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【体操】史上初6連覇の内村航平が“無名大学生“を後継者に指名した理由

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

ブランクなんの、ロンドン五輪に匹敵する演技

ロンドン五輪の体操男子個人総合金メダリスト・内村航平(コナミ)が、先の全日本選手権男子個人総合で前人未踏の6連覇を達成した。

右肩と右足首の故障のため、競技会に出るのは半年ぶり。それでも2日間の合計点182.350(平均91.175)は、2位の加藤凌平(ロンドン五輪団体銀メダリスト、順大2年)に3.500の大差をつけるもので、「2カ月間、何もしない期間があった」(内村)とはとても思えない貫禄のある勝ち方だった。

もう一つ加えると、体操では今年から採点ルールの変更があり、跳馬の点が昨年までに比べて1点低くなっている。それを踏まえれば、内村が初日に出した91.850は金メダルを獲得したロンドン五輪個人総合決勝の92.690に匹敵する点だった。

4月19日には長女も誕生し、24歳の内村は公私ともどもますます充実している。そんな彼が、6連覇を決めた後の会見で意外なことを口にした。

5歳下の加藤についての質問がいくつか出ていたときのことだ。取材陣とのやりとりの中で内村は、最終種目の鉄棒で安全策を取らず、F難度の3回ひねりを行った理由について、「自分の演技の前に(加藤)凌平がバチッと決めたので、2回ひねりでは面白くないと思った。そこは意地でも3回ひねってやろうという気持ちでやった」と説明した。

ゆかを得意としていること、ひねりがうまいこと、止めにいく着地ができること、そして体操に没頭できる性格。自分との共通点が多い加藤について、内村はいつも目を細めるようにコメントしている。

「凌平はまだ20歳にもなっていない。このまま順調に進化されるとすぐ抜かれてしまうような気がしている」とも言う。年下ではあるが、ロンドン五輪で仲間として戦ったリスペクトがある。

五輪や世界選手権で実績のない大学生を指名

ところが、こういった流れの中で、もう一人の名前が出てきたのはある意味で意外だった。

「凌平だけじゃなくて、野々村笙吾もすごく良い選手。次の世代は絶対にあの2人が引っ張っていくと思う。もし負けるなら、2人のどっちかに負けたいなと思う」

野々村笙吾とは、体操界では知る人ぞ知る逸材だ。加藤と同じ順大の2年生。昨年のロンドン五輪予選では個人総合5位につけながらも種目別ポイントで及ばず、代表の座を射止めることができなかったが、実力的には加藤とほぼ互角のレベルにある。

平行棒やつり輪を得意とするが、他の種目もすべてハイレベルでこなす、絵に描いたようなオールラウンダー。体操関係者の間では、市立船橋高校に在学しているころから「内村の次の世界チャンピオンは野々村」と言われるほどの体操センスの持ち主として知られてきた。(日本チャンピオンではなく、世界チャンピオン、である)

高校時代の成績はむしろ加藤より上で、高3のときには世界選手権の補欠に選ばれている。身長154センチメートルと小柄だが、パワーと美しさを兼ね備えた演技は見応えがあり、高難度の技を簡単にみせてしまうようなさばきをする。

ところが、今回の全日本選手権でも3位の田中佑典(ロンドン五輪銀メダリスト、コナミ)と0.500の僅差ながら4位に甘んじた。大学進学後は細かいけがに悩まされることが多く、今ひとつブレークできていないため、一般的にはまだその名は知られていない。

20分程度の短い会見の中で、内村があえて世界選手権も五輪も経験したことのない野々村の名を挙げたのはなぜか。

彼が常々言っているのは「個人総合は1人の喜びに過ぎないが、団体は皆で喜びを共有できる。だから僕は団体で金メダルを取りたいのです」ということだ。もちろん、そのライバルは五輪2連覇中の中国である。

コメントに込められたメッセージ

内村は今回の全日本選手権では、2日目に今まで味わったことのない疲労を感じたという。

「体操は1日休むと取り戻すのに3日かかると言われている。自分の中では体力も戻っていると思っていたが、試合をやってみたら、体はすごく素直だった。(2日間の試合後の)今は振り返る余裕もないくらい疲れている」

ブランク明けで体力不足でも、それを補ってあまる異次元の実力を有する内村は、今後も世界のトップに君臨していくだろう。個人総合連覇の懸かる3年後のリオデジャネイロ五輪へも、金メダル候補の最右翼として臨むはずだ。

ただし、リオ五輪をトータルで考えた場合、ロンドン五輪のように内村一人で団体総合予選、団体決勝、個人総合決勝の全6種目を3回ずつこなすことは難しい。逆に言えば、リオで27歳になっている内村にロンドン五輪と同じような負担がかかるようでは、体操ニッポンの団体金メダル奪回は厳しいだろう。

日本の悲願であり、内村の悲願でもある『打倒中国』を果たすためには、若い加藤と野々村、この2人の成長が欠かせない。すでによく知られている加藤だけではなく野々村の名も挙げたのは、世界の主要大会での実績はなくとも、オールラウンダーとしての才能を内村自身が彼の中に見いだしているということに他ならない。

「負けるならこの2人のどちらかに負けたい」という言葉には、リオ五輪での団体金メダル奪還を強く意識したメッセージが込められている。

野々村笙吾

加藤凌平

内村航平

サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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