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もうトップ下にはこだわらない。「左サイドで自分の形を作りたい」と腹を据えた香川真司

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

ザックジャパンで初めて1トップを務めた岡崎慎司(シュトゥットガルト)が2ゴールと結果を出した。乾貴士(フランクフルト)は左サイドで個性を発揮し、右サイドでは大津祐樹(VVVフェンロ)という新戦力のデビューもあった。

2月6日の日本代表対ラトビア戦(神戸ウイング)はシュート数27本対5本、最終スコア3-0という圧倒的内容で日本が勝利を収めた。前半はコンパクトに守ってきた相手を崩すのに苦労し、アルベルト・ザッケローニ監督をして「選手たちはさび付いていた」と怒りの形相を浮かべさせたが、「後半はほぼ思い通りのプレーをしてくれた」と、内容に満足感を漂わせた。

ラトビア戦の狙い

この試合の位置づけとしては、二つの狙いがあった。

一つは3月26日のW杯アジア最終予選ヨルダン戦に向けての準備という意味合いで、もう一つは2014年6月のW杯本大会を見据えての継続的強化だ。

とりわけ後者については、日頃から「大切なのはトライすること」と話す指揮官はもちろんのこと、南アフリカW杯以降、選手たち自身が常に高い意識を共有しながら取り組み続けていることである。ラトビア戦前日には長友佑都も「ここでいろいろなことにチャレンジしないと、厳しい日程の中で来た意味がない」と話していた。そういった意味で、冒頭に挙げた岡崎の1トップという新たな組み合わせへのトライは、日本代表が一歩前進することを期待させる好材料としてとらえられるものだった。

そんな中、目に見えない部分での、けれどもとてつもなく大きな意識改革を敢行していたのが香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)だった。

「左サイドでの自分の形を極めていきたい」ラトビア戦後、そう言った姿には、ある種、革命的匂いが漂っていた。トップ下でのプレーを切望し続けてきた香川が、代表の左サイドでのスタイル確立について自ら進んで言及したのは今までなかったことだったからだ。

自身をマンチェスター・Uに導いた「トップ下」

香川が代表でもトップ下にこだわってきたのには、もちろん理由がある。27得点を挙げてJ2得点王になった若きセレッソ大阪時代も、勇躍ドイツへ渡り、チームをブンデスリーガのチャンピオンへと導いたドルトムント時代も、ポジションは一貫してトップ下だった。特にドルトムント時代のトップ下での成功が、自身をマンチェスター・ユナイテッドへ進ませた最大要因であるという観点からも、トップ下に対する強いこだわりがあるのは当然だ。トップ下でプレーしているときの香川は、事実輝いている。

ところがザックジャパンでの香川は、一貫して左サイドで使われ続けており、今までは試合のたびにサイドというポジションの座りの悪さを、柔らかい言い方ながらも正直に吐露してきた。サイドをやれと言われればもちろんベストを尽くすが、自分はトップ下の選手なのだという自負があった。

そんな香川が今回は違っていた。

「やっぱりトップ下はやりやすい。でも、マンチェスターでもどのポジションで出るか分からない。だから今は、プレーの幅を広げることが必要だと思っているし、どこをやっても自分の形をつくっていけるようにしたい。代表ではここを任されているのだし、マンチェスターでもそういうときはあるから」

サイドを極めようと口にしたきっかけの一つは、この日の後半途中から投入された乾のプレーだったという。

「乾のプレーを見ていて、あいつの方が左サイドでいい形を持っていると思った。やっぱり、フランクフルトでやっているから乾の方が形がある。それは刺激になったし、自分もあそこでの形をもっと極めていきたいと思った」

「サイドでも中でもできるサイドの選手」

理想とする左サイド像はまだないというが、おぼろげながらイメージはある。

「サイドでも行けるし、中でもチャンスメイクできるというように、両方いけるというのが必要だ。自分はサイドに張っているだけのプレイヤーでもないし、かといって中に入り込んでしまってもダメ。そこでの駆け引きや距離感は、トップレベルで試合をやりながら感じるものなので、もっともっとやる必要がある」

「トップ下というのはある意味、(ドルトムントでの)2年間で確立できたと思う。今度は、左からのポジションや形を、練習や試合で意識していく必要がある」

ザックジャパンには本田圭佑が1トップに入るというオプションもある。3-4-3への取り組みもいずれ再開されるだろう。いずれも、日本代表にプラスアルファの力をもたらす可能性を秘めた抽斗(ひきだし)だ。ただ、それでも新たな挑戦を決意した香川が、左サイドで自らのスタイルを確立し、究極の左サイドプレーヤーとなったとき、ザックジャパンにもたらすであろうパワーは、他の追随を許さない大きさであると想像できる。

貪欲さや向上心がユニホームを着ているような男が、自身にとって二度目の「極み」をつかむきっかけとなったラトビア戦。

後に、この試合がそういう意味を持った試合とされる日が来るかもしれない。そしてそのあかつきには、日本がワンランクどころかツーランク上の位置に手を掛けていると思い描けるのである。

マンチェスター・ユナイテッド公式

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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