるというのはあり得なくはない。だが、なぜそれをやらなければならないか。閣議決定では十分説明になっていないので、そこを問うべきだと言った。それに対し、小林(節)先生(慶応大名誉教授)たちはそもそも結論を変えるのがけしからんと。皆さんのお考えもわかるが、私のような見方を併記してくださいと言いましたが、ややこしくてダメだというから抜けたんです。私も閣議決定に賛成ということではないが、どこがおかしいかという見方が(国民安保法制懇のメンバーとは)少し違っていたということです」

Q.従来、憲法改正をめぐる論議は、護憲派と改憲派に分かれて対立してきましたが、こうした状況をどう見ておられますか。

「我が国の場合、憲法も成文法なので、時代の変化であわなくなってくることは必然だと思うんです。身の丈にあわなくなったもの、今の時代に不適当な部分は躊躇なく改正するという考え方が政治にも国民にも絶対に必要だと思っています。(憲法改正というと)9条をいじるんじゃないかということで絶対反対の勢力と、押し付け憲法で日本の歴史を反映していないから自主憲法制定論という勢力。全く水と油みたいになって大変不健全だと思います」

「9条に関していえば、今の時代で自衛隊を違憲だという人はおそらくほとんどいないと思うのです。まず、政府解釈の範囲内、専守防衛で自衛隊をしっかり位置付けようということならできるはずです。(自衛隊を国防軍に改める案のように)高いところにボールを投げている自民党改憲派の人たちは本当にやる気があるのかと言いたいですね。国民も『もうちょっと我々が受け入れられるような話を考えてみませんか』という問いかけが必要なんじゃないかと思います」

Q.最近メディアも二極化し、異なる立場どうしの対話の場がなくなっている状況は問題だと考え、私たちは6月8日、全く立場の異なる4人をお招きして「公開熟議 どうする?憲法9条」を開催することになりました。

「大変高く評価します。よく弁護士会が(憲法をテーマにした)シンポジウムをやるんですが、護憲派と言われる人たちばっかりなんですよね。私もまあ同じ立場ですから、結局みんなそうだそうだと言い合い、聴衆もまた同じ思いをもった人ばかりで、一斉に拍手が起きるという。こんなことやったって意味ないじゃないですか、と申し上げたことがあるんです。議論というのは違う立場の人が討議して、それを聞いてくださった方がどちらの言い分がもっともかと判断することに意味があるんでして

「楊井さんが今回やられようとしているのは、非常に幅広い人たちが参加するということで、素晴らしい試みだと思いますね。これからもこういう試みを続けていただきたいと思います」

Q.どんな議論を期待されますか。

「やっぱり最後は、国民にわかってもらえるかどうか、だと思います。自分が信じるだけでは全く不十分で、平和主義が絶対だとご自身が思っているだけではだめで、どうやったら国民に理解してもらえるか。平和と防衛を国民目線で、なぜこのような方法であれば国民の命と暮らしを守れるのか、しっかり語ってもらいたいですね

「私が危惧しているのは、今後また同じ憲法のもとで、もうちょっと(解釈を)広げようという議論が起きることです。そうすると、立憲主義に違反するのかどうかというまた大変不毛なことになる。国民から正面から問うという作業を政治にはやってもらいたいと思う。3分の2という(発議要件の)ハードルはありますが、政治家が常識的であれば改正はいくらでもできるはずです」

『お試し改憲だ』とか、憲法改正というとヒステリックに反応する人たちの責任もものすごく大きいと思います、今日のような状況をもたらしたことについて。お試しでもいいので、憲法は改正できるんだ、やるべきものはやるんだということを、政治にも国民にも知ってもらう。(旧仮名遣いの)てふてふ調を普通のひらがなに変えるとか、縦書きを横書きにするとかでもいいんですよ」

「(憲法改正の要件を定めた)96条の改正だって、今回のような解釈改憲よりはるかに真っ当だと思います。96条は改正できないという人もいるようですが、非常に不思議ですね。(発議要件を緩和しても)国民投票をやめるわけではありませんし、国民投票しないで改正できる国もある。改正しやすくなると立憲主義の国ではなくなるという議論はどこにもないと思う。もちろん私も96条から(先行)改正するというのがいいとは思わないですよ。多少邪道かなと思いますけど、改正できないという議論もまたよくわからない。改正できないのは基本的原理です。国民主権と基本的人権の尊重、これは変えられないというのは常識ですが」

弁護士

慶應義塾大学総合政策学部卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHooを運営(〜2019年)。2017年、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年、共著『ファクトチェックとは何か』出版(尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー)。2023年、Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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